気高い出陣
美麗な白馬にまたがるのは、金髪の少年、勇者サファ。彼を乗せる鞍は、紅色に金糸で王家の紋章が刺繍されていた。
勇者サファの髪と同じ、金色の立髪をたなびかせる白馬は、ヴァロガン国国王がサファに贈った馬だった。
この白馬は、これまで王立軍の一等将軍を乗せ、数々の戦で戦果を上げながら、常に傷一つなく帰還してきた。
その能力のもととなったのは王国いちの俊足がゆえで、その足は、100万エル(およそ400キロメートル)の道を、1日で駆けるほどだと讃えられた。
まさに国の宝ともいえる、名馬のなかの名馬なのだった。
そんな名馬が贈られたということは、勇者サファがそれだけ国王に期待されているという証だった。
サファは、白銀の鎧をまとい、腰には蒼い剣を、背中には同色の盾を背負っていた。
白馬の手綱を握り左側を並んで歩むのは、短い黒髪をツンツンと立てた青年、武闘家のコルネオ。その後ろには、蒼く長い髪を丸く結んだ、少女のような僧侶であるアシュベルが続く。
白馬の右手には、赤く長い髪をなびかせ、妖艶な雰囲気をたたえる、魔法使いのクリシア、そのあとに白髪に髭をたくわえたら賢者ゾロゲが歩いていた。
ヴァロガン王国から出陣を前に、勇者のパーティーは、街中をゆっくりと練り歩き、城内の人々にその勇姿を示す。
街中に紙吹雪が舞う。
これから魔王を討伐するため、彼らの長い旅が、いよいよ始まるのだった。
沿道の市民たちがサファたちに声をかけてくる。家々の窓からも歓声が送られる。
勇者のパーティーはたった5人。5人だけの行軍。
しかし、その力は王立軍、数千の兵力に勝る。
国王から直々に賜った正規軍の詔書は、賢者ゾロゲが携える。これにより、サファたちは、王立軍として、他国を通過できる。
いまのサファたちは、5人であっても、王国の正規軍として認められているのだった。
王立軍の兵隊が沿道にえんえんと直立して並び、通過する勇者たちに、敬礼する。
「サファ、がんばれ! 魔王なんてやっつけちまえ!」
サファの幼馴染であるチャールドルフが、沿道から声をかける。
「おう!」
勇者サファは、チャールドルフの方に向けてガッツポーズを見せた。
城内のすみずみまで歩いた勇者パーティーは、やがて城壁に囲まれた東端、城門の前まで辿り着き、その開門を待った。
「開門!」
王立軍の衛兵によって、超巨大な木造の城門が、がらがらと開かれていく。
旅立ちの時、きたる。
拍手と歓声が起こる。
白馬に乗った勇者サファが、開門が続く城門を背に、自ら手綱を引いて、馬ごと後ろを振り返る。他のメンバーも同じく後ろを向いた。
目の前には、彼らを見つめる多くの王国の民たち。
「みんなありがとう!」
勇者サファが、彼らを見つめる群衆たちに声をあげ、手を振る。
大きく澄み渡る、実にさわやかな声だった。
ふたたび拍手があがる。
「俺たちは、これから旅に出る。長い旅になるだろう。俺は母ちゃんをモンスターに殺された。俺だけじゃない。これまで、たくさんの人たちが、たくさんの悲しい思いをしてきた。そんな涙はもうたくさんだ。俺がみんなの終わらない恐怖と悲しみを、断ち切る!」
勇者サファが腰の剣を抜き、天にかかげる。
人々は感嘆の声をあげる。
剣は陽の光を浴び、青白く輝く。
伝説の勇者しか使えないと伝えられる、聖剣エクスカリブ。
「必ず魔王を退治する!」
群衆からどっと大きな歓声がわき、続けて割れんばかりの拍手が起こった。
開門が完了し勇者パーティーは再び城門の方に向き直す。
「出陣!」
王立軍司令官の号令とともに、王立楽団によりラッパが大きく鳴らされる。
鳴り止まぬ拍手と歓声を背に、5人だけで編成される王立直属の勇者パーティーは、城門を超え、外に向かって威風堂々と進んでいった。
ーーー
「なかなかでございました。サファ様」
賢者のゾロゲが馬上の勇者サファを見上げ、言う。
「ありがとよ、ゾロゲ」
勇者のパーティーは、ヴァロガン王国を出て、しばらくし、いま草原のなかを歩いていた。
もう市民たちの歓声の声は聞こえない。
城壁の姿はもう広い草原の彼方に消え、勇者パーティーの歩む足音だけが、風とともに流れてゆくだけだった。
「サファだけが馬でよ。おいらたち、家来みたいだったよなぁ」
「コルネオ、言葉を慎め」
賢者ゾロゲは、馬越しに武闘家コルネオをにらみつける。
「家来みたいって、もともと私たち家来じゃなぁい」
魔法使いのクリシアが、うふふと笑う。
「待ってくれよ。おいらはサファの家来と思っちゃいないぜ。あんたらとは違う」
「コルネオ!」
「いいよ、ゾロゲ。コルネオの話はともかく、このままずっと、俺だけが馬ってわけにもいかないよな」
馬上から、サファがすとんと飛び降りた。
「国一番の俊足名馬。だが、俺たちの力の前では、こいつの脚など、鈍足」
勇者サファが白馬の頭を撫でる。
馬は人懐っこい表情で顔をすりよせる。
「俺らの目的は、地上のすべての生命の抹殺だ。そうなると、俺らの標的は、人だけじゃない」
勇者サファが腰の剣に手をかけ、電光石火の勢いでそれを抜き、一気に振り下ろす。
白馬が真っ二つに割れた。
眉間にむけ、まっすぐ振り下ろされた剣によって、白馬は眉間を中心に左右にぱっくり割れる。
縦割りにされた白馬は、サファの左右でゆっくりと広がり、パタンと倒れた。
剣を振る。剣に付着する血が飛び、血の飛沫が草原の草に散る。
「だろ?」
勇者サファは、剣を腰元の鞘にすうっと収める。
かちんと、と音を鳴らし、剣が鞘の中に収まった。