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雪が降り積もっている木の下で

作者: 蒼野 ハテ

 突然だが、私には前世の記憶がある。

 決して、中二病を患っているわけではない。前世が魔王であったわけでも、聖女であったわけでも、大恋愛の末死んでしまったわけでもない。ちなみに、今世で異世界に転生したわけでもない。

 そもそも、前世も今世も高校2年生に至る現在まで大幅に違う人生を送っているわけではないので、まるでゲームのリセットボタンが押されて、もう一度同じ人生を歩んでいる気分である。




 私が、その事実を思い出したのは、1枚の絵を描きあげたときだった。

 初めて絵を描いたのは3歳頃だった。白い花が咲いているように見える木と誰かの絵を描いた私は母に、

「これは、何の花?それに、この人は誰?」

と聞かれて、

「これはね、おはなじゃなくてゆきなの。このひとはね、うーん、わかんない」

と答えたそうだ。その後、何かの景色の絵を私に書かせるとその誰かが必ず私の絵にいたので、母は気にしないことにしたらしい。

 それは、年をとって、美術部に入っても、必ずその誰かが私の絵の中にいた。私としても不思議ではあったが、景色の絵を描くと無意識にその人を描いてしまうので、気にしないことにした。


 そんなことを考えていた冬のある日のこと。

 何かに突き動かされるように『描かなきゃ』と感じた私は、1枚の絵を描きあげた。

 その絵を見て私は全てを思い出した。


『寒っ!』

『わっ、びっくりした』

『……また、見てるのか?』

『うん、きれいだから』

『そうか?……綺麗かどうかはよくわかんねぇけど、いいなとは思うな』

『えっ、そうなの?いつも私が見てたら、寒いっていうから、どうでもいいんだと思ってた』

『だってさ……』



「『木に白い花が咲いてるみたいだ』」



 そう言って、やさしく笑った人がいた。

 来年も一緒に雪が降り積もっているこの木を見ようと約束してくれた人が、いた。

 ボロボロと、涙を流しながら、その人の名前を呼ぶ。


朔良(さくら)さん、朔良さん、朔良さん」


 何度呼ぼうと返事を返してくれるその人が今そばにいないこと、一緒に見ようと約束したその約束が結果的に果たされなかったことに涙を流さずにはいられなかった。


 朔良さんとの出会いは、偶然だった。当時高校3年生の私が、登下校に使う道に落ちていた千円を拾って交番に届けたのだ。そこにいたのが、お巡りさんに成り立ての朔良さんだった。

そして、私は

「ちゃんと届けてくれてありがとう」

と言って、やさしく笑ってくれた朔良さんにうっかり惚れてしまった。自分でも単純だなと思う。まるで、少女マンガみたいだなとも思ったのだが、惚れてしまったことは事実なので、私は朔良さんにたくさんアタックをした。朔良さんは、はじめは戸惑っていたけれど、私が高校を卒業する頃には

「ちゃんと成人して、それでもオレを好きでいてくれたら、オレと付き合ってください」

と言ってくれた。……そういえばあまりに嬉しくてたくさん泣いたな、あの時。

 そんなこんながありながら、無事に成人した私は、朔良さんと付き合い始めた。動物園で、シロクマのぬいぐるみを買ってもらって、テーマパークで、テーマパークのキャラクターのカチューシャを着けてる朔良さんの写真を撮って、恥ずかしがられた。たくさん朔良さんといろいろなものを見た。


 そして、来年も一緒に雪が降り積もっているこの木を見ようと約束をした。

 その3ヶ月後ぐらいに朔良さんは、車に轢かれそうになっていた子供を庇って、亡くなってしまった。よく晴れた春の日のことだった。


 それから、朔良さんのことを忘れられなくて結婚はしなかった。

 毎年、雪が降り積もっている木を見に行った。

 そうして、年をとって、一人寂しく私は死んだ。


 全てを思い出した私は、朔良さんとの約束の木へ向かっている。

 本当は、約束の場所に行こうか悩んだのだが、結果的に約束の場所へ向かってしまっている。今日は、彼と一緒に見ることを約束した日なので、彼との約束を果たそうとも思ったのだ。

 約束した相手がいないであろうことも、そもそも前世の約束が無効であることもよくわかっている。

 しかし、前世では本当に死ぬまで守り続けた約束なのだ。死んでも一人で守ったっていいだろう。そう思って、雪が降り積もってる木を見に行った。


「今年も、きれいだなぁ」

 雪が降り積もってる木は、今年もきれいだった。

 ただ、隣には約束した人がいない。

 当たり前だ、覚えているわけがないんだから。

 忘れていて当たり前。

 むしろ覚えている私は、とても執念深いのだろう。

 どんどん顔を俯かせていく。



「木に白い花が咲いているみたいだ」



 思わず、顔をあげて、後ろに振り返る。

 そこにいたのは、はじめて会ったときよりも少し若い朔良さんだった。


「待たせて、ごめん」


 涙が止まらない。ボロボロと、流れていく涙を朔良さんが指で拭ってくれる。

 話そうとしてもうまく言葉が出ない。

 けれど、そんなことは気にしないで、私は朔良さんに抱きついた。



 私には前世の記憶がある。

 決して、中二病を患っているわけではない。前世で魔王であったわけでも、聖女であったわけでも、大恋愛の末死んでしまったわけでもない。ちなみに、今世で異世界に転生したわけでもない。

 ただ、好きな人ともう一度出会うために、前世の記憶をもっていただけである。

未熟ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです

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