好みが一致するって難しい
ある日の昼休みのこと。
「佐々木君もダメだったか~」
「相変わらず判定厳しいね」
「もう目ぼしい男子は全員玉砕したんじゃない?」
「あはは、私で遊ばないで欲しいんだけどなぁ」
そう苦笑しているのはクラスメイトの日向 夏良さん。
大人しくて家事が得意で家庭的な雰囲気漂うとても可愛い女子だ。
男子からの人気が高く何回も告白されている、だなんて漫画のような経験をしているのだけれど、それは単に好まれやすいからって理由だけじゃない。
「挑戦イベントみたいな感じになっちゃってるもんね」
「迷惑だったらちゃんと断らなきゃダメだよ?」
「分かってるんだけど、もし本気だったらって思うと言えなくて……」
「日向は優しいなぁ」
「ひゃっ! もう、撫でないでよ」
日向さんに本気で告白したのは最初の数名。
その時に日向さんがある条件を出したのだけれど、誰も突破出来なかったことで話題になった。それを面白がって条件突破を目的に告白するなんて不誠実な男子が彼女に押し寄せて来たというのが現状。
男子が日向さんに殺到するものだから日向さんの女子からの評判が悪化しそうなものだけれど、幸いにもカーストトップの女子が友達にいるからそうはなってないみたい。それと振られた男子を良い感じに他の女子に目を向けるように誘導しているとも聞いたことがあるからそれも影響しているのかな。
「どっちにしろ俺には関係ない話だな」
「なんのことだ?」
「なんでもない」
「変な奴」
ポロっと漏れてしまった独り言を隣の席の男子に聞かれてしまった。
それなりに会話する相手だから話しかけられたのかと思ったかな。
「そういやお前も日向チャレンジやったんだっけ」
「おうよ。完敗だったぜ」
「よくやるなぁ」
「そりゃああんなに可愛い子が彼女になってくれるならワンチャン狙うのが男ってもんだろ」
可愛いから彼女にしたい。
確かに男子からしてみたら普通の動機だ。女子だってイケメンと付き合いたい人が多いだろう。
でも見た目以外ほとんど知らない相手と付き合うのはなぁ。
まずは友達からが自然じゃないかって思うのは俺が奥手すぎるだけなのだろうか。
「だけどお前、あの条件クリア出来たとして耐えられるのか?」
「あっはっはっ、無理無理」
「それじゃ意味ないだろ」
「あそこまでだとは思わなかったんだって」
日向さんの条件はクリアしたからはいそれで終わりというものでは無い。
クリアした後もその条件を日常的にクリアし続けなければならないのだ。
そう考えるとあの条件を出したのはとても上手い気がする。
自分と相性が良い相手を選別できるからな。
「瀬戸熊はチャレンジしないのか?」
「俺は良いって」
「え~瀬戸熊君もやろうよ~」
「!?」
「!?」
まさか日向グループがここで割って入って来るとは。
どうやら俺達の会話が聞かれていて興味を持たれてしまったらしい。
「こんなに可愛い賞品がもらえるんだよ」
「友達のことを物扱いすんなよ」
「あれ、瀬戸熊君って意外と真面目さん?」
「意外って言うな」
俺って女子からそんな風に見られてただなんて。
少しダウナー系な自覚はあるけれど、そんなに不真面目っぽいかな。
「ごめんね瀬戸熊君。気にしなくて良いから」
日向さんはええ子やなぁ。
フォローしてくれてありがとう。
「え~つまんな~い」
その点こいつは……
でも嫌味を感じさせないのは流石カーストトップと言ったところか。
「面白そうだからって無理矢理告白させるなって」
「日向のことタイプじゃないの?」
「本人を前に答えにくい質問するなって」
「大丈夫大丈夫。日向可愛いって言われ慣れてるから」
「慣れてないよ!?」
真っ赤になって俯く姿は確かに可愛い。
いや、普段から可愛いけどさ。
なんて可愛らしさに見惚れて何も言えないでいたら、隣の席の男子が元気に参加して来た。
「はいはいは~い! 俺はめっちゃ可愛いって思いまーす!」
「負け犬はお呼びで無いっての」
「ひどっ!」
「も、もう、失礼だよ」
「ああ、女神様。日向様」
「止めて!?」
「日向様はお主には相応しくない。去れい!」
「そんな殺生な!」
「だから二人とも止めてってば!」
う~ん、会話に入れん。
俺はぼっちタイプであまり話慣れてないから、テンポの良い流れは苦手なんだ。
「というわけで瀬戸熊君チャレンジけって~い」
「どういうわけだ」
「ほらほら日向。試験開始だよ」
「強引なのはダメだって。瀬戸熊君、スルーして良いからね」
流石日向様。
お心遣いに感謝する。
「それじゃやるだけやってみるわ」
「え?」
「お、やっぱり日向のこと気になってた?」
「挑戦しなきゃお前が解放してくれないと思ってな」
「なんだ~」
そこで否定しないってことはマジでそのつもりだったのか。
