人出品子は動く
次話タイトルは『探してみよう』
「いや、絶対に無理です!」
「いやいや。最後まで話は聞くべきだと先生は思うぞ~」
普段ならば出さない大声でつぐみは訴える。
品子から出された招集内容は『この学校のパンフレットを作るのでモデルになれ』というものだった。
「沙十美が選ばれたのはわかります。なぜ私も、それに参加するのですか!」
「いや、私も嫌なのだけどさ。学校の勤め人である私は断れないのだよ。そんで渋っていたら『じゃあ学生のモデルは先生が選んでいいですよ』なんて言われたからさ」
「それで沙十美を選んだと?」
「うん、完成したパンフレットをご家族に見せてごらんよ。喜ばれるのではないかね?」
「まぁ、確かに。喜んでくれるとは思いますけど」
「そうだろう。千堂君! ここは一つご家族を喜ばせてあげようではないか」
沙十美は困惑しつつ、品子の話を聞いている。
一方のつぐみは黙ったまま、わき腹に手を置きうつむいて話を聞いているだけだ。
「でも先生、なぜ私達なのですか? 先生とそんなに接点があるわけでもないのに」
沙十美の問いかけに、同じくそう思ったつぐみは顔を上げて品子を見つめた。
「……え。あの、インスピレーションだよ! もちろん、君達しかいないと……」
「あー! いた! 人出先生やっと見つけましたよ!」
自分達に向けたであろう叫び声に、三人は振り返る。
学校の事務の制服を着た女性がこちらにやって来るのが見えた。
「あれは、確か窓口の栗生さん?」
よほど急いできたのだろう。
三人の元へ来ると、顔に汗をびっしりと付けているのが見える。
額の汗をポケットから出したハンカチで軽く拭うと、つぐみ達を見つめた。
「ひょっとしてどちらかが千堂さんですか? いくら何でも、勢いありすぎやしませんか」
「どういう事ですか? 勢いとかなんとかって?」
「待ってくれ。まだ私は彼女達に話がしっかりと出来てないというか……」
「確かに私は、人出先生に学生モデルを選んでもいいですよとは言いました! で、す、が!」
栗生は顔を真っ赤にして、怒涛のように続けた。
「いきなり学生名簿を取り出して目を閉じて、適当に指差して『よし、君に決めた!』って言って駆け出して行ったら、誰だって止めるに決まっているでしょう!」
栗生が半泣きの状態で、品子に叫んでいる。
思わずつぐみが隣の沙十美を見ると、彼女は口をぽかんと開けたままで固まっていた。
まぁ、当然の反応だろう。
だがそうなると、なぜ自分も選ばれたのだろうという疑問にたどり着く。
栗生に怒られ続けている品子を見つめるとその視線で、意図に気づいたようだ。
「あ、あのさっき見ていたら。彼女と君が仲良しみたいだったから」
自分の頭をポリポリと掻きながら、屈託ない笑顔で話す品子。
そのあまりに場当たりな理由に、今度はつぐみが口を開け呆然となる。
それを見てとうとう、栗生が切れた。
「ちょ、人出先生。あんた、何やっているんですか!」
「いや。我ら教務に携わる者が学び舎で、『あんた』なんて言葉を使ってしまうのはどうかと」
「……ごめんなさいね、二人共。私、先生に急用が出来たの。連れて行ってもいいかしら?」
にっこりと笑う栗生に、つぐみ達は何も言えずただ首を縦に振り続ける。
「え、でも私は彼女らともう少し話を」
「彼女達に、この件で迷惑かけるようならば」
栗生の手が品子の腕へとぐっと伸びる。
「紐なしで、バンジーさせますよ?」
「す、すみませんでした! 二人共、モデルの件は忘れてくれ。いやどうか忘れてくださいぃ」
栗生によって、品子が廊下を引きずられるように連れていかれる。
そんな品子の声は次第に遠のき、呆然と立っている二人だけがただ取り残されていた。
◇◇◇◇◇
「栗生さぁん、そんなに引っ張ると痛いです。モデルはもう自分で選ぶなんて言いませんからぁ、もう怒らないでくださーい」
嘆願の声を聞いても栗生は、まだ品子の腕を放さない。
品子の声の大きさに、周りの人達は珍しそうに二人を見ている。
「当たり前です! 学生モデルさんはこちらで選考しますからね!」
怒りを隠すことなく栗生はそう品子に告げた。
その言葉を聞いた品子は苦笑いを浮かべる。
(……だいぶ怒らせちゃったなぁ)
だが仕方がなかったのだ。
品子にはどうしても『適当に選んだ』ようにしてあの女学生たちに接触し、『誰かに』、つまり栗生に見てもらう必要があったのだから。
これで今後、彼女達に接触してもそれほど怪しまれることはないだろう。
少し強引だが、あまり時間もないから仕方ない。
品子はそう考え、一人ほくそ笑む。
千堂沙十美、冬野つぐみ。
この二人の学生が今回の『対象』になるのだと品子は頭の中で情報を整理する。
「くくっ、どちらも可愛い子だねぇ。まぁ、可愛さで言えば私の大事な愛しいあの子には、残念ながら勝てないけどさ」
「え? 人出先生、何か言いましたか?」
栗生の問いに品子は笑顔で答える。
「なんでもないですよ~。ただこれであの二人は私の顔も改めて覚えてくれたかなぁって思って」
「覚えるも何も忘れるなんてできませんよ」
栗生の呆れた声に品子はもう一度わらい、これからの行動を考える。
(話してみた感じでいくと。『次は』彼女だよね。さてと。そうと分かった今、私は次にどう動けばいい……?)
品子に描かれていた口元の弧は消え失せ、真っ直ぐな一文字に取って代わっていた。