時間潰しはお茶ではなくて、殺戮で
魔獣タイタンが、コルネオをにらみつけた。
「おめ、何をしてる」
タイタンの声は、森の木々がざわつくほどの重低音だった。
「魔獣タイタンのおでましか。ようやく、ちっとはましなモンスターがでてきやがったな」
コルネオが体の土をぱんぱんと払いながら立ち上がる。
キメラの前に立つタイタンを見て、
「お前、でけえな」
タイタンは武闘家コルネオの数倍の身長があった。
「あたた、完全油断してたから、もろ喰らっちまってたわ。意外と痛かったぞ」
「おめ、人間だろ? なぜ、こんなことする?」
タイタンが言う。
「そりゃあ、お前らがモンスターだからでしょ。わりい、おいらは人々の希望を背負った、正義の味方なんだわ。お前ら倒すのがおいらの仕事。オッケー?」
タイタンは首をかしげる。
「わしらは、人に危害なんて加えねえ。だから、おめにやられる道理はねえ」
「いやいや、そんな恐ろしいツラして説得力ゼロだから」
タイタンをコルネオは指さした。
「顔は関係ねえべ」
「あるよ。おいらの顔見ろよ。イケメンだろ」
「わかんねえ」
コルネオは、はぁぁ、とため息をついた。
「んとね、こういうバトルのテンプレ言うとさ、いいもんっつうのは、絶対イケメンなの。で、悪もんが、ブサメンなわけ」
「おめ、何言ってる?」
「ま、いっか。お前にそんな美意識わかんねえか。もう話すの疲れた。体で話そうぜ。ボディートークな。オッケー?」
コルネオはとんとん、と小刻みに飛びはねる。
「よくわかんねえが、おめ、ちとこらしめねえとなんねえようだな。タダではすまんぞ」
「オッケー、お代はいくらだい? いくぜ」
武闘家コルネオは構えを作り、タイタンにダッシュ姿勢を取るーーー
「おめ、ちと待ってろ」
「へ?」
コルネオが中腰姿勢のまま、ぴたっと止まる。
タイタンはキメラ母子をひょいとまるごと抱き、コルネオに背を向ける。
「おいおいおい」
「すぐすむ」
タイタンはざくざく大股で進む。
歩幅が大きいため、10歩も進むと、かなりの距離までコルネオから離れることとなった。
武闘家コルネオは、戦闘姿勢をいった解いて、その様子を腕組みして眺めていた。
さらに進むタイタン。
キメラ親子をかなり奥の大木の裏側に隠すように置いた。
あまりに遠すぎて、コルネオの位置からはよく見えないほどたった。
「おーい! まだかよお」
タイタンは見えなくなるほど遠くまで進み、しばらくしてようやく戻ってくる。
「ったく……このまま逃げちまうのかと思ったぜ」
「待たせたな。おめをぶっ飛ばすときに、キメラが傷負うと、困るからな」
「あんな遠くまで持っていく必要あるかよ」
「あるさ。じゃあ、やるべ」
魔獣タイタンが、地面をどん、と踏む。
地響きとともに地面がぐらぐらと揺れる。
周りの木々が、ざざざと揺れた。
「おっとと」
コルネオが揺れる地面に、少しバランスを崩してこけそうになった。
魔獣タイタンが続けざまに、両の握り拳を目の前に作り、
「ふんっ!」
それらを勢いよく左右に振る。
その途端、轟音とともに、森一帯に地震が起き、爆風が発生する。
森の木々が大きく揺れ、やがて、それら木々が次々になぎ倒される。
やがて、タイタンの周辺の草木がすべてなくなった。
日陰に覆われていた森の中は、日暮れ前、まだ落ちきらない空からの陽の光が、一面に差し込む平地に変わった。
魔獣タイタンを震源地として、周囲一体が土剥き出しの、大きなまん丸の更地になっていた。
「おめなら、このていどで死ぬことはねだろ。殺すまではしてね。ただし、全身の骨が砕けるくらいは我慢しろ」
魔獣タイタンが、顔をゆっくり左右に動かして、武闘家コルネオを探す。
コルネオが消えていた。
「上だよ、ばーか!」
「んだと!?」
タイタンが宙を見上げると同時にーーー
真上から高速落下してくるコルネオの右拳が、タイタンの顔面に正面からめり込んだ。
「おりゃああ!!」
武闘家コルネオが拳をさらに前に押し込む。
魔獣タイタンはのけぞり、そのまま背後に倒れ込んだ。
どぉん! という大きな衝撃音とともに、タイタンは仰向けになる。
拳をめり込ませたままの武闘家コルネオは、タイタンに馬乗りの姿勢なった。
コルネオはそこからすばやく拳を顔面から抜き取る。
タイタンを両ひざで押さえ込む。マウント姿勢。
コルネオは全身に白い光をまとっていた。
武闘家コルネオの発する白光は、武闘家の持つスキル、近接する敵の一切の動きを封じる闘気だった。
魔獣タイタンはコルネオを振り払おうとしたが、闘気の力により、タイタンの身動きは完全に封じられていた。
コルネオはそこから一気に、タイタンの顔面にめった打ちをはじめた。
ババババババババババババババババーーー
魔獣タイタンから比べれば、小人くらいの大きさのはずの武闘家コルネオであった。
しかし、タイタンはまったく動きが取れない。
まるで金縛りにあったかのように、タイタンは両腕を上げることすらできなかった。
「が! がががが……がっ、がっ! がががが…」
魔獣タイタンは武闘家コルネオの高速パンチになすすべなく、頭を左右に振らされる。
コルネオのパンチは、肉眼でみえないほどのスピードだった。コルネオはすさまじいスピードで、数百発のパンチを喰らわせつづける。
タイタンの顔面がみるみる変形していった。
さらに数百発のパンチ。
どどどどどどどど、と終わることのない不快な高速の打撃音が、森の中に響き続ける。
パンチの数が1000発に届こうかというところで、ようやく魔獣タイタンの抵抗の力がなくなった。
武闘家コルネオは連打をストップする。
それとともに、コルネオを包んでいた白光も消える。
「よお、おっさん、まだ生きてるかあ? ここら、お前の森じゃねえの? お前が環境破壊しちゃだめだろ。こんな更地にしちゃっさ」
武闘家コルネオは息をぜえぜえしながら、まくし立てる。
さすがにこれだけ数のパンチを叩き込めば、コルネオも息が切れていた。
「うぅぅ……」
魔獣タイタンのうめき声。
コルネオは口笛を吹き、
「おっと、おっさんやるね。おいらの高速パンチこれだけ喰らって、まだ生きてるモンスターはそうはいねえよ」
コルネオは身体を起こし、
「よっこらせ、と」
タイタンの胸の上で立ち上がり、息を整えながら、魔獣タイタンの顔を見下ろす。
「とはいえおっさん、もう動けねえだろ。少し待ってろ。さっきのキメラ、持ってくるから」
「な、何をする……」
「かかかか、何って、殺すんだよ。おっさんのそばまで連れ戻して、目の前でなぶり殺す」
「や、やめろ……」
「やめねえ」
武闘家コルネオはそのまましゃがみこみ、原形を失った魔獣タイタンの顔を覗きこんだ。
「こっちつれてきたら、ママキメラの前でチビらを殺す。ママちゃん必ず抵抗するだろうからさ、まずこいつを半殺しにしないと、だな。いまのおっさんと同じ感じ? で、ママの前でチビ全部いたぶり殺す。次に絶望するママを殺す。で、フィナーレで、おっさんだ。トリだぜ、よかったな」
コルネオはかかかか、とまた笑う。
「わ、わしを、殺すのはいい、殺れ……。が、キメラを、殺すのは、や、やめてやって、くれ」
「おっさん、あんたバカなの? いまおっさん殺したら、それこそ、キメラ死ぬフラグになるっつうの」
武闘家コルネオが、魔獣タイタンの顔に、ぺっ、と唾を吐きかけた。
コルネオは、タイタンの身体から地面にとん、と降り、
「お前みたいなバカ、ほんとムカつくわ。もっと現実を教えねえとなんねえか」
タイタンの右腕を取り、そのままコルネオも寝転がる。腕ひしぎ十字固めのよつな姿勢になった。
タイタンの腕の長さは、コルネオの身長より長かったため、抱きつくような姿勢になる。
コルネオは横向きに抱きつき、自分の両足をタイタンの腋の奥に押し込んだ。
そのままタイタンの肘関節をそらせる。
メキメキと骨のなる音がして
タイタンのうめき声が、森に響く。
ボギっと、骨の折れる音が鳴る。
「折るだけじゃないぜ、この右腕はもらう」
武闘家コルネオは自分の身体を縮こませ、タイタンの腋に抱きつき直す。
押し込んだ足を踏み台にして、そこから一気に全身をひねりながら伸ばす。
ぶちちちちぃぃ! という残忍な音とともに、魔獣タイタンの右腕をコルネオは引きちぎった。
タイタンは悲鳴にも似た声を上げた。
コルネオはその腕を片手で抱きかかえながら、立ち上がる。
その腕を地面に立て、
「すげえ。腕だけで、おいらより高い」
コルネオは、肩組みするように、立てた腕と自分を見比べた。
魔獣タイタンは、ぜえぜえと痛みに悶えていた。
武闘家コルネオは、地面に立てた右腕を蹴り倒し、タイタンの耳元にしゃがみ込んだ。
「いいか、おっさん。お前が死んだら、キメラは100パー助からねえ」
暗く沈んだ声で、耳元でささやく。
「キメラが生き残るには、お前がおいらを倒すしかねえんだよ」
タイタンの頭の短毛をつかみ、コルネオの口元にさらに強く引き寄せた。
「お前の命なんて、キメラの命の代わりにもならねえ。何様のつもりだ? おいらに勝てねえからって、いきなり自分の言葉に酔ってんじゃねえぞ、ザコが」
武闘家コルネオはタイタンの頭を地面に叩きつけ、すっと立ち上がり、奥の大木に向かって歩き出す。
「や、やめてくれ……」
「だあから、やめねえって」
コルネオは立ち止まり、イラついたように、タイタンの方に向き直す。
「このあとさ、この森においらのツレたちも来るんだわ。お前らまるごとザコすぎて、あんま早く終わっちまうと、あいつら待たなきゃなんねえの。おいらさ、人待つの大嫌いなんだ。わかる?」
「……」
「まあ、いろいろ話したけどさ。いまのおいらは暇つぶし。だから、残った獲物は、ちょっとずつなぶり殺しな。オーケー?」
「お、おめえ、それでも人間か……」
「かかかか、うるせえ、ザコ」
武闘家コルネオがくるりと振り返り、戻ってきて、また魔獣タイタンのそばにしゃごみこむ。
「それともさ、おっさん、俺の暇つぶしにつきあえるか。もう少し死なないようにがんばれる? ツレが来るまで死ななかったら、キメラ殺さずすむかもよ」
武闘家コルネオはにやにやと、魔獣タイタンを見下ろした。
「でもなあ、ツレが来てもまだ、お前が生きてたら、それはそれで、おいらカッコ悪くない? せっかくのお前の玉響も横取りされるかもなあ」
「やれ……」
「は?」
「は、話してわかった……おめはぜんぜん、強くない。おめが何しても…わしは、死なね。やってみろ」
「はああ? ムカつくね、お前。そんなぜえぜえ言って、説得力ゼロなんですけど。オッケーオッケー。やってやるよ。時間との闘いゲーム。よしゃ、次は左腕ちぎるぞ」
武闘家コルネオは魔獣タイタンの左側に回り込んで、タイタンの左手首を掴み上げた。
タイタンはぜえぜえと、コルネオの動きを目で追うことしかできなかった。
「とりあえず、おいら、ゆっくりやってやるから、おめえ、ぜってえ死ぬなよ。こっちの腕はゆっくりちぎってやるから」
武闘家コルネオはゆっくりと、魔獣タイタンの腕に足をかけていく。
タイタンはすっと目を閉じる。
「ゲームスタート! がんばれよ、おっさん。がっ!ーーー」
だだんっ!
コルネオがいきなり後ろに吹き飛ばされた。
瞬間の衝撃は、さきほどよりはるかに大きい。
吹き飛ばされたコルネオは、地面に叩きつけられた後も、地面に沿って滑りつづけた。
ざざざざーっと、地面を削りながら、しばらくして、ようやく止まった。
「痛ててててて、痛って、痛ってぇぇ!! くそ! くっそ!! まあた、かよ!!」
コルネオが上半身を起こし、地べに座ったままで飛ばされた方を見た。
仰向けに倒れる魔獣タイタンの傍に、こんどは人影があった。