くらいへやで1 (カテノナ:S)
はじめましての方も、再び読んで頂ける方もよろしくお願いいたします。
この世界にたくさん触れて、楽しんで頂けますように。
「怖い? 怖いよね。怖くないはずないですよねぇ」
嬉しさを隠そうとしない声。
声の主である男は、目の前で座る女に満足そうに笑む。
かすかな光を浴びた中性的な顔立ちの男。
その眼鏡のレンズには、女の姿がぼんやりと映る。
レンズ越しに自身の姿を見ていた女の瞳が、やがて静かに閉じられていく。
己の瞼の下でさらに部屋よりも暗い闇を作った女は、この部屋に来てどれくらいの時間が経ったのかと、自身の闇に慣れた目と反して慣れたくもない己の体を見やる。
二人がいるこの暗い部屋。
女は全身をまるでミイラのように、布でぐるりときつく巻かれた状態で座らされていた。
部屋の隅に置かれた、ガラスのテーブルランプが女の足元の水を照らす。
椅子の下には透明の水槽のようなケースが置かれている。
水槽には、女の体を「使って」作られた黒い水が、一滴一滴と落ちる度に表面を震わせる。
男は女の緩いウエーブのかかった顎までの長さの髪に、愛おしそうに触れる。
「あなたは今までの方達とは違いますねぇ。何を考えているのやら。でもその顔はとても美しくて素敵ですよ。初めてお会いした時は物静かで内気なお嬢さんだったのに、今では心も体もその美しさは輝かんばかり。その輝き、変わった姿を周りから羨望の眼差しでみられるのは楽しかったでしょう?」
ゆっくりと男を見やり、女は口を開いた。
「……そうね。きっかけをくれたあんたには感謝していたわ。だけど今は真逆の感情しかない」
ようやく自分に興味を示した女の態度に、男は喜びを顔にみなぎらせた。
「怒っている顔ですら、噛み付いてきそうな目つきも美しい。あぁ、あなたは本当に綺麗だ」
夢見心地の表情の男を見つめる女の目は、対照的に冷え切っている。
「えぇ、怒っているわ。私にこんなことをしている、それもある」
だが彼女が一番、許せないのは……。
「楽しいですね。行方不明のあなたを探して、お友達が来てくれるのを待つのは」
びくり、と女の体が揺れた。
自分自身よりも、この男に触れられたくない大切な人。
その存在を軽々しく呼ばれ、女の心は大きく揺らぐ。
(つぐみ、ここに来てはいけない。どうか私のことは……!)
巻き込んでしまった、親友の姿を女は思い浮かべる。
溢れる感情をこらえきれず、女の頬には涙が次々と伝い落ちていく。
男は小さく笑い、女の足元にある黒い水を自分の指ですくい上げる。
「ありがとうございます。あなたという存在は私達が生きていくための大切な糧」
「その糧とやらは私だけでいいでしょう! あの子は関係ない!」
歯を食いしばり、心からの叫びと言わんばかりの声で女は声を上げる。
「……いいえ、欲しいのですよ。彼女もあなたも。さて、最期まで楽しく過ごしましょう。あなたが完全に、この水となるまで」
うやうやしく一礼すると、口元に緩やかな弧を描き男は続ける。
「……ねぇ? 千堂沙十美さん」
お読みいただきありがとうございます。
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