木津ヒイラギは進む
次話タイトルは『木津ヒイラギと奥戸透の場合』
ヒイラギとシヤは、品子の指示通りにビルの細い路地に身を潜める。
今回の発動は、失敗すれば相当な反動が来るのだろう。
それはヒイラギも、もちろん承知している。
「品子にも言ったじゃないか。上手くやるんだ。上手く行かせるんだ!」
自分に言い聞かせながらシヤを見る。
彼女の横顔は、いつも通り。
……いや。
やはりシヤの様子が違う。
そう感じたヒイラギはシヤの頭に手を乗せる。
こちらを見た瞬間に、その力を大きくしてゴシゴシと擦ってやる。
「いた、痛いです。兄さん」
「なぁ、シヤ。俺はお前に俺の力、全部を貸してやる。全部だ! ……だからさ」
ヒイラギはもう一度、手でやさしくシヤの頭に軽く触れた後に、シヤの額にこつんと自分の額を当てた。
「お前も、俺に力を貸してくれよな?」
伝わってくるシヤの温もりと同時に、先程の品子から受けた頭突きの痛みがヒイラギを襲う。
「うぅ、痛てぇ」
「兄さん、せっかくのいい雰囲気が台無しです。……でもありがとうございます。私の力の全てを兄さんに」
シヤが目を閉じ集中を始めると、通りの方から品子と知らない男の声が聞こえてくる。
「品子姉さんが男の人が店の扉に触れたら、発動開始だと言っています」
バチンと自分の頬を叩き、ヒイラギは前を向く。
「了解だ、シヤ。奥戸とかいうおっさんに、俺達兄妹の本気をしっかり見てもらおうぜ」
◇◇◇◇◇
品子が連れて来た男が、店の扉に触れるのをヒイラギは目にする。
同時にシヤの首に、今まで見たことのないとても強い光が宿る。
光は店の扉に向かって、まっすぐに進んでいく。
いや、もうすでに辿り着いているその光を、ヒイラギは握り駆け出す。
目を閉じ集中すればシヤのリードの通りに、道筋が彼の前に見える。
前へ、前へと進む彼のその先。
閉じた目の中にも壁が姿を現す。
シヤの光は壁の向こうに繋がってはいるが、壁から先はかなりか細く光っている。
「だったら壊すしかないよな。シヤはこんなに頑張ったんだ。後は俺が頑張らなきゃ駄目だろう? 思いを……、いや違う! それでは足りない。念いを込めろ!」
シヤのリードに重なる自分の手のひらに、ヒイラギは力を込めた。
リードの光の強さが増していくのを彼の目は捉える。
「……出来てる? これであいつを!」
障壁にヒイラギの体が触れる。
そのまま手のひらにヒイラギは力を集中させる。
少しだが、彼は着実に前へと進めている。
一歩、一歩と力を込め、ヒイラギは歩みを進める。
自身に触れる不気味な感覚に、ヒイラギの肌がぞわりと粟立つ。
まるで体中に粘着剤でも付けられて、障壁から剥がれようと藻掻いている様だ。
想定していた以上に歩みは遅く、品子が連れてきた男が扉を閉めようとしているのが見える。
「嫌だ、ここまで来たんだ。諦めたくない!」
ヒイラギの声に呼応するように、後ろからくる光が一層、強く輝く。
シヤだ。
彼女はまだ諦めていない。
ヒイラギの脳裏に母の最期の姿が浮かぶ。
「そうだシヤも頑張っている、嫌なんだよ、あの時みたいな結末は!」
だが言葉の勢いと反して、彼の体は力を失い、もう一歩すら進めなくなってしまっていた。
「ぐっ! ……進めよ! 体なんかちぎれてもいいから。前に出ろよぉ!」
それなのに彼の顔は、自身の意志とは逆に力なくうつむいていくのだ。
「嫌だ、俺はまだ動けるん……」
口からこぼれる言葉が、地面に落ちていく。
無理に力を使った反動が近いのだろう。
ゆらりと視界がぶれ、意識が消えいくその直前。
「……七十五点だな」
唐突に、ヒイラギの耳元で声がした。
「まぁ、若いからこんなもんだろう。残りの二十五点は、今後の経験次第で何とでもなる」
聞き覚えのある声にヒイラギは反応する。
「惟之さ、……ん?」
「ほらよ、二十五点分だ」
どん、と背中を押されたような感覚の後に、ヒイラギの体がぐっと前に押し出される。
よろめきながら足が進み、壁から抜けたことにヒイラギは気付く。
だが今の彼に考えている暇はない。
シヤのリードはまだか細く光を放っているのだ。
再びリードを掴み、ヒイラギは走り出す。
まだ扉を開けている男をすり抜け、ヒイラギは店へ入りそのまま店の奥へと走り続ける。
「ヒイラギ、一番奥の部屋だ。ただし中は真っ暗だ。冬野君は、部屋の中央に座らされている」
「惟之さん? これって一体?」
「説明は後だ。リードの光で相手はこちらが店に入ったのを気付いている。だが、心配はいらねえよ。俺の指示に従ってくれ。まずは……」




