二十一話
アイラが僕を呼び出すときは何か特殊な用件があるときだが、今回はなんだろう? 首長室をノックするとすぐに入れと言われたのでドアを開けた。
中にはアイラがもちろんいたが、なぜかピオーネもいた。
「あれ、どうしたの? 」
ピオーネはアイラの側で立っていた。アイラは僕を対面に座らせると、
「パゴスキー准将? 」
「は! 」
とピオーネに呼びかけた。彼女はどうしたことか、僕とアイラに紅茶を淹れた。
「いや、さっきからこれはどういう? 」
「ああ、これ? 」
アイラは悪戯っぽく笑うと簡単に説明してくれた。
「パゴスキー准将、確か軍の名義でゴースのギルドを使用したらしいじゃない。」
ああ、そのことか。当のピオーネは苦い表情でそっぽ向いている。
「個人名義ならともかく、軍人としての立場でギルドを利用したのはマズかったのよね。職権乱用に当たるわ。」
言ってたな、ピオーネ。官吏と軍人なら問題なく依頼を受けられるからって。問題大アリだったじゃないか。
「でも今回の使節の功績も大きいからね。三日間私の側付きで何でも言うことを聞くということで手を打ったのよ。ねえ、准将? 」
「は! 」
ピオーネは背筋をピリッと伸ばした。
「公務が忙しくてちょっと肩がこっちゃったわ。」
「は! 」
ピオーネはアイラの肩を揉み出した。もしかして公務中にアゴで使える従者を抱えてみたかっただけじゃないのか? しかしゴースのギルドの件でいうのなら……
「でもそれじゃあ僕にもペナルティはあるんじゃないのか? 」
僕の言うことを聞くとアイラは露骨にニヤニヤしだした。
「ご名答。それが用件なのよ。」
うわ、また面倒くさそうな予感。
アイラは用件の詳細を話し始めた。
「魔法を人間が初めて使ったっていうニュースはあなたも聞いているでしょう? 」
「うん、まあ。」
聞いただけだったが。
「その魔法を使った事例なんだけどね、ホルンメラン管轄内で起きたのよ。」
めっちゃ近所じゃないか。もっと遠い話だと思っていたのに。
「はっきり言って僥倖ね。この人間をホルンメラン都市内に呼び寄せれば、ゆくゆくは人間の魔法使いがホルンメランに生まれるかもしれないってこと。」
このニュースが全世界に巡っているということは、すでに世界中の国が魔族だけのものだったはずの魔法に注目し始めているということだ。アイラが言う通り、それがホルンメラン内であったのは棚ぼただ。
「そこであなたにささやかなペナルティーとしてのおつかいよ。その魔法を使った人に会ってきてちょうだい。そして、ホルンメランの壁の中まで来ないかと勧めてほしいの。」
今度は一般人が相手か。少しは気が楽だ。
今回の出張は僕一人だった。特段の危険があるわけでもないので当然だが、この前までずっと超人と一緒にいたので少し心細い。
アイラに教えてもらった先はホルンメランの南東。ソナリ村のちょうど真東のあたりだった。近かったので、ついでにソナリ村にも寄った。あの桑畑が少し気になったから。
村人たちは、なんというか……前よりも著しく豊かになっていた。嫌味なほどに。僕はまず村長の家に向かった。
「おお、タイセイくん! 相変わらず元気なようだね。」
「村長もお変わりな……いや、あるようですね。」
村長の身なりも変わっていた。全身絹の豪勢な格好になっていたのだ。
「おかげさまでね! シルクマネーというやつだよ。」
「そのシルクの生みの親は何処に?」
「桑畑だよ、君に言われて作ったやつ。」
僕はローブに会うために桑畑に向かった。桑畑はあまり広くはないが、かなり多くの人が働いていた。いや、人だけではなかった。馬も数頭いたのだ。しかも見覚えがある。その馬たちは荷車を引いていた。
「あの、そこの馬たちは? 」
近くにいた人に聞いてみた。
「ああ、そいつら。役所に貰ったんですよ。なんでも馬力はあるくせに重いからホルンメラン都市内じゃ持て余しているらしくて。」
……あー!思い出した。こいつら、僕が騎馬を作るときに試作した馬だ。ゾウとのハーフと、オークとのハーフだったはずだ。しかしよかった。騎馬にはなれずとも、こうして仕事に就くことができたのは幸いだ。
村の人々に混じって、ローブもいた。ただ彼女は、まったく働いていなかったのだが。
「あらタイセイくん。今日もお仕事? 頑張るわねえ。」
「そう言う君は全く農作業を手伝っていないようだけれど。」
突っ込んでみると、ローブは不満げだった。
「そりゃそうでしょう! だって私の仕事じゃないもの。私の仕事はねー」
そう言いながらローブは桑の葉を摘み取って口に放り込んだ。彼女はしばらく葉っぱをむしゃむしゃしたあと飲み込んで、両手を出して何やら念じ始めた。すると、みるみるうちに絹の織物がでてきてしまった。
織物を手に取りローブは得意げ。
「これが私の仕事だから、農作業はする必要なんてないの。」
彼女は絹織物をたなびかせていた。
さて、ずっとここで油を売っているわけにもいかない。早く東の方へと行かなければならない。僕は畑に来たついでにローブに魔法のことを聞いてみた。
「ああ、人間が魔法を使ったって話ね。聞いてるわよ。東に行ったところの竹林の集落にいるらしいわ。」
「詳しい素性は? 」
「知らないわ。私だって一般人だもの。」
そういえばそうだったな。魔族だって一般人か。
村長にもう一度だけ挨拶して、僕はソナリ村を出た。行く先はやはり湿地が広がっていた。東の方角に目指す集落はあるらしいが、その影さえ全く見えない。聞くところによるとここから三時間くらいかかるらしい。
車夫はいるがずっと沈黙している。一人旅ってこんなに退屈だったっけ。この前まではあまり喋らないなりに隣にピオーネがいてくれたからよかったが、今回は本物の静寂だ。
気の遠くなる三時間だった。ほんとに何も無かった。もう魔物の一匹でも出てきてくれよと思ったほどだ。
ともあれ到着することができた。集落は本当に竹林の中にあり、用事がなければ到底行きそうにないような感じだ。入り口には看板が掛けてあった。リベーム集落というらしい。
見た目は閑静な集落だが、集落の中に入ると意外なくらいの歓迎を受けた。
「おお、都市の官吏さんがいらっしゃったぞ。」
「本当じゃ! 遠路はるばる来てくださったぞ。」
え、何で僕が官吏だって……ああそうか、今日は正装だったわ、僕。ともかく、アイラの善政のおかげかどうかは知らないけれど、住民の役人に対するイメージは悪くないらしい。
そんなわけなので、僕は頼む前に長老の元まで案内してもらえた。長老はちょうどおやつを食べていたところだったが、僕の来訪を快く受け入れてくれた。
長老は少し小太りのお爺さん。恵比寿さまのようなふくよかさだった。彼はテンション高めで僕にいろいろ聞いてきた。主に都市内のことを。辺境の集落にとっては珍しいらしい。
「ところで、ジョシュア伯はお元気ですか? 」
「あれ。首長と会ったことがおありで? 」
「まあ向こうはまだ物心つく前で覚えてはいらっしゃらないだろうがね。」
この話は僕も少し興味があった。
「式典でホルンメラン都市内に行ったことがあったんですがね。私は一応この集落の長として参加しましたから、伯爵家にも挨拶をさせて頂いたのです。そこで幼き頃のジョシュア伯、アイラ様にお会いしたのです。手を振って挨拶してくれたのがとても可愛かったのを覚えています。」
ほほう、結構面白い話だな。今度本人に直接聞いてみよう。
それはそれとして、本題に入らなければならない。
「あの、長老さん。」
「はいなんでしょう? 」
「ここに魔法が使えるようになった人がいると伺ってきたのですけど。」
長老は眉をピクとあげた。
「ああ、それですか。確かにいます。でもあなたが思っているのとは事情が違うと思いますよ。」
「というのは? 」
「自然と使えるようになったわけではないのです。この町に住む魔族の方が住民に低級魔法を教えてくれたのです。」
ほほう、ということは求めるべきは魔法が使えるようになった人間よりも、教えた魔族のほうか。
「ではその魔族の方はどこに? 」
「集落の端の方に住んでおられますよ。会われますか? 」
会わないわけがない。僕はさっそく案内を頼んだ。
「ええ、引き合わせて頂けますか? 」
「分かりました。」
長老は若い男性を一人呼び寄せて僕の案内を言いつけた。
「官吏殿を先生のところへ連れて行ってさしあげなさい。」
「分かりました! 魔王先生のところですね。」
魔王? 仰々しいあだ名の先生なんだな。まあ魔法が使えるんだからそんなふうにも呼ばれるか。
案内された先は長老が言った通り、集落の外れの方だった。案内の男性は家の中を覗くと伺いを立てた。
「先生、今大丈夫ですか? 」
「ああ、ちょうど授業終わったところですから大丈夫ですよ。」
そう中から聞こえてきたので、男性は戸を開けた。
中にはその先生がいたのだが……僕は一瞬で圧倒されてしまった。僕より頭二つは大きい背に、水牛をさらに禍々しくしたような二本のツノ。そして厳しい顔に浮かぶ鋭く光る赤い瞳と恐ろしい牙…………マジの魔王だ!!




