3
3
もう一度春が来て、私は小学一年生になった。てっきりマチコちゃんも一緒に行くのかと思っていたら、マチコちゃんは行かないらしい。
「私、まだ五歳なんだ。すぐに大きくなって、キミちゃんとおんなじ学校に行くからね。」
普通に考えたら一年前も五歳と言っていたのに今も五歳と言うのはおかしいけれど、私はこんな生い立ちの人間だから、そんなこともあるのだろうと思って、へえそうなんだ、楽しみにしてるねと答えた。
小学校にあがってから、私の日々は一気に忙しくなった。
今までずっと遊んでいたのであまりじっとしているということが得意ではなかった。でも勉強は楽しかったし先生に褒められるのは嬉しかったから、大体普通の子と同じように授業を受けられた。百科事典をよく読んで、物事を多く知っていたので、成績は良いほうだった。ただ、マチコちゃん以外の同い年の子供に会うのが生まれて初めてで、特に男の子とは慣れるのに少し時間をとった。すこし、怖かったのかもしれない。
家に帰ってからも宿題があったり、クラスの子と遊んだりして、段々マチコちゃんと遊ぶ時間は減ってきた。だけど必ず週末には一緒に遊ぶようにしていた。
小学校に通うようになってから、より一層マチコちゃんの特別さは際立って感じられた。平々凡々な家庭の子供が詰め込まれた教室には、私やマチコちゃんのような子供はあまりいなかった。いっぷう変わった能力を持っている子は何人かいたけれど、その子たちが私たちのように人生が途中から始まったようだった、ということは無いらしかった。私はみんなとは違うみたいだ、とおばあちゃんに話した時、おばあちゃんはちょっと真面目な顔をして、
「キミちゃん、周りと違うっていうことはよくあることなの。周りと違うのによくあるだなんて変に思うかもしれないけどね、本当にそうなのよ。だから違うことを卑屈に思ったり、逆に選ばれた特別なことなんだと思ったりしてはダメよ。違うということを隠す必要はないけれど、それで友達と喧嘩にならないようにね。」
と教えてくれた。私はそれを素直に聞いて、それからの数年間をそんなふうに過ごした。
太陽は沈んでは昇り、毎日私はどんどん新しいことを教えられる。同じ設定で何日もお姫様になり切っていた以前と比べてはるかに目まぐるしく、吹き飛んでいきそうなほど忙しかった。元来新しいことを知るのが好きな性質らしく、さほど苦しくはなかったが、ふっと授業中にあのスノードームの中の永遠のうつくしい夢みたいなアパートを一人でさまようマチコちゃんのことを思うと寂しく、申し訳なくなった。
夏休みになると、私たちはまた毎日遊ぶようになった。サーカスのような音楽に包まれて。テレビの魔法少女も好きだったけれど、自分たちで考えるお姫様になり切るのが一番楽しかった。白黒写真はお城で、そのなかでおてんばな姫たちは転げまわって遊ぶ。
「ねえ、早く大きくなって、一緒に学校に行こうよ!」
「うん。もうすぐ、きっとすぐに大きくなるから。」
夏休みの終わりごろ、私とマチコちゃんは指切りげんまんをした。私の身長は少しずつ伸びてきて、マチコちゃんを少しだけ見下ろす形で。すぐにマチコちゃんは大きくなる。背が一晩で伸びて、私も六歳になったよ、ランドセルを買ったよ、一緒に行こう、と朝呼び鈴を鳴らしてくれる。そう信じていて、勉強に追いつけるように私は学校で聞いた話を教えるようにした。
桜の葉が色づいて、あっという間に枯れていく。雪が枯葉を覆いつくす。やがてそれも暖かな春の日差しに溶かされて、そしてまた段々暑さが増してきて…
あの軽快な音楽をBGMに、季節は飛ぶように過ぎていった。私は白黒写真の怠惰な夢よりも外に出かけて快活な空気を吸っている時間が増えた。相変わらずマチコちゃんや白黒写真の住人とは最高の友達だったけれど、その次くらいには大事な友達がたくさんできた。クラスの子と遊びたい、と思っていたのを察したのか、マチコちゃんは少しずつ私を遊びに誘わなくなった。寂しい思いをさせてしまっているんじゃないかと心配したけれど、ピエロのお兄さんや未亡人さん、また飼い猫のミケと一緒に案外変わらない日々を送っているみたいだった。それに安心して勉強しているうちに、二年生が終わり、三年生、四年生が嵐のように過ぎて、気づけば五年生も通り越し、私は六年生になっていた。私の人生を途中から始めたあの誰かの手によって、その五年間は細かいことは思い出せないほどばっさばっさと過ぎ去っていった。
六年生になってもマチコちゃんは大きくなっていなかった。未だに昔と変わらない、お人形さんのようなマチコちゃん。
このころになると、さすがに私もおかしいな、と思い始めた。何かおかしい。やっぱり、どこかヘン。まあ私が言えた義理ではないのだけれど。
「ねえ、マチコちゃんは何時になったら大きくなるの?」
「うんと、もうすぐ、もうすぐだよ。本当に!」
私はずいぶん大人になった。世の中には楽しい事ばかりではないと言うことも知った。私がお姫様だったころの絵本や折り畳みテント、お人形やドールハウスはマチコちゃんのために少しだけを残して、それ以外はすべて物置の奥にしまい込んだ。毎日宿題が出て、それを終わらせるためにマチコちゃんの来訪を断る日も少なくなかった。だから、その子どもっぽい返答はすこしのいら立ちと羨望と言う昔の私にはなかった複雑な感情を抱かせた。
もう彼女が大きくなることはないのかもしれないな、とどこかで思いながらも、それでもまだこの時の私は信じていた。