表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/65

行方不明とタルト

次話タイトルは『そこは小さな雑貨店』

「よかった、席は空いているって!」


 電話を切ると、つぐみは興奮気味に沙十美に伝える。

 夏休みも間近なある日、つぐみはかつて二人で通っていた喫茶店に沙十美を誘ってみた。

 いつもは満席で入れないことが多いのだが、今日は空席があるという。


「なんだか機嫌がいいわね?」

「うん! だって久しぶりに沙十美と一緒だからね」


 誘いを受けてもらえた嬉しさから、つぐみはその場でくるりと一回転する。

 それを見た沙十美は、口元に小さく笑みを浮かべた。


「ばかねぇ、つぐみは」

「えー、ばかじゃないよぅ」


 嬉しさと同時にこみ上げる感情を、つぐみはぐっとこらえる。


(あぁ、かつては毎日のように交わしていた会話だ。今は、……もうないな)


 隠しきれなかった寂しさが、顔を出してしまったようだ。

 沙十美がつぐみをのぞき込む。


「つぐみ?」

「……あ! いやぁ、今月の新作のタルトがイチジクとマンゴーらしいの。どちらを選べばいいか、さっきからすごく悩んでいて」


 慌てて口を開くつぐみを、沙十美は呆れたように見た。


「そんなの二つよ! あなたは二つ頼めばいいのよ! ちなみに私はチョコタルト一択だから。あと、その新作は一口ずつ頂戴。どうせあなた両方いけるでしょ?」

「はい、いけます。なんならチョコタルトを一口ください」

「欲張るんじゃありません」


 二人でくすくす笑いながら歩いている横を、一台のパトカーが通過していく。

 パトカーから二人の警官が降りると同時に、学校の入り口にある守衛室から慌てて守衛が飛び出して来た。

 そのまま二、三分ほど話をすると、警官は一礼をしてパトカーに戻る。

 その場でUターンをすると、再び二人の横を通り過ぎ去っていった。


「どうしたのかしら?」

「さぁ。でも中まで入らなかったから、ただの注意喚起かな?」


 その言葉に沙十美は「あっ!」と大きな声を出した。


「私、聞いたことがある! 最近この周辺で行方不明の子達がいるって!」


 彼女の話に、驚きながらつぐみが言葉を返す。


「行方不明? そんな話は聞いたことがないけど」

「えぇ。私も変な話だなって思っていたのよ。しかもこの話が更にとんでもないの」


 沙十美が唇に人差し指を当て小声で言う。


「その行方不明になった子の服だけがね。いなくなってから二、三日後に見つかるの。それでその服に、必ず黒い水がべっとりと付いているって」

「で、でもおかしいよね? 行方不明やら黒い水なんてニュースでも見たことない。第一それなら学校から、何か注意喚起なり来ているよね?」

「うん。だから多分これは都市伝説的な話だと思う。夏の怪談的な? ごめんね、あなた怖い話は苦手だったわね」


 ぎゅっと抱かれ、頭を撫でられる。

 その行動につぐみは嬉しさを隠すために、大声で叫んだ。


「ちっ、小さな子供ではないので。あやされなくても大丈夫です!」

「はいはい、わかりましたよ。あっ、確かあのお店、テイクアウト出来たわよね? 私も持ち帰りしようかな?」


 大学からその店までは、歩いて十分ほどだ。

 強めの風が吹くので、声が聞こえないと言ってはつぐみは沙十美の方を何度も見つめる。


「あなた、ずいぶんお年寄りになったみたいね。強い風が吹いているけどね。人もいないから十分に聞こえているはずだけど?」

「いやいや、人もいないっていうけど、……ほら! 後ろに人いるよ?」


 つぐみは慌てて自分達の後ろを歩いている、二人組の高校生くらいの子達を指差した。


「……あの子達とは三、四十メートルは離れているわよ。どういうことかしら?」


 つぐみは思わずごまかしの咳をする。

 沙十美は仕方がないなぁという顔をしながらも、ふわりと笑ってつぐみを見つめる。

 汗をハンカチで拭いつぐみを見つめる姿は前と全く変わらない。

 以前と違うのは、つぐみを見る瞳は眼鏡のレンズ越しではなくなったこと。

 自分と一緒に過ごさなかった時間に、コンタクトに変えたのだということを。

 それを伝えてもらえなかった事実を、その瞳はつぐみに見せつけてくるのだ。


 ほどなくして吹いてきた強風で、乱れた髪を沙十美はかきあげる。

 その耳には、見たことのない蝶のピアスが輝いていた。

 切り絵のような美しく黄金に輝くピアスは、彼女の耳で踊るように揺れている。


「あ、新しいアクセサリーだね? ならまたキャッチフレーズがあるの? だったら教え……」

「いいじゃない! そんなことは!」


 沙十美が、鋭い声でつぐみへと言葉を放つ。

 動揺するつぐみを見る沙十美の瞳に、怒りが宿る。


「……やっぱり私、つぐみとは合わなくなってきているみたいね」

「あ、私……」


 沙十美の言葉がつぐみの耳を、心をも貫く。

 いつもと違う口調に、つぐみは呆然と彼女を見つめることしか出来ない。

 心に生まれいくのは、動揺。告げられた言葉の意味を受け入れられない。

 その心が、口を開くことを恐れている。

 言葉を紡ぎたいのに、喉が苦しくてたまらないのだ。


「今日は帰るわ」


 沙十美は、つぐみを一度も見ることなく去っていく。

 声を掛けることもできず、つぐみはただその場に立っていることしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