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姉のコロナに巻き込まれまして  作者: 優木凛々
10/11

関係の変化



5月4日月曜日、みどりの日。

熊本に住んでいる良一さんのお母さん(姉の姑。以降、おばさん)が来た翌日。

俺は、久々にホッとできる時間を過ごしていた。


朝起きたら朝食が作ってあって、既に洗濯機が回っている。

俺が掃除機をかけている間、おばさんが洗濯物を干してくれる。

俺が買い物に行っている間、おばさんが亜里沙の面倒を見てくれる。


2人で分担するから家事にかける時間も減るし、買い物も1人でさっと行ける。

亜里沙もかまってもらえる時間が増えて機嫌が良い。

なんかもう、いい事尽くめだ。

家事のできる大人が1人増えただけで、こんなに楽になるとは思わなかった。


しかも、おばさんは派手な外見からは想像できないほど気配り上手で、寝不足の俺を気遣って、昼寝まで勧めてくれた。

60代のヒョウ柄のスモックを着たおばさんが、天使に見える。

しゃべり始めると止まらない、という欠点はあるが、そんなものは些末なことに思える。


昼食は、おばさんが作ってくれた日本の国民食である焼きそば。

姉が嫌いそうな化学調味料入りの食事だが、ありがたく食べる。


夕飯はカレーとコンソメスープ。

これまた姉の嫌いそうなメニューだが、これもまた美味しく食べる。


そして、夕食後。

おばさんが別室で亜里沙を寝かしつけ、俺が夕食の片づけをしている時、事件は起こった。


めちゃめちゃ不機嫌な姉から電話があったのだ。





***********





もうほとんど良くなったらしい姉は、開口一番、不機嫌そうに尋ねた。


「もしもし、あんた今どこにいるの?」

「姉さんの家だよ」

「そう。亜里沙は?」

「熊本のおばあちゃんが、寝かしつけてる」



姉は、盛大に溜息をつくと、イライラした口調で言った。



「ふうん。じゃあ、あの人、本当にうちに泊まっているのね」



昨日、結局、姉は電話に出なかった。

そのため、うちの母とおばさんが相談して、おばさんが姉の家に泊まって、俺のサポートをしてくれることになったのだ。

俺と亜里沙にとってはありがたい話だったのだが、姉にとってはそうでもなかったらしく、彼女は軽く舌打ちすると、低い声で言った。



「あのさ、優真。あんた、なんであの人を家に入れたわけ?」

「……え?」



質問の意味が分からず首を傾げる俺に、姉は怒鳴りつけるように言った。



「あんたが家に入れなかったら、こんなことにならなかったじゃない! しかも、こっちの事情までペラペラ説明して。本当に余計なことしてくれたわね!」



……何言ってるんだ? この人?

姉さんが、ちゃんと熊本に連絡しないから、こんなことになったんだろうが。

そもそも、治ってるんなら、昨日無視しないで電話に出れば良かったじゃないか。


俺は、半ば呆れ気味に言った。



「あのさ、姉さん。相手は良一さんのお母さんだろ? 心配して息子の家の前に来てる母親を、事情も話さず追い返せ、って言うのかよ?」

「……」

「それに、熊本のおばあちゃんは、俺と亜里沙が大変そうだと思って、泊まることにしてくれたんだ。お陰で俺もゆっくり休めたし、亜里沙も喜んでた。感謝こそしても、文句を言う筋合いはないだろ」



すると、姉はチッと舌打ちすると、忌々しそうに言った。



「あんたは何にも分かってないのよ。あの人は、駄目な人なのよ! 化学調味料入りの料理しか作んないのよ!」

「……は?」

「農薬だって気にしないし、歯に悪いお菓子ばっかり用意するし、意識が低すぎるのよ! あんたもそうだけど、農薬とか添加物とか砂糖とか、止めて欲しいのよね!」



……すごいな、この人。

この期に及んで、まだオーガニックに拘るんだ



「あのさ。そもそも姉さんが、熊本のおばあさんからの電話にちゃんと出てたら、こんなことにはならなかったんじゃないの? 姉さんが無視してたから、心配になって、わざわざこっちに来たんだろ」

「……」

「それにさ、俺が亜里沙の面倒を見る条件は、「オーガニックに拘らない」だったよな? 何で毎回電話の度に “ オーガニックやってない“ って文句言われないといけないんだよ。約束が違い過ぎるだろ」

「……それとこれとは話が別よ!」



いきりたつ姉に、心底呆れたからか。

溜まりに溜まった物が溢れ出たのか。


俺は前々から思っていたことを、ぶちまけた。



「姉さん、もう、オーガニック止めた方がいいよ」

「なっ!」

「自分の子供の面倒を見てくれてる弟に対して、お礼じゃなくて、「オーガニックが足りない」って文句しか言わないのは、人としておかしいだろ」



相手は病み上がりだし、これ以上言うのは止めよう、と、頭では思うのだが、何故か口は止まらない。



「大体さ、空気読んで健気に頑張ってる亜里沙に、姉さん何て声かけた? 「パン食べちゃダメよ」とか「あんた、変な色の飴とか食べてないでしょうね?」とか、そんなことしか言ってないだろ。少しは褒めてやれよ」

「……」

「お姑さんだってさ、心配して来てくれたんだろ。しかも、俺と亜里沙の様子が心配だから、って、わざわざ泊まって面倒を見てくれてる。

その人に向かって、” オーガニックじゃないから駄目な人だ “ って、よく言えるよな。

姉さんこそ人として駄目だろ」



そして、俺は、電話口で切れて叫び始めた姉に、



「もう姉さんのオーガニックに付き合う気はないから、そのつもりで。今後のことは母さんを通して連絡してきて」



と、電話を切ると、ソファの背もたれにもたれかかった。


ほんの5分程度の電話だったのに、3時間くらい話していたような疲労を感じる.

でも、心の中は爽やかだ。



はあ。

言いたいことを言ってしまった。

ちょっと言い過ぎたかな……。

でも、スッキリしたし、まあ、いいか。







―――その後。


俺は、先に退院した良一さんと入れ替わるように自宅に戻った。

そして、その3日後。姉が退院するのと入れ替わるように、おばさんは熊本に帰った。




次回、最終回です。

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[一言] お、おねいちゃん……。猪突猛進で、思い通りにならないとテンパっちゃう人なんかな? でも、これは流石にあかんやつですね。気に食わない相手でも、してくれたことを考えると何を置いてもまずは感謝をし…
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