なんて女だ。
「そんな悪いよ!」
「まぁ気にしないでくれ。告白云々はともかくとして、どれだけ大変なのかは興味あったからさ。日向さんが良ければ告白関係なく挑戦させてくれ」
「瀬戸熊君もこう言ってる訳だし、やらせてあげようよ日向」
「本当に無理してない?」
「ちょっと怖いが、興味あるのはホントだぞ」
観念したのか、日向さんは自分のお弁当箱の中の一つを指差した。
「それじゃあこれ食べてみて」
日向さんと付き合うための条件を確認する方法だが、まず彼女のお弁当のおかずを一つ食べるところから始まる。なお、可愛い女子のお弁当を食べられるということで告白しようとした輩もいる。
俺は自分の箸で指定されたおかず、シュウマイを取りありがたく頂いた。
「~~~~!?!?!?!?」
かっらああああああああい!
「あっはっはっはっ! 変な顔!マジうける~!」
「大丈夫!? 無理だったらぺっして良いからね!」
爆笑する日向フレンズにイラっとしたり、日向さんの『ぺっする』にほっこりする余裕が全く無い。あまりの辛さで口内が火傷でもしているかのようにヒリヒリして、涙が勝手に溢れ出てしまう。
まさかここまで辛いなんて。
日向さんと付き合う条件。
それは大の辛党である彼女と食事を一緒に楽しめること。
そして辛い物が美味しくて幸せという気持ちを共有できること。
つまり自分だけ辛くないものを食べるなんて関わり方はNGで、激辛料理を一緒に食べて『これ美味しいね~』って心から言えなければならないのだ。
「瀬戸熊君、撃沈っと。ぷーくすくす」
「へ、へめぇ(て、てめぇ)、こへはもふへひはっはな(これが目的だったな)」
これまでこいつは軽い気持ちで日向に寄って来た男子が激辛おかずを食べて悶絶する姿を楽しんで見ていたのだろう。
そして日向チャレンジをする男子がいなくなりそうだから俺を強引にチャレンジさせたと。
「瀬戸熊君、これ飲んで」
日向さんが差し出してくれたのは、パックのヨーグルトドリンク。
辛さを中和するには水よりも牛乳やヨーグルトが良いって話だから準備してくれてたのかも。
「ぷはぁ、大分良くなった。サンキュな。これお金」
「受け取れないよ。迷惑かけたの私だもん」
「自分から挑戦するって言ったんだ。悪いのは俺だよ。受け取ってくれないと困る」
それに日向さんのお弁当を少しとはいえ食べられたんだ、もっと払っても良いくらいだ。
「ぷっ……顔を顰めながら言っても格好良く無いよ」
「追い打ちは止めろって」
そこはスルーしてくれるのがマナーだろ。
結局最初から最後までこいつのオモチャだったな。
「追い打ちだなんて人聞きが悪い。これでも見事に撃沈した瀬戸熊君を讃えてるんだよ」
「讃えてる顔には全く見えないぞ。それにまだ俺は撃沈してない」
「え?」
「え?」
「マジ?」
最後のは隣の席の男子だ。こいつスルーしても良いか。
「予想よりも辛かったから驚いただけだからな。次は日向さんが好みのおかずを用意すれば良いんだろ」
日向さんと付き合う条件の判定はもう一つ。
日向さん好みの料理を自作して食べてもらう。
作った料理を日向さんが美味しいと思えばクリア、マズかったら失敗。
彼女に告白した人の中には辛いのが平気な男子もいて、このステップに挑戦したが全滅だったらしい。
「え、まさか瀬戸熊君って料理出来るの?」
「まさかってところが引っ掛かるが、少しは出来るぞ」
母親が忙しい時なんかに、代わりに料理を作ってるからな。
「瀬戸熊君、本当に無理しなくて良いんだよ?」
「料理好きだから気にしなくて良いぞ。ただ完成までに時間がかかりそうだから待っててくれ」
「う、うん」
めっちゃ不安そうにしているな。
これまで食べさせられたのがよっぽど美味しくなかったのかな。
あのシュウマイを普段から食べている日向さんが喜ぶ料理か。
考えるのが楽しそうだ。
――――――――
「日向さん、料理作って来たよ」
「え!?」
「え!?」
相変らずカーストトップの友達が一緒にいるのか。
仲良すぎだろ。
「遅すぎて忘れてるのかと思った」
「そんなことないよ! 私は覚えてたよ!」
日向さんマジ天使。
でもそう思われても仕方ない。
だって一か月もかかったからな。
「早速だけどこれ食べてみて」
「う、うん」
用意したのはお弁当定番の唐揚げ。
もちろん辛いのが苦手な人は火を噴くくらいの辛いものに仕上がっている。
「い、いただきます……」
日向さんがおそるおそる特製からあげに箸を伸ばした。
これまでよっぽど変な料理を食べさせられたのか、かなり不安げな顔をしている。
でも躊躇するのは失礼とでも思ったのか、手は止めずに唐揚げを口の中に放り込んだ。
「!?」
日向さんの顔が驚愕に染まった。
この反応はどっちだ?
