初めての
彼女と一緒に帰路に着く。目指すのは彼女の家だ。どうやらお嬢様なのに一人暮らしをしていて、家には誰もいないらしい。
帰りながら思う。心の距離は体に現れるのだと。今の彼女との距離はどうだろうか。初めて会ったにしては近い、けれども仲の良い近さとも言えない微妙な距離だった。
「あなたのことを聞いてもいい?」
そう彼女は問いかけてきた。俺のこと。そう一言で言えるほど人生が短いつもりはなかった。
「たとえば、歴代の彼女のこととか」
「幻滅するかもよ」
「しないわよ」
即答された。少し嬉しい。
「彼女がいたのは2回だけ。1回目は小学校4年生の時。2回目は中学校1年生の時。どちらもよくわからなかったかな」
「そう」
一言だけ呟く。奇妙な時間が流れるが映画の上映を待つようで嫌いじゃなかった。
「好きだったの?」
「好きじゃなかった」
今度は俺が即答した。
「そうね、今度は私の番」
そう言って彼女は語り出した。好きになった人は内緒。告白された数は数え切れないくらい。強姦されそうになったこともあったが、女性のボディーガードが守ってくれたらしい。金持ちはやることの規模が違う。
「人を好きになるって、難しいことよね」
彼女は水たまりを飛びながら言った。昨日は雨が降っていた。
「難しいね、とても」
俺は深く頷いた。
♦︎♦︎♦︎
彼女は学校から歩けるほどの距離にある、ここら一帯で一番高いマンションに住んでいた。エントランスから豪華であり、いくら金を使っているのか見当もつかないもので溢れていた。
彼女はその7階に住んでいた。このマンションでは低い方なのだと言う。
「あんまり高くてもしょうがないわ。それよりも私は7の数字が気に入ったの」
よくわからないが彼女なりのこだわりがあるのだろう。少し話していて思ったがこの人はかなりの変人だ。それでも、なぜか惹きつけられる魅力を持っていた。
エレベーターに乗って7階層に着く。彼女との距離は変わらない。俺は少し緊張していた。こんなところでしてしまってもいいのだろうかと。
707号室。それが彼女の部屋番号だった。非常にわかりやすく、彼女らしかった。
中に入ると、そこは非常に綺麗に整えられていた。芳香剤が玄関に置いてあり、そこを境にメルヘンの世界へ放り込まれたようだった。1ldkの部屋で、そこら中にぬいぐるみが置いてある。熊だったりうさぎだったり。中には俺と同じくらいの大きさのぬいぐるみもあった。
「座って」
そう言って彼女はキッチンに行ってしまった。一人で高そうなソファーに恐る恐ると座る。初めて座る感触に驚いてソワソワとしていると声がかけられた。
「あったかい紅茶とコーヒーがあるけど、どちらが好み?」
「紅茶かな。種類は?」
「アールグレイよ」
「好みのお茶だ」
「そう。私も好きなの」
そう言ってティファールに水を入れる。キッチンにいる彼女を見てなぜか胸が温かくなった。
お湯を沸かすのに時間がかかるのか、彼女もソファーに座ってきた。歩いてきた距離感と同じところに座る。もう少しで手が繋げそうだ。
「私、あなたの顔も好きだけど……」
なぜか言い淀む。俺も本心を伝える。
「俺も楓の顔が好きだよ」
スッと出た。こんなに本音がすらすらと出たのは初めてのことだった。楓の顔を見ると少し赤くなっていた。
「容姿を褒められるのは慣れているけど、あなたに言われると……なぜか嬉しいみたい」
そう笑顔で言われる。頬はもっと赤くなった。ゆっくりと近づく。手を撫でる。手をつたって頬へと行く。彼女は真っ赤な顔で目を瞑っている。慣れているはずなのに俺はドキドキとしている。
彼女唇を貪る。最初はライトに、徐々に激しく。楓から色っぽい息が少し漏れる。服に手を伸ばそうとして、そしてーー。
お湯の鳴く音がした。一回彼女から離れようとするが……。
「お願い、続けて」
そう言われてしまっては断れない。俺はその晩、彼女を抱いた。