たくさんの命の気配
王国が誇る名馬が縦に割られ、開きとなって、地面に横たわる。
剣を鞘に収める勇者サファの姿に、武闘家コルネオが、ひゅう、と口笛を吹いた。
「聖剣エクスカリブ。笑わせる。こいつは、聖剣なんかじゃない。魔剣だ。俺が、聖剣を使えるわけないだろう」
「かかか、そりゃそうだ」
魔法使いのクリシアが、
「サファさまぁ、まだ国からそう離れてませんけど、大丈夫ですのぉ?」
「平気さ。王国の民たちも、王立兵団すら、いまは、怖くて城壁の外には一歩も出てこれない。じゅうぶんな距離だよ」
「まあ、出てきたところで、犯人はモンスター、ってか」
武闘家コルネオが、ゲラゲラと笑う。
「それはそうと、ゾロゲ、いま俺たちが向かう、アルテアの森は、この世界で最大の森だと聞く」
「左様です」
「どうやって攻略する。いつものように、まず焼き払うのか」
縦割れにされた馬は、まだ切られたのに気づかないかのようにぴくぴくと動いていた。一行はそれに一瞥もくれず、歩みを再開している。
勇者サファは歩きながら、賢者ゾロゲを見ていた。
「今回ばかりは無理でしょう。アルテアの森は広大な土地です。ヴァロガン王国より大きい」
「大きくたって、あたしの魔法なら焼き払えるわ。いつもは炎の呪文だけど、雷の呪文をかければ、どんな土地でもいちころよ」
「クリシアの呪文は、まじハンパねえよな」
これまで勇者サファがモンスターを狩るときは、狩りをした周辺の町や村は焼き尽くし、そこに住む人々も皆殺しにしてきた。
その助けをしてきたのが、他ならぬ魔法使いクリシアの呪文だった。
「クリシア、今回は火力の問題ではない。たとえ、お主の呪文にいかなる威力があろうと、今回ばかりは効かぬのだ」
「あたしの呪文が効かない?」
「森の中にはモンスターが多数生息する。しかも、簡単に焼き殺すことのできぬモンスターも多い。さらに、森の護り魔は、あのウェルゼンだ」
「嗚呼、そうだったね。ウェルゼンだったら、あたしもお手上げかも」
魔法使いクリシアが、舌を出して両手を小さく上げる。
「ウェルゼン? そいつはどんなモンスターなんだ? おいらでも勝てねえのか」
「あんた、ウェルゼンも知らないで、ここにいるの? 勝てるわけないじゃない」
「なんだと!」
「ウェルゼンは、伝説の赤竜だ」
勇者サファがこたえた。
「1500年生きてるらしく、口からの炎はひと吐きで国を7つ焼き尽くすという。だろ? ゾロゲ」
「左様です。ウェルゼンは巨竜で、ヴァロガン城より巨大だと聞きます」
「まじかよ! いきなりラスボス登場じゃん。いいねえ、勇者vsドラゴン。ぽいじゃねえか」
「それだけじゃない。ウェルゼンに辿り着くまでには、それを守護するモンスターたちも殲滅してゆかねばならん」
「おっとっと、中ボスですか。ますますらしいじゃん」
「ウェルゼンはもちろん、その他のモンスターたちも皆殺しにしないと、いくら、あたしの呪文でも、森は焼き尽くせないってことよね?」
「いかなる火力でも、モンスターの結界がそれを阻むだろう」
「いいねいいね、おもしろくなってきたぞー」
武闘家コルネオのテンションがどんどわ上がってきたいるようだった。
「いずれにせよ、我々はすでに森での戦いに集中できる準備を終えている。サファ様、森の周囲に住まう民たちは、すべて我々の味方です」
勇者サファが、賢者ゾロネに向かってうなずく。
「先月、あたしが、森の近くの町ひとつ、ぜーんぶ焼いたもんね」
「お、そうだったな。まさか、目撃者とか生き残りとかいねえだろうな」
「もちろんよ。そこは、アシュベルちゃんが、ばっちりフォロー済み」
魔法使いクリシアが僧侶アシュベルにウインクする。
アシュベルは顔を赤らめ、うつむいた。
僧侶アシュベルは、心眼により、あらゆる命の熱の位置を正確に見つけ出すことができる。命の熱を僧侶の間では、命波と呼んでいる。
僧侶アシュベルは、周囲のあらゆる方位の命波を的確に読み取る。人間、動物、モンスター……これらもすべて見分けられるのだ。
この能力により、魔法使いクリシアが町や村を焼き尽くした後、隠れていたり、逃げていた民を、僧侶アシュベルが、次々と発見するのである。
