助けたいのに
次話投稿は12:40。次話タイトルは『脱兎』
ここまではほぼ予定通りだと、ビルの入口で品子は現在の状況を確認する。
発動の力を持たないつぐみが、すんなりと店に入れたことをヒイラギからは聞いていた。
扉に発動者が触れられないのならば、能力を持たない一般人の力を借りるしかない。
通りすがりの人の『心優しい』ご協力のもと、無事にその扉は開くことが出来た。
ビルに入ると黒い水のようなものが、点々と床に落ちているのが品子の目に入る。
鞄からハンカチを取り出し、可能な限り拭いながら部屋に向かう。
タオルと水を部屋から持ってきて、外の黒い水の跡も消しておかなければ。
部屋の扉を開けた品子の視界の先。
そこにある二つの光景に、彼女は思わず立ち止まった。
一つ目、ソファーに寝かされているつぐみの姿。
傍らにはシヤとヒイラギがいる。
二つ目、窓際で右足から血を流し倒れている惟之。
その足は、いびつな方向に曲がっているように見える。
選ぶまでもなく品子はソファーに向かい、つぐみの様子を確認する。
「あ、先生……」
つぐみが声を発していることに安堵する。
上半身は布に覆われており、シヤとヒイラギがハサミで巻きつけられた布を切っていた。
そして下半身だ。
膝から下がどう見ても通常の様子とは違い、布の膨らみがそこに在るはずの足の大きさをしていない。
上半身をヒイラギ達に任せ、下半身の方の布を品子はハサミで切っていく。
徐々に足の部分の布が取り除かれ、見えてきたものに彼女は言葉を失う。
足は膝から下の部分は黒や紫に変色しており、脛から下の部分が無くなっている。
断面は黒い皮膚と骨や脂肪だろうか?
白や黄色のものが混じったようなものが見える。
奥戸の言う通り、これは人を『溶かした』ということなのか。
そっと近くにあったタオルを、彼女の足に巻いていく。
直ぐに黒く染まっていくタオルを見ながら、強く奥歯をかみしめる。
「痛みは無いのです。なぜでしょうね?」
品子の目線と表情に気づいていても、彼女は気丈に品子に笑いかける。
確かに助けることは出来た。
だがこれではあまりにも、彼女に残酷すぎるではないか!
やり場のない気持ちを振り切るように、品子はヒイラギ達と一緒に上半身の布を切っていく。
つぐみに巻かれた布が徐々に無くなり、その状態があらわになってくる。
無事に見えていた上半身も、同様に肘から下は壊疽でも起こしたように黒くなっていた。
奥戸は蝶の発動者と言っていたが、これは蝶の毒なのだろうか?
「品子姉さん、来てもらえますか?」
いつの間にかシヤが、惟之の傍らにしゃがんで品子を呼んでいる。
シヤの隣に立ち、品子は惟之を眺めた。
呼吸をしているのは確認できる。
つまりは、生きてはいるということ。
右足は関節や骨の存在を無視したような、とんでもない方向に曲がっているのが見える。
障壁破壊の際の、片目のみで『鉤爪』を使った代償に品子は図らずも小さく息をのんだ。
「惟之さんの近くに、これが落ちていました」
シヤが一枚のメモを、品子へと差し出す。
そこには『心配ない。治療班と出雲に連絡済』とだけ書かれていた。
「シヤはどうして惟之がこんな足になっているのかは、知らないのだな?」
「えぇ。ここに帰ってきた時点で、すでに惟之さんの意識はありませんでした」
「そうか、治療班が来てくれるなら、冬野君も診てもらえるね」
「はい。上級の治癒発動者は来ないにしても、変色を止める治療が出来るといいのですが」
不安げにシヤはつぐみを見つめる。
「ならば私は、他の処理をしに行くべきか。道路の黒い水を片付ける」
品子は、冷蔵庫からペットボトルを数本とり出すとシヤへと声を掛ける。
「シヤは治療班が来るまで少し休みなさい。よく頑張ってくれたね」
品子は軽くシヤの頭を撫でてから、つぐみの元へ向かう。
「冬野君。もう少ししたら、お医者さんが来てくれるから待っていてね」
「……ありがとうございます。先生はどちらへ?」
つぐみの顔色がずいぶん悪い。
先程に比べ声に力がない。
「私はちょっとした後片付けに行くよ。すぐ戻るから待っていてね」
にっこりと笑い、彼女の隣で黙りこくったままでいるヒイラギの背中を強めに叩く。
「治療班がもうすぐ来る。あほ惟之はどうでもいいから、最初に冬野君を診てもらうようにお願いしてね。冬野君が退屈そうだから、ちゃんと話し相手になってあげなよ」
品子の行動に、弱々しくつぐみは笑った。
「はい、早く帰ってきてください。待っていますから」
「うん! ではお片づけに行ってきまーす!」
そのまま振り返らずに、品子は部屋を後にする。
頬がひきつるように震える。
それを抑えるためにぐっと強く唇をかみしめ、品子は階段をかけ下りていった。
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