冬野つぐみと千堂沙十美
「私達ってよく言えばおっとり。悪く言えば、ぼーっとしているのよね」
その言葉に冬野つぐみは、隣りへと目を向けた。
並んで座る親友の千堂沙十美もまた、同じようにつぐみを見つめてふわりと微笑む。
沙十美はつぐみが大学に入って出来た初めての友達だ。
二人が通う鳥海大学。
ここは某政令指定都市から車で四十分ほどの距離の、戸世市にある学校だ。
沙十美とは同じ学部、人づきあいが苦手という共通点もありすぐに親しくなった。
課題の多さにうんざりしながらも、二人は穏やかな学校生活を楽しんでいる。
「つぐみといるのは楽しいな。お互い社会人になってもずっと友達でいて欲しいと思うよ」
友達を作るのが苦手な自分を、こんな風に思ってくれる人がいる。
「人」と触れ合う、「冬野つぐみ」として見てもらえる事を、沙十美は会うたびに教えてくれる。
つぐみは彼女と出会ってから、本当に毎日が幸せに流れていくのを実感していた。
そうして穏やかな時は優しく紡がれ、紫陽花が美しく雨に輝く頃。
誕生日が近い二人は小さなリボンのついたチャームを作り、それを互いにイヤリングにしてプレゼントとして贈りあった。
「リボンのチャームは、絆の証かぁ。つぐみが男の子だったらよかったのに!」
「いや、男の子はイヤリングしないよ」
イヤリングを見つめ呟く沙十美を見てつぐみは笑う。
沙十美に、絆を結びたいと思っている男の子がいることをつぐみは知っていた。
彼の名は坂田有。
グループ課題の際に一緒になった人だ。
豪快な気質で、彼はグループをあっという間にまとめていった。
彼は二人に資料集めなど、他人との接点が少ない仕事を自然に振ってくれていた。
優しく気づかいの出来る彼に、沙十美が惹かれていくのは当然の流れであろう。
そんな彼の周りには男女関係なく人が集まって来る。
その輪の中に入るのは、消極的な彼女にとっては難しいことだろう。
だが彼女にあと一歩、勇気があれば。
つぐみによく見せるその素敵な笑顔を出せば、十分にその中にも入ることができるのだ。
彼女にそう進言するのだが、彼女は頬を染め首を横に振るだけだ。
だがつぐみは同時にこの笑顔と時間を、独り占めをしたいという気持ちも抱いてしまう。
彼女が許してくれる限りこうしていたいと、沙十美を見つめながらつぐみは思うのだった。
◇◇◇◇◇
「やっぱり、つぐみはすごいと思うの」
ある日の昼食時に沙十美は、卵焼きをぱくりと食べながら言った。
「私の好きな気持ちすぐに気づいたし。観察力かなぁ? 他の人より鋭いよね。この間もクラスの佐藤さんと瀬尾君が付き合っているのを当てたよね」
「うーん、たまたまそうかなぁって思っただけだよ」
「へぇ、そう思った理由は?」
「えーと。二人とも何かにつけて、目が合ってこっそり笑いあうところだね。あとは、一緒の物とか持っていたりするでしょう? 同じ種類じゃないのだけど、同じ色を二人とも使っている所を何日か見……」
つぐみの発言に沙十美は、驚いて固まっていた。
反応に気づいたつぐみは自分の発言を後悔する。
人とのかかわりが消極的な分、人の行動や言動を観察してしまう癖が、つぐみには出来てしまっているのだ。
「気持ち、……悪いよね?」
うつむくつぐみに、沙十美がはっと我に返る。
「あ! 有くんも、そういう観察眼がある! つぐみも有君みたいにしていけばいいと思う!」
「……ふふ、ありがと」
沙十美のフォローにつぐみは微笑みながら、かつて彼女が掛けてくれた言葉を思い返す。
『あなたにはずっと友達でいて欲しいって思うよ』
この優しい親友とそうあるように、どうか続きますようにとつぐみは願うのだった。
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次話タイトルは『ここからはじめましょう』