人は見た目によらなかった
俺は、驚き固まるおばさん(姉の姑)に大体の経緯を説明した。
良一さんがコロナで入院し、その数日後に姉もコロナで入院したこと。
俺の両親が亜里沙の面倒を見ていたが、母が手術入院することになってしまい、面倒が見れなくなったこと。
俺が、姉の家に住んで亜里沙の面倒を見ることになったこと。
さっきまで機関銃のようにしゃべりまくっていたのが嘘のように、黙って話を聞くおばさん。
表情も、陽気な笑顔から一転。ものすごい不機嫌顔だ。
そりゃそうだよな。
息子夫婦がコロナで入院したのを秘密にされてたなんて、ショックを通り越して激おこもんだ。
俺の話が終わると、おばさんは鋭い目つきで俺を見た。
「……それで、良一と柚香さんの症状はどうなっているのかしら?」
「良一さんは重症の一歩手前までいって大変だったみたいですけど、今は快方に向かっていると聞いてます。姉は割と軽くて、熱と咳がある程度、と聞いています」
「ご両親は大丈夫なの?」
「はい。母の手術も無事終わりました。父は疲れていますけど、健康状態は悪くないと思います」
「そう」と、少しホッとしたような顔をするおばさん。
そして、フウッと息を吐くと、俺を鋭い目つきで見た。
「……つまり、まとめると、良一と柚香さん、お母様の3人は快方に向かっているけど、まだ入院が必要っていうことよね」
「はい」
「そして、亜里沙の面倒を見る人がいないから、当分あなたがここで亜里沙の面倒を見ながら生活する、って、ことね」
「そうなります」
俺の返事に、おばさんの目つきが険しくなる。
……この流れって、俺が姉の替わりに怒られる感じ、だよな?
俺は思わず遠い目をした。
働きながら、ワンオペで姪の面倒を見つつ、オーガニックに気を遣って、姉の姑対応までして。
俺、相当頑張ってるよな?
何で怒られなきゃならんのだ?
絶対におかしい!
くそー! 姉め!
―――しかし、事態は意外な方向に進む。
おばさんが、俺に向かって頭を下げたのだ。
「本当にありがとう。ごめんなさいね」
「……へ?」
予想外過ぎる展開に、俺は目をパチクリさせた。
お礼と謝罪? 何で?
おばさんは、キチンと座り直すと、まっすぐ俺の顔を見た。
「独身のあなたが、仕事しながら亜里沙の面倒を見るなんて、すごく大変だったわよね。しかも慣れない人の家で。……本当に感謝しかないわ。
そして、ごめんなさいね。叔父のあなたがこんなに大変だったのに、祖母である私は何も出来なかった」
本心から出たであろう労りと謝罪の言葉。
俺の目に涙が浮かんだ。
思いの外順調だったとはいえ、ずっと大変だったのだ。
聞き訳が良くても亜里沙は5歳児で、俺は子育て経験ゼロの独身。
お互いに上手くいかないことも沢山あった。
毎日の家事も大変だったし、オーガニック過ぎて不便な家に発狂しそうにもなった。
それなのに、姉には電話の度に「変な物食べさせてないでしょうね!」と詰問され、母は孫の心配しかしない。
健康だけど、俺も疲れる時は疲れるんだよ、と、何度思ったか分からない。
俺は、ぼやけた視界で正面の派手なおばさんを見た。
―――なんだよ。
派手な格好してるから非常識な人かと思ってたけど、超常識的じゃん。
ちゃんと人の気持ちも状況も分かってくれる、優しい人だ。
俺が何も言えずに黙り込んでいると、おばさんは、ソファで幸せそうにお菓子を食べている亜里沙の頭を撫でながら言った。
「亜里沙ちゃんもパパとママと離れて寂しかったでしょう。がんばったわね」
亜里沙は何も言わずに、おばさんの膝に顔を埋めると、大声で泣き始めた。
彼女もまた、5歳児ながらも空気を読んで、必死に耐えてきたのだ。
連られて号泣しそうになるのを必死に堪えながら、俺は理解した。
無自覚だったが、俺達2人は限界が近かったのだ、と。
だから、2人とも眠れなくなってきていたのだ、と。
その後、おばさんと母が電話で相談し、おばさんは姉の家に3日間泊まることになった。
そして、翌日。
家事と亜里沙の世話から解放された俺は、泥のように眠った。