雑貨店にて
次話タイトルは『くらいへやで4 (カテノナ:S)』
扉が開く音に奥戸は店の入口へと目を向けた。
「いらっしゃいま……。おやこれは珍しい、汐田君がここに来るとは」
店の中に入って来た、美しい栗色の髪をした少年を見て、奥戸は驚いた声を出す。
その少年、汐田クラムはきょろきょろと見まわし、奥戸の姿に気づくとふわりと微笑んだ。
日本人とアメリカ人のハーフの彼が笑む、その穏やかな姿。
思わず奥戸もつられて微笑んでしまう。
耳たぶまでの長さの髪をさらさらと揺らしながら、奥戸の方へと向かってくる。
大きくてきれいな瞳で、再びにこりと微笑むと、穏やかに話し出した。
「こんにちは奥戸さん。先程、届いたお薬ですが。凄いですね。今までにない品質のものなので僕、びっくりしちゃいました。なので……」
クラムはぐっと顔を近づけて、奥戸の胸元を掴むと一転して鋭い声で続ける。
「ください。全部です。これは命令です。あなたに拒否権はありません」
やはりか。
奥戸はそう思いながら、クラムの腕を外した。
「申し訳ありませんが、汐田君。それは私には出来かねます」
「いいの? あなたより上の立場の僕に、そんな言い方をし……」
唐突に後ろに気配を感じ、奥戸とクラムの肌が粟立つ。
「……よくないね。そういった威圧的な態度は」
二人の後ろから響くのは、実に良く通る低めの落ち着いた声。
ここではない場所で聞いていたならば、好意を抱いてしまいそうな深みのある声。
だが、今のクラムにはそれは該当しない。
「……室さんが、どうしてここに?」
室映士。
この人物は彼らの組織ではこう呼ばれている。
『処刑人』
組織から逸脱した者を粛正する役割の男。
肩の長さまで伸びた艶やかな黒髪。
それを無造作に後ろに束ね、鋭い双眸でクラムを眺めながら、室は呆れたように言った。
「どうして? どうしてだと思う? どうも独り占めしたい人が、私達の組織には多いようなんだ。さて、己の立場を知るべきなのは。一体、誰だろうね?」
「……すみません」
クラムは、頬をひきつらせたまま室へと詫びる。
「……汐田君。そういうわけだから、今日は帰った方がいいと思いますよ」
「わ、わかったよ。帰る」
奥戸の呼びかけで、店を出るきっかけが出来て安堵している様子のクラムを、室は何も言わずに見つめていた。
「汐田君。帰りに会う他の人達にも言っておいてくれないか?」
室は、ふと思いついたかのようにクラムへと語りかける。
「大した用事もないのにここに来ると、大変なことになるよってね」
ただ、それだけの言葉を発しただけなのに。
奥戸とクラムの体は動きを放棄する。
まるで一瞬で体中の血が凍ってしまったかのように、指一本すら動かせない。
「……わ、分かりました。そう伝えます」
奥戸の体が動かない中、クラムは出口に向かってぎこちないながらも歩いていく。
クラムが出て行ってまもなく、ようやく動かせるようになった体を奥戸は手近な椅子に預ける。
「これで汐田君が伝言ゲームをしてくれるね。私の用はもうないな。これで失礼するよ」
ゆらりと動いたかと思うと、すでに出口近くに立っている室は、去り際に奥戸へと声を掛けた。
「あちらも、ここの店の存在に気づきつつあるようだから。気を付けなさい」
扉が閉まり緊張から解放された奥戸は、ため息をつくと室の言葉を思い返す。
確かに千堂沙十美は、何者かに嗅ぎつけられていた。
恐らく相手は室の言う『あちら』の組織である白日だろう。
白日と名乗る組織。
自分が所属する組織と同様の発動者達の集団。
「……そろそろここから離れるか。また新たな場所で始めさせてもらうとしよう」
次の候補にしていた冬野つぐみを思うと残念だが、命は惜しい。
ぐるりと店内を見渡し、彼は閉店の準備を始めていくのだった。




