コロナ vs オーガニック
2020年4月13日月曜日。
お昼過ぎ。
昼食を食べながらスマホを見ていると、母からLINEが来た。
「良一さん、コロナ陽性。すぐ連絡されたし」
……この年代の人って、どうして急ぎのメッセージが電報風になるんだろうか。
心の中でそんなツッコミを入れながら電話すると、かなり動転した母が出た。
「良一さん! 陽性だったんだって! コロナよ!」
母の話では、今朝になって症状が出て来たため、入院することになったらしい。
姉さんは? と、問うと、母が暗い声で答えた。
「柚香もびっくり仰天よ。急いで保育園に亜里沙ちゃんを迎えに行ってたわ。今頃検査してるんじゃないかしら」
亜里沙ちゃんとは、5歳になる姉の娘で、俺の姪だ。
良一さんが陽性だったら、妻である姉と娘の亜里沙ちゃんもコロナの可能性が高い。
可愛い亜里沙ちゃんが咳で苦しそうにしている姿を想像して、俺は顔を顰めた。
うう。可哀そう過ぎる……。
姉はどうでもいいけど、亜里沙ちゃんだけは陰性であって欲しい。
「それでね、優真。あんたにお願いなんだけど、今夜柚香に電話して欲しいのよ。きっと参ってると思うのよね」
「ええー……」
俺は、げんなりした気分になった。
姉・柚香は、常に強気で、いつも「あんた無農薬米にしなさい!」とか「ヨガ最高よ!」とか、自信満々に色々勧めてくる少々面倒臭い存在だ。
理不尽だし、八つ当たりも酷い。
こんな状況で電話したら、長いに決まってる。
黙り込む俺に、母さんはため息まじりに言った。
「クセはあるけど、たった1人のお姉さんでしょ。こんな時こそ支えてあげてよ」
……まあ、そうだな。
事態が事態だよな。
こんな時こそ助け合いか。
「分かった。9時くらいに電話するよ」
「ありがとう。よろしくね」
********
その日の夜9時。
俺は、意を決して、姉に電話をした。
プルル「はい、もしもし!」
おう。
ワンコールも鳴らないうちに出たよ。
これは電話を待ち構えていたな。
それにしても、落ち込んでいると思いきや、妙に勢いがある。
意外と大丈夫なのか?
「もしもし、姉さん? 優真だけど、大丈夫?」
そう聞くと、姉が物凄い勢いでしゃべり出した。
「優真! もう! 聞いてよ!」
……うん。
やっぱり長くなりそうだ。
俺は、「それでそれで?」と、合いの手を入れつつ、冷蔵庫から缶チューハイを取り出した。
簡単なつまみも作りたいところだが、流石に自重する。
そして、缶チューハイを2本空けた頃。
ようやく姉のしゃべりが途切れたので、俺は30分振りに「そうだね」以外の言葉をしゃべった。
「ええっと、つまり、良一さんの会社の人が、夜の街でコロナにかかって、症状があるのに黙って出勤してたってこと?」
「その通りよ!」
30分の話が、なんと1行で終わってしまった。
ちなみに、もう少し詳しく書くと、
3月末頃、良一さんの同僚AがBと夜の街に遊びに行く
↓
すぐに風邪症状と味覚障害が出るが、黙って出勤
↓
夜の店で集団感染が確認され、ABがコロナ検査
↓
Aがコロナ陽性
↓
濃厚接触者を調べる
↓
Aの隣の席だった良一さんと、もう1人が陽性診断
↓
今朝になって良一さんの咳が止まらなくなり、高熱が出る
↓
急いで入院、姉と姪の亜里沙ちゃんも検査を受ける
↓
結果が出るまで自宅待機(今ここ!)
「こんな時期に風俗に行くなんて、最低よ! だから男は不潔なのよ!」
憤る姉。
いや、俺も男だし、夜の店は風俗だけじゃないと思うんだけど。
「大体良一さんも良一さんよ! 消毒液持たせたのに、なんでうつるのよ!」
いや。そんな無茶苦茶な。
不幸な事故みたいなもんじゃん。
でも、ここで正論を言っても火に油を注ぐようなものだ。
俺は話題を反らすことにした。
「それで、今日検査受けてきたんだろ? どんな感じだったの?」
「え? あ、ああ。検査ね。長い綿棒みたいなの鼻から入れられたわ」
「結果が出るまで心配だね」
「まあね。でも、多分大丈夫だと思うのよね」
「え? そうなの?」
「良一は不健康なカップラーメンとか食べてるけど、私と亜里沙はオーガニックだし、糖もほとんど取ってないから、免疫力が強いと思うのよ」
「……はあ」
「だから、そんなに心配してないのよね、実は」
すごいな、この自信。
オーガニックって、そんなに効果あるんか。
「それより、あんた! 米は無農薬にしてる? 糖質は取り過ぎると体が糖化するのよ!」
「……(またはじまったよ)」
……と、まあ、こんな感じで、姉が言いたいことを言い終わって電話を切ったのは、何と12時半だった。
姉はすっきり、俺はぐったり。
いやー。マジ疲れた。
もう寝よう。
俺はヨロヨロと洗面所に行くと、歯を磨いてベットに入った。
そして、母にLINEを送った。
「姉さんに電話した。3時間半、ものすごく元気にしゃべってたから、多分大丈夫。」
あー、疲れた。もう寝よう。
―――しかし、その2日後の昼過ぎ。
俺は、姉だけが陽性だったという知らせを受けるのであった。
ちなみに、家族の誰もアレルギーや疾患を持っている訳ではありません。
オーガニックにしているのは、あくまで姉の拘りです。