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姉のコロナに巻き込まれまして  作者: 優木凛々
6/11

いや、1人残っていた



2020年4月26日日曜日。

昼過ぎ。


俺は、亜里沙を連れて、港区にある姉の自宅に来ていた。

ドアを開けると、亜里沙が嬉しそうに中に飛び込んだ。



「わあい! ありさちゃん、おうちにかえってきたよ!」



俺は、玄関の扉を閉めながら、嬉しそうに叫ぶ声をかけた。



「ちゃんと手を洗って中に入るんだよ」

「はあーい!」



洗面所から水音が聞こえてくる。

俺は、重い荷物を玄関に降ろすと、フウッ、と、息を吐いた。



「はあ。何でこうなったんだかなあ」





***********




遡ること、4日前。

4月23日夜。


俺は、驚く姉に、これまでの話をした。


・母さんが腰痛で動けなくなり、救急車で病院に運ばれたこと

・2週間の手術入院が必要になったこと


そして、親父が、亜里沙の世話と、入院した母さんの世話の両方を見るのは不可能だと思うことを告げた。


親父の話では、熊本に住んでいる良一さんのご両親が面倒を見てくれそうとのことなので、ついでに「もしも必要なら、俺が飛行機で亜里沙を連れて行ってもいい」と、言い添える。


“ この状況だったら、きっと熊本に連れて行ってくれ、という話になるだろう。”


俺と親父は、そう考えていた。


しかし、姉の発想は斜め上をいっていた。


姉はしばらく黙った後、「いいこと思いついた」的に、明るくこう言ったのだ。



「じゃあさ、優真。あんた亜里沙を預かってよ」

「……は?」

「あんたは元気なんでしょ? 母さんがダメなら、あんたが見てくれればいいじゃん。それなら亜里沙もオーガニック続けられるし」



まさかの発言に、俺は耳を疑った。

何を言ってるんだ、この人は?



「……あのさ、俺、働いてるんだど」

「大丈夫! 27日から保育園に行けるから、いざとなったら保育園に預ければいいよ。それに、もうすぐゴールデンウイークじゃん」



いやいや、そういう問題じゃないだろ。



「俺の家って、1DKのユニットバスだよ? 子供と2人で住める広さだと思ってんの?」

「あー。それもそうだね。じゃあ、実家から通ってよ」

「……実家から会社まで、片道2時間、往復4時間なんだけど」

「結構遠いね。でも、大丈夫! 優真まだ若いし!」



さも当然、という風に言う姉。

この時、俺の中で何かが、ブチッ、と切れる音がした。



「……へえ。じゃあ、姉さんは、俺に往復4時間かけて通勤して、疲れて帰ってきたところを、あのクソ重いフライパンや鍋で料理して、あのクソ細かいノートに従って亜里沙の面倒を見ろ、っ言う訳だ」

「……」



自分でもびっくりするくらい冷たい声が出る。

流石の姉もヤバいと思ったのか、黙り込む。



「悪いけど、俺には無理だわ。ていうか、もしも、俺が同じこと姉さんに頼んだら、切れて怒鳴り散らすよね? 私に何させるのよ、私はあんたの召使じゃないのよ、って、言ってさ」



いつもそうなのだ。

自分は良いけど、他人はダメ。

自分に甘く、他人に厳しい。



「あと、母さんが入院したっていうのに、気遣いの一言もないってどういうことだよ。

挙句の果てに、” 母さんがダメなら俺でもいい “ って、人としてどうなんだよ。俺達はさ、姉さんのために都合よく動く “ 駒 “ じゃないんだよ。」



これ以上言うと、止まらなくなる気がして、俺は深呼吸して言った。



「とにかく。俺は無理だし、実家も無理だ。熊本に行くなら俺が連れて行くから、良一さんと相談するなりなんなりして決めて」






―――しかし、姉は諦めなかった。


次の日、姉は、痛み止めを打って少し元気になった母さんに泣きついたのだ。


その結果、母さんは俺に泣きついてきた。

腰を痛めた私の替わりに、亜里沙を見てやってくれ、と。


もちろん、俺は断った。

物理的に不可能だったし、姉の態度にも腹が立っていたからだ。


しかし、姉も母も全く諦めず、泣き落としやら何やらで、すったもんだした結果。


「オーガニックな拘りには従わない」と、いう約束の元、俺が姉の家に亜里沙と一緒に住むことになった。

姉の家なら、会社から15分ほどなので、通勤しながら亜里沙の面倒を見れる、という訳だ。


最終的には、亜里沙が可哀そうになって引き受けたが、独身の俺が子供の面倒なんて見れるのか、不安でいっぱいだ。




ちなみに、保育園のお迎え時間は基本6時らしく、その時間に帰りたい、と、事情を含めて上司に言ったところ、心配そうに言われた。



「事情は分かったけど、仕事しながら子供の面倒を見るって相当大変だぞ。お前、大丈夫か?」



……だよね。

俺もそう思う。


一番真っ当な心配してくれるのが他人である上司、ってのも、どうかなあ、って感じだよな、ホント。






***********



亜里沙に続き、手を洗った俺は、荷物を持って家の中に入った。

姉の家に入るのは、引っ越しパーティとやらに誘われて以来だ。


どの部屋も物が多いが、比較的片付いている。

広いし、設備も新しいし、臨時で暮らすには悪くなさそうだ。


俺は、荷物をリビングに置くと、持参したアルコールで家の消毒を始めた。

姉達がいなくなってから、10日ほど経ってはいるが、念には念を入れる。


そして、消毒終了後。

俺は、台所に移動した。

夕飯に備えて米でも炊くか、と、思ったからだ。


しかし、幾ら探しても、炊飯器がない。

じゃあ、とりあえずパックのご飯で済ませるか、と、電子レンジを探すが、電子レンジもない。


もしかして何処かにしまっているのか?


場所を聞こうと、姉さんに電話してみるが、電話に出ない。

知ってる可能性がある母さんに電話してみると、驚きの事実が判明した。



「柚香の家は、炊飯器ないわよ。圧力鍋で玄米を炊いてるんですって」



は? 圧力鍋で玄米?

玄米って、白くないやつだよな?



「それとね。電子レンジは栄養価が下がるし、電磁波が体に悪いからって、買ってないハズよ」



俺は思わず天を仰いだ。

家に、炊飯器と電子レンジのないなんて、予想外過ぎる。



……これは、これから大変だ。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 妙にリアルすぎて怖い。 マルチの健康食品にはまる人の言動とか宗教で洗脳されてる人の言動に似てて鳥肌が立った。
[良い点] いやこういう生々しい話を聞くと面白いですね。 ご当人である作者様からしてみればたまったものではないのでしょうが。 それにしても姉上様はちょっとどころでなくひどいですね。と言うか典型的なオー…
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