「あとは、あたしが全部お掃除。アシュベルちゃんのおかげで、あの町の小麦も、一粒残らず、すべておいしくいただいたわ」
魔法使いクリシアの言い振りは、人ひとりの命など、小麦ひと粒に等しい、と言っているようなものだった。
賢者ゾロネが一同を見回しながら、
「いま、森のまわりに残る町や村の民は、皆、我々の救いを待っている。だから、我々はアルテアの森でモンスター討伐に集中できる。最終目標であるウェルゼンを殲滅すれば、アルテアの森は焼き尽くしてかまわぬ」
「そこはおまかせあれ」
クリシアがウインクする。
「森は人の命の源だ。この地上最大の森を失えば、人はもちろん、あらゆる生命の多くが力を失っていく。そして、ウェルゼンを失えば、魔界の一族の力も大きく削がれるだろう」
「まさに一石二鳥ってわけだな。オッケー、了解! もうワクワクが止まんねえ」
武闘家コルネオが拳を握り、うおおお、と雄叫びをあげた。
ーーー
城を出てから半日が過ぎようとしていた。
「アシュベル、森はあとどのくらいだい?」
勇者サファが僧侶アシュベルに尋ねた。
僧侶アシュベルが目を閉じて、
「日没までには、見えてきます」
アシュベルは、心眼によって、命波のみならず、目標物の距離も、ほぼ誤差なく感じ取ることができた。
「まだかよお」
武闘家コルネオがぼやく。
「森に着くころに日暮れなら、今日のところは近くに集落を探すか、野営することにしよう。夜戦も良いが、決戦は明日の朝からでよかろう。休息も必要だ」
賢者ゾロゲが言う。
「浴場はないかしら。あたし、汗を流したいわ」
魔法使いクリシアが、手で首元をぱたぱたさせた。
「そんなもの、こんな田舎にあるかよ」
武闘家コルネオがあきれた顔をした。
「あたし、毎日身体を洗わないとだめなのよ。気持ち悪いわ。浴場がなければ、森のどこかで水浴するわよ」
「へえへえ、ご勝手に。なあ、アシュベル、近くに命波はないかい?」
「あります」
「お♪ まじか」
「森に入ってすぐ、獣道の脇の藪のまわりに命波の集まりが見えます」
僧侶アシュベルが目を閉じたまま言う。
「コルネオ、人の殺生はまだならん。人を殲滅することには段取りがある。本日はまず休息だ」
「ゾロゲさんよぉ、お硬いことは言いっこなしだぜ。オイラもなあ、1日1つは命喰わねえと気持ち悪いのよ、なーんてな」
「ならん!」
賢者ゾロネは口調を強める。
「いいじゃねえか。誰かに見られたら、アシュベル先生に見てもらって、周囲に残る命波を探せばいいだけさ。おいら、必ずそいつらまとめて始末するからよ。そうすりゃ、証拠は残らねえだろ? いつものとおり、すべてモンスターの仕業さ」
「命波は人のものではありません。モンスターです。その数、10体以上」
僧侶アシュベルが淡々と言葉を繋ぐ。
「ラッキー! 好都合じゃねえの? モンスターなら、殺してもノープロブレム、でしょ? これなら人に見られても、オッケーだよな。むしろ村人に感謝されちゃうぜ、マジな話」
武闘家コルネオがはしゃぎ、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「おっと、ゾロゲさん、もうこれ以上の小言はノーサンキューだぜ。本日の旅程の邪魔はしねえ。おいらは、一足先に森に入って、軽くモンスター殺してくるってだけだ。みんなが森に着く頃には、一仕事終えてるからや」
武闘家コルネオは、僧侶アシュベルに目標への方角を確認をはじめる。
賢者ゾロゲは、もうあきれたように、何も言わなくなった。
「よしわかった。あっちの方向にまっすぐ行きゃあ、モンスターどもにぶつかるってわけだな」
僧侶アシュベルはうなずく。
「オッケー、理解。じゃあ、おいらは一足先に森に行ってくる。おっとっと、みなさんはいまのペースで、ゆっくりでたのむよ。みんなが森に着く頃には、オイラは森をお掃除して待ってるからよ」
そう言うやいなや、武闘家コルネオは、光を全身にまとう。
「はっ!」
掛け声とともに、超高速のダッシュで、一気に森の方角へ駆けて行った。