大人の相談
次話タイトルは『人出品子は誘い寄せる』
じわりと下からくる熱気に、少し顔をしかめながら品子は階段を下りていく。
「なぁ、品子。あんなにいじめなくても、良かっただろうに」
「……私はね、彼らの覚悟が知りたかった」
ビルから出て店の方を見つめた品子は、惟之へと言葉を返すと右手の腕時計を確かめる。
つぐみがあの店に連れていかれてから、まだ一時間程しか経っていない。
「きっと私が協力してくれといったら、二人とも喜んでするのは分かっていた。でもそれではだめ。念いが足りない。中途半端な気持ちで発動したら、きっと彼らに大変な反動が起こる。それを防ぐためなら、私はいくらだって残酷な人間になれるよ」
「だからあんな、冷たい態度を取っていたのか」
「まあね。それにしてもさ、二人の力を合わせて発動しようという考えまで、あの子達が気付けていたのは嬉しかったよ。冬野君の影響かなぁ? 二人とも、彼女のおかげでぐんぐん成長しているよねぇ」
語りながら品子は障壁の場所まで行く。
「惟之。お前はどうするのさ?」
「……品子、お前さ。あの二人を帰したら、一人であそこに行くつもりだっただろ。どんな方法で行くかは、俺には見当もつかないけれど」
惟之は、品子の問いをはぐらかす。
「お前こそ一人で行くつもりじゃないの、惟之。お前には、それが可能なのだろう?」
「言ってくれるね。そこまで買いかぶられても困るのだが」
惟之は、口元に薄い笑みを浮かべ品子を振り返る。
だがすぐに、再び店の方へと向き直った。
品子は障壁から少し離れたところにある縁石に腰掛ける。
惟之はその様子をちらりと見ただけで、その場から動く様子はない。
「巻き込んだからには、責任をもって迎えに行く。それが大人のお仕事だと考えただけだよ」
惟之の言葉に、品子は反論する。
「だから私やあの子達を巻き込まずに、一人でお片付けしようって考えかい。嫌だね。そんな大人のお仕事なんざ、私は認めないよ。惟之、一人で行おうとすれば負担は十だ。それが二人なら五になりうる。人数が増えれば、互いの負担はだいぶ減らせるだろう。なぁ、お互いに十というのは止めないか?」
自分の方をちっとも向かない惟之に、それでも品子は話しかけ続ける。
「ここでお前が一人で、冬野君を助けられたのなら。確かにあの子達は、マキエ様の事は赦してくれるかもしれないね。でもそれによってお前に何か起こったら? お前はあの子達に、新しい心の傷を作ることになる」
品子の言葉に、惟之からの返事はない。
それでも、それだからこそ彼女は言葉を続けていく。
さもなければこいつは、自らの命と引き換えに冬野君を助けに行くのだろう。
確証こそないが、品子にはその思いがあった。
「あの子達の案は悪くない。店まで入れれば、あとはヒイラギの力を使って帰るだけでいいから。だからお前が考えているであろう、この障壁の破り方があれば確率は上げられ……」
「違うんだ。障壁は一つではない、……二つだ。ここの一つと、店の扉にも施されている。だから俺達は二つの障壁を破る必要がある」
惟之の右手には、いつの間にかサングラスが握られていた。
品子を振り返った惟之の左目には、金色の月。
「一つ目は俺一人でも破ることが出来るだろう。だが二つ目の扉まで俺の力が通用するか。その確証がない」
金色の光が静かに消え、もどかしそうな表情を浮かべた惟之に品子は言葉を放つ。
「お前さ。やっぱ一人で、やる気だったんじゃん。ばーかばーか、これゆきばーか」
そういって品子は笑ってやる。
思い切り大きな声で。
「おまえは昔からそうだ。何でも一人で抱え、他に頼ろうともしない。自分ばかりすり減らして、それなのに自分自身は守ろうともしない。そんなやつを馬鹿と呼ばずに、なんて呼ぶんだかねぇ」
品子の言葉に惟之は不服そうだ。
「いい年した大人の発言じゃねぇな。あのなぁ、俺は……」
「二つ目の扉の方。それは私が何とかする」
品子は静かに髪をほどく。
風で広がった髪が頬に触れるのを感じながら、惟之の方を見る。
「もう少し話を詰めよう。ここからはお互いに、はぐらかしなどは無しだ」
「……了解、ではお前の話から聞こうか」
サングラスを再び着ける惟之を。
ようやく彼がいつもの顔をしていることに品子は安堵する。
くいくいと手招きをしてから、自分の座った縁石の隣を指差す。
素直に座った惟之を眺めながら、品子は話を始めるのだった。




