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あれからシルヴィー様に連れられて私がやって来たのは、前世でグラオスが私に作ってくれた全面ガラスで出来た温室だった。
シルヴィー様は私が死んでから何一つ変わっていない温室内を見て目を細める私を横目で見ながらこんなことを私に告げた。
「確か、この温室はお前が花を植えたいとグラオスに言った時に張り切り過ぎたあのうちの馬鹿孫が普通の花壇を作ればいいものをこれを建てたんだったな」
「……はい、あの時は本当に驚きました。することが無くて暇だから花を植えたいの一言でまさかこんなに建物を建てるなんて私も考えてなくて」
「まあ、お前は人の事ばかりであまり自分の気持ちを言わない子だったからな。グラオスの気持ちは分からんでもない」
「私は私なりに甘えてたんですけどね……」
「お前の甘えは甘えじゃないんだよ」
シルヴィー様はクスリと笑うと私の額を指でこついた後に、温室の中を歩きながら今現在この温室の面倒を見てくれている人物の話をしてくれた。
「お前が死んでからこの温室の面倒を見てるのはニアだ」
「……ニアが、ですか」
「ああ、少しでもいいから母が生きていた証と父と母との思い出を残しておきたいからと今でも毎日欠かさずここの世話をしているらしい」
この際、私の脳裏に浮かんだのは幼い頃のまだ本当に小さかった頃のニアとつい先程まで共に居た大きくなったニアのこと。
私は温室の世話をする為の用具が置いてある場所に足を向けると、そこにあったボロボロのジョウロを見て目を見開く。
「これは……」
「あぁ、それか。それは生前お前が使っていた物だな」
「こんなもの、捨ててしまってもいいのに……」
そっと懐かしいジョウロを手に取れば、シルヴィー様は「捨てられる訳が無いだろ。母の大切な遺品だ」と優しい声色で呟くと更に続けて「それに残っているのはそれだけじゃないぞ?」と私に言いながら温室内にある私が生前使っていた様々なものを見せてくれた。
そして、粗方の前世の私の遺品を彼女に見せてもらった所で私は彼女に案内されるままに温室の外へ出た。
そこから少し歩いた所で私が目にしたのは白い花を付けた大きな一本の木。
シルヴィー様はその木を見上げながら「お前はこの木はなんだと思う?」と私に問い掛けてきた。
しかし、私は見覚えのないその木に「分かりません」と答える。
すると、シルヴィー様は「そりゃそうだな。お前がこの木を初めて見たのはこの木がまだ苗だった頃だからな」と笑った。
そこで私が思い出したのは、いつか温室の中で私とグラオスとニアとレグロスとの四人で一緒に植えた木の苗のこと。
シルヴィー様はハッと顔を上げた私を見るなり頷いