はじまりの電話
主人公は、工藤優真。
20代独身会社員。都内で一人暮らしをしています。
忘れもしない。
2020年4月10日の金曜日。
この日は、コロナが流行っているということで残業はなし。
6時に会社を出て、最寄り駅に到着したのが6:30。
いつも通り、惣菜を買おうとスーパーに入ると、突然スマホが鳴った。
母からだ。
平日に電話なんて珍しい。
何だろう?
とりあえず手早く買い物を済ませ、家に帰る。
マスクを外し、シャワーを浴びて着替える。
そして、惣菜をレンジで温めながら、母に電話した。
「もしもし? 母さん?」
「え! 優真なの? 会社から電話してるの?」
母の驚いたような声に、俺は苦笑いした。
普段の俺の平均帰宅時間は9時か10時。
この時間にかけ直すとか、普通はないよね。
「違うよ。家。コロナが流行ってるから残業なしなんだ。で、どうしたの?」
母は溜息をついた。
「実はね、良一君がコロナ検査を受ける予定らしいのよ」
良一というのは、5歳上の姉・柚香の夫だ。
「え! 良一さんが? どうしたの?」
「会社でコロナに罹った人が出たらしくてね、席が近くて同じ会議に出たとかで、濃厚接触者に認定されたらしいのよ」
「そうなんだ……。症状は?」
「少し風邪っぽいらしいけど、熱とか咳はないらしいわ。今、会社を休んで家の部屋に籠ってるみたいよ。明日検査を受けに行くって言ってたわ。あんたも気を付けなさいよ」
電話を切った後、俺はフウッと溜息をついた。
姉・柚香は、いわゆる " 意識高い系 " というやつで、食事はオーガニック、美と健康のためヨガやジムに通うなど、徹底した健康管理をしている。
今回のコロナが始まってからも、人一倍消毒には気を遣っていた。
もしも、良一さんがコロナだったら、仕方ないこととはいえ、物凄いショックを受けるに違いない。
体に悪そうな惣菜をレンジから出しながら、俺は独り呟いた。
「良一さん、コロナじゃないと良いけど……」
―――しかし、その3日後の昼過ぎ。
俺は、母からのLINEで、義兄の「陽性」を知ることになる。