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人出品子と室映士の場合

次話タイトルは『肩代わり』

 店から現れた男を見て、品子の口からは渇いた笑いがこぼれた。  


「おい、惟之。気絶なんかしてないで、ちゃんと言えよ。そうしたらさっさと撤収していたよ」


 かつてマキエの命を奪い、惟之の片目を奪った男。

 落月の上級発動者、(むろ)映士えいじ

 そんな男が今、彼女の前にいるのだ。

 だが今まで互いに一度も面識はない。

 彼が気付かねば、そのまま相手がここを去るのを待つだけ。

 もしも、そうでなかったら。


(――死ぬなぁ、私)


 さも日陰を探しているようなふりをして、皆のいるビルから品子は離れていく。

 手に持っていたペットボトルを開け、心を落ち着かせるために目を閉じる。

 入っていた水を、そのまま一気に飲む。

 閉じた彼女のまぶたには、つぐみの姿が浮かぶと同時にぞわりと皮膚の上を悪寒が走る。

 体が反射的に一歩さがり、同時に品子はペットボトルを思い切り真下へと振り下ろした。

 その手に伝わってくるのは、何かに当たる振動。

 広がる水の合間から見えるのは室の姿。


「ぐっ、……いつの間に、こんなに近くに!」


 水とペットボトルの破片が体に当たるのを感じながら、品子は左足を曲げ右足を前に真っ直ぐ伸ばすと相手に向かい蹴りを放つ。

 直後、彼女の右足の太腿に走るのは激痛。

 歯をくいしばり、見つめた己の足の状態に品子は目を見開く。

 品子の太腿は、室の肘と膝で挟み込まれていた。

 とっさに割られたペットボトルを、品子は相手の方に向けて再び強く振り抜く。

 ペットボトル越しに、一度目ほどではないが何かに当たった軽い振動が手に伝わる。

 室の顔を掠めたペットボトルは弾かれ、そのまま室は足音も立てることなく後ろに下がる。

 距離が開きほっとしたのもつかの間、品子の体からは冷や汗が吹き出してくる。


 たった一撃で知る、相手と自分との力の違い。

 これだけ実力差があるとなると、もはや自分の力ではもうどうしようもない。


「女性へのアプローチにしては、随分と強気ではなくて? 落月上級発動者の室さん?」


 室は自分の顔に触れ、品子が付けた傷の具合を確認する。


「初対面で物騒(ぶっそう)なものを振り回す女性は見たことがないのでね。白日のお嬢さん」


 ちらりと見えた、室の手のひらから手首にかけて描かれた、赤い線のような傷。

 彼の目的は、白日に正体を知られた奥戸の後始末だったのだと品子は理解する。


「奥戸さんと、楽しく過ごしてきた後ですよね? 傷の治療もあるでしょうし、そのままお帰り頂いた方がよろしいのではなくて?」

「確かにまだ奥戸の置き土産が結構、響いている。だがやつが、取りこぼしてしまった案件があるのでね」


 そう言うと胸ポケットから、ステンレスのシガレットケースのようなものを取り出す。

 中から黒い水の入ったガラス瓶を取り出し、中の液体を一気に飲み干す。


「さて、仕切り直しだ。お前に聞きたいことがある。冬野つぐみという女性はどこだ?」


◇◇◇◇◇


 その言葉は品子の顔を蒼白にさせる。

 奥戸は室につぐみの存在を伝えていたのだ。


「……その女性を、どうして私が知っていると?」

「奥戸から、白日にその女性を連れていかれたと聞いている」

「確かに彼女は今、我々が保護している。だが、奥戸の毒で衰弱している。いつまでもつか」


 室がつぐみやヒイラギ達を見つけ出すのは時間の問題だと品子は悟る。

 奥戸の与えたダメージも、いま飲んだ黒い水で回復しているのがその動きから把握できる。


 ――ならば、自分に出来ることは。


「冬野つぐみの件を知っているのは今の所、あなたと奥戸だけなのか?」

「なぜそれを聞く必要がある。そしてお前に私が答えるとでも?」

「……私の名は人出品子。白日三条の上級発動者」


 一つの決意を胸に品子は髪をほどいた。

 しなやかな黒髪は風に乗って、静かになびいていく。

 両膝をつけた状態で、ゆっくりと彼女は両足を曲げていく。

 右足からはとてつもない痛みが品子に絶えることなく訴えてきている。

 だが彼女は構わずに続け、正座の姿勢になると真っ直ぐに室の顔を見上げる。


「冬野つぐみは、本人の自覚はなく私達が利用していた。彼女は白日のことは何も知らない。……もしもあなたしか、彼女の存在を知りえていないのならば」


 痛みがひどい。

 ともすれば情けない声が出てしまいそうだ。

 だが、それは決して見せまいと品子はふるまう。


「どうか、彼女を見逃してほしい。代償は……私の命を()って」

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