レポート56:「便利すぎる作物育成」
「便利すぎる作物育成」
俺たちは拠点に戻ってきてからビニールハウスの使用方法について、セージとカカリアから説明を受けてきた。
といっても……。
「つまり、このボタンを押すと、指定した区域に成長促進液を撒くってことなんだよな?」
「そう。量に関しては適量っていうのが分からないから、頑張っていくしかないわね」
「まあ、こればっかりは何度か試すしかないからね。でも、毎回配布量は記録できるからさ、美味くいったデータは保存して再現できるようになっているよ」
流石は宇宙の技術。
至れる尽くせりの全自動である。
てっきり小部屋の窓の外にある畑にでて手で手入れをしないといけないかと思っていたら、すべて機械で済むとか。
しかし、これを考えると手作業で育てた野菜に価値があると思わなくもない気がする。
美少女が入れてくれた水は特別だっていう馬鹿な話を思い出す。
そんなことを考えていると、葵ちゃんが質問を始める。
「あの、宇宙に輸出する分ですけど、F1品種、えーと綺麗な野菜じゃないとダメですか?」
「どういうこと?」
「説明してもらえるかしら?」
俺もさっぱりだったが、どうやらカカリアとセージもさっぱりわからないようで、質問をしてくる。
「そっか、やっぱりそういうことはわかりませんよね。大雑把に説明しますけど、現代の日本で一般的に出回っている野菜はF1種と呼ばれているメンデルさんが発見した「優劣の法則」で生まれた野菜なんです。これは、発芽に生育が均一で、味も安定して一定の収穫が望めるモノなんです。逆に固定種っていうのがありまして、不揃いの大根とかがわかりやすいですかね? ですけど、固定種は勝手に進化とかしちゃうんで色々味が変わることもあるんです」
「「「ふむふむ」」」
葵ちゃんの説明を俺たちは興味深く聞く。
ただ野菜とか果物は種をまけばそれだけだと思っていたがそもそもが違うようだ。
聞けば当たり前と思う内容だ。
野菜だって学習して適応するのだ。
それを意図的に操作している品種があるというだけだ。
「今回は、そういうのを考えずにこの成長促進の度合いとか種ができるかとか試すため混ぜて買いましたけど、そのあとはこれからどうするかっていうので、種の仕入れないといけないです。特にF1種って言われるのは一代限りの物で、種を取得しても同じようにはならないんです」
「それってどこかが種を作ってるってこと?」
「はい。その通りです。種苗会社から買う必要が出てきます」
「なるほどね。そうなると農家としてしっかり動かないといけなくなるってわけね」
「そうです。まあ、種を採取して固定種になってもそれでいいならいいんですけど」
なるほどな。
確かに、これからを考えると判断しておかないといけないよな。
でもな~不揃いの味が違う野菜は……。
「不揃いはともかく味が違うのは問題じゃないか?」
「ですよね~」
「まあ、そうだよね」
「安定供給は難しいですね」
俺の意見に同意してきたともったら……。
「ちょっと待ちなさい。それなら種を意図的に作ればいいんじゃないの?」
セージが顔を上げてそんなことを言ってきた。
「種。えーとF1種ってそんな簡単に作れるのか?」
「えーと、そういうのは専門業者の仕事なんで何とも……」
つまり簡単なことではないっていうのがわかる。
葵ちゃんは農業の専門家だ。
自前で全部揃えられるなら、種だって揃えるだろう。
でも、それがないということはよほど専門的なことだということだ。
「とりあえず、そのF1種と固定種っていうもののサンプルくれない? 一応こっちは宇宙の技術があるから何とかなるかも。というか確実にできるとは思うわ」
「お、それならいいな」
「でも、味が落ちないとか、それが複製品として出荷できないとかあるし、とりあえずこっちはこっちでやるから、とりあえず裕也と葵はそのF1種と固定種の野菜でも果物でも作ってみて佐藤さんに連絡を取ってみた方がいいわ」
「わかりました」
確かに、種が大量に作れたとしても、それを仕入れないと言われれば作った意味はなくなるしな。
話はまとまったので、俺たちはそのまま……。
「えーと、ここの名前はビニールハウスでいいのか?」
「えっと、私が名前を決めるわけにもいかないですし、そういうのは裕也さんの決めることじゃないんですか?」
「一応、雇用主ではあるからな、そうかもしれないがパッと思いつかないし、葵ちゃんがメインで頑張るところだし、何かないか?」
「うーん、そういうのでしたら普通に温室ハウスでいいんじゃないですか」
「あー、温室ハウスか。それならありだな。うん」
言われて納得の名前だ。
自由に温度を変えられる、作物専用の部屋だしな。
「よし、温室ハウスで決定」
「あっさり決めましたね」
「これで時間をかけるのはもったいないしな。さっそく部屋の名前変えておこう」
俺は部屋の出入り口にあるシステム操作盤を触って部屋のプレートを変える。
これで全体のMAPにもこの部屋は温室ハウスとして認識される。
いや、全部がこうしてネットでつながっているって本当に便利だよな。
あれだ、映画で見たような感じの3ⅮMAPで現在の状況がはっきり確認できる。
ちなみに各個室はちゃんとジャミングがかかっていてプライベートは守られている。
「で、これからどうする?」
「そうですね。まずは種を使って実際に植えてみましょう。土と水耕栽培どちらもやってみて、成長速度を確認したいです。あと、根野菜とかもできるってマニュアルには書いてありますけど、どの程度になるのか……」
「根野菜って水耕栽培はできないのか?」
「元々地中の中で成長するタイプですからね。それが水になるとどうなるか観察しないといけません」
「確かにな。そういえば基本的に水耕栽培にお勧めな植物ってなんなんだ?」
「そうですね。ミニトマト、バジル、レタス、大葉、小松菜という所でしょうか」
「あー上に生えるタイプってことか」
「そうです。クレソンとかセリとかがわかりやすいかもしれないです。あの種類はもともと水の綺麗なところで生える草ですから」
「確かにその二つって水の上に直接生えているイメージがあるな。あるいは水辺の近く」
「そういう感じです。じゃ、とりあえず水耕栽培と土での栽培で一つ試してみましょう。使うのはこれ」
葵ちゃんが出してきたのは、ミニトマトだ。
「定番ですからね」
「そういうのがいいな」
とりあえず、セージとカカリアに説明をされた通りにボタンを押すと、即座に準備が開始される。
「畑を耕す必要も、水耕栽培の準備も全自動ってすごいですね~」
「本当にな。俺たちが扱うのは成長促進剤のバランスと、温度ぐらいか?」
「ですね。便利すぎて泣けてきます。除草の必要もないとか、雑草の種も処分できるとか農家の味方すぎます」
「あー、そうか。そういうのもできるんだよな」
そう、この温室ハウスは雑草などの除去も済ませてくれる。
というか、先に処分をしてしまうのだ。
どうしても雑草は種や根が残ってそこから生えてくるので抜くしか対処ができないが、この温室ハウスは全自動でそこら辺の消去を行ってくれる。
科学的にやってくれているから、本当にできるのだ。
農家さんにとっての畑の手入れがいらないというのは素晴らしいことだろう。
俺だって、家で育てている畑の世話で一番面倒なのが毎日の草抜きだしな。
「それで、もうボタン押しちゃったんですけど、私たちはどうします?」
「ああ、そうか。俺たちは待つだけだもんな。あっちの小部屋で待つか」
温室ハウスにはちゃんと俺たちが休憩や書類を作るための部屋は用意されているので、俺たちはそちらに移動することになった。
「モニターもついていて至れりつくせりだな」
「でも、私たちに直接映像飛ばせるのにこういうのって必要なんでしょうか?」
「あまり何でもかんでも繋いだりはしないって話だ。そうでもないとひっ切りなしに連絡が来るってさ」
「あー、そういうことですか。携帯電話なりっぱなしってことですね」
「そういうことだな」
そんな話をしながら俺と葵ちゃんをひとまず休憩をすることになった。
さ、上手くミニトマトは育つのだろうか?