「日向。変だったら吐いて良いよ。ほら、出しちゃえ!」
お前なぁ、日向さんを見習って『ぺっしよ』くらいに可愛く言えないのか。
そんなんだから振られ……ひえっ、殺気を感じた。俺の心の中を察するな。
日向さんは目を閉じてしっかりと味わうかのように何度も咀嚼し、飲み込んだ。
「…………」
「…………」
俺達どころかいつの間にかクラス中が固唾をのんで見守っている。
注目されながら彼女が出した答えはいかに。
「美味しい!」
よっしゃああああああああ!
頑張って工夫したかいがあったぜ。
「嘘!?」
「信じられないなら食べてみるか。ほらまだ残ってるぜ」
「う゛……遠慮しておく」
「なんだよ煽っておいて自分は食べないのかよ。こんなに美味いのに」
ぱくっと激辛唐揚げを口にする。
途端に刺すような痛みに襲われるが、それと同時に濃厚な鶏肉の旨味も広がっていく。
「へ、平気なの? それって日向のと同じくらい辛いんでしょ?」
「平気じゃないぞ。辛すぎてほら、汗がもう滲んでるだろ。でもそれ以上に美味いんだって」
これを作る時に何度も味見したから辛さに慣れて来たってのもあるけれど、大事なのはやっぱり味だ。
「日向さんのシュウマイは激辛だったけれど、かなり美味かったんだよな。だからあのレベルのおかずを作れるようになるのにこんなに時間がかかっちまったんだ」
「そうなの! それが大事なの!」
おっと、珍しく日向さんが興奮してる。
「ただ辛いだけじゃなくて、美味しい辛い料理が食べたかったの」
「あ~、もしかして皆、辛いだけの料理を持って来たのか?」
「…………うん」
日向さんが最初におかずを食べさせてくれたのは、これだけ辛い料理が好きってことを知ってもらうだけじゃなくて、辛くてもこれだけ美味しい料理が好きってことを知ってもらうためだったんだ。でもそうとは気付かなかった皆は味が二の次で、ただ辛いだけの料理を用意して合格を貰えなかったってところかな。味見が大変だろうが、彼女にしたい相手に食べさせるなら頑張って味にこだわらないとダメだろうが。
「お店でも辛いだけってとこが結構あってね。でも瀬戸熊君の唐揚げはちゃんと美味しかった。辛さに負けないように味付けされてた」
「そこなんだよな。辛さで他の味が感じにくくなっちゃうけれど、だからといって味を濃くするだけだと美味しくないし体にも悪いしで結構悩んだんだよ」
「そうそう。そうなの! くどくならないようにするのが難しいんだよね」
「他のおかずも激辛だけど食べてみるか。ほら、シュウマイも用意してあるぞ」
「食べる!」
頬を手で抑えながら幸せそうに食べる日向さんはマジプリティ。
喜んで貰えたようで何よりだ。
「うわぁ、めっちゃ意気投合してる。これで日向チャレンジは終了かぁ」
「え?」
「まさか瀬戸熊君が彼氏になるだなんて思わなかったよ」
「え?え?」
いやいやまてまて。
どうしてそうなる。
「告白関係なくチャレンジするって言っただろ」
「ええ!? 瀬戸熊君、それマジで言ってたの!?」
「いやだって俺日向さんのことあんまり知らないし……なぁ、日向さんもそう思うだろ?」
「…………」
あれ、俯いてしまった。
まさか俺、やっちまったのか。
でもいくら条件をクリアしたからって好きでもない男と付き合うなんて嫌だろ。
「あ~あ、悲しませちゃった」
「いやいやいや、友達からじゃダメなのか?」
それでお互いを知って、好意を抱いたら改めて付き合えば良いだろう。
「私、誰かと一緒に美味しい激辛料理を食べに行くのが夢だったの」
「それなら友達と一緒に行くのでもおかしくないよな」
誰かと、であって恋人と、ではないのだから。
「ふ~ん、年頃のフリーの男女が一緒にご飯を食べに行くのにデートじゃないと」
「…………」
た、確かに二人っきりでご飯を食べるのはデートになってしまうのか?
「それに、一緒に激辛料理を作るのも夢だったの」
「それなら友達でも…………無理か」
一緒にご飯を食べに行き、一緒に料理を作って食べる。
そういう関係の男女の友達は存在しているかもしれないが、傍から見たら間違いなく恋人だろう。
俺が恋人関係に乗り気では無いと分かり、日向さんはしゅーんとしてしまった。
「日向にこんな顔させて、瀬戸熊君は本気で嫌だって言うのかな?」
「顔が怖い、脅すな。別に俺だって嫌なわけじゃ無いんだよ。むしろ日向さんが嫌かなって思っただけだし」
「ほんと!?」
うわ、その笑顔は反則だろ。
こんなの付き合う以外の選択肢が無いだろ。
でもなぁ……
「何よ、まだ問題があるって言うの。それともただのヘタレ?」
「ヘタレ言うな。問題なんてないぞ。日向さん、これからよろしくな。美味しい激辛料理を沢山食べに行こうな」
これで良いんだろ。
「待って」
と思っていたのに、まさかの日向さんからストップがかかった。
「瀬戸熊君、本当に何も問題無いの?」
どうやらさっきの逡巡が気になってしまったらしい。
「瀬戸熊君が嫌なら断ってくれて良いんだよ」
「嫌じゃないさ」
「じゃあ何を気になってるの?」
う~ん、これ言っても良いものだろうか。
まぁ後で問題になるよりかは今公開しておいた方が良いのかな。
「俺の好きな食べ物が日向さん苦手かも知れないなぁって思ってさ」
苦手だとしても一緒に食べたいって希望があるわけじゃないから良いんだけど、日向さん良い人だから美味しいを共有できないことを申し訳なく思いそう。自分は相手に好きな料理を一緒に食べて欲しいってお願いしたのに、自分は相手の好きな物を食べないのは失礼だ、とかさ。
「苦手でも頑張る!」
「頑張らなくて良いって」
「ううん、私だけお願いするなんて悪いもん!」
ほらな。
「ちなみに瀬戸熊君の好きな食べ物って何?」
「イカの塩辛」
「え?」
もちろん他にも好きな食べ物は沢山ある。
その中でも特に好きなのがイカの塩辛を始めとした独特の臭いがあるものだ。
「俺、生臭い臭いのする食べ物が好きなんだ」
「…………」
あ~あ、日向さんが真っ青になってる。
多分、相当嫌いなんだろう。
好みが一致する相手を見つけるのって難しいわ。
しゃ~ない。
「が、がが、がんば、がんばばばる」
「バグってるぞ。だから気にしなくて良いって。俺の好みが特殊で苦手な人が多いって分かってるからさ」
「ううん! 私だって無茶させるから頑張るの!」
良い子なんだろうけれど、融通が利かないタイプなのかもしれない。
それとも激辛好みを理解してくれる相手を見つけたから手放したくないってだけのことかも。
無理させないように俺が気をつければ良いか。
「そっかぁ、くっさいのが好きなんだぁ」
「なんだよ」
「べっつにぃ~」
カーストトップさんがいつの間にか会話に混ざって来なくなったかと思ったら、すげぇニヤニヤした顔でこっちを見ていた。
「日向。ちょっと耳貸して」
「う、うん」
「イカ臭いってのはね……………………」
おや、日向さんの顔が物凄い真っ赤になったぞ。
こいつ何を吹き込みやがった。
「わ、わわ、わたし、がんばりゅ!」
さっきまでとは全く違う『頑張る』の意味を俺が知ったのは、相当先の事だった。
まさかの下ネタエンド
辛党の知り合いの意見をテーマにしました。
ただ辛くすれば良いってものではないんですって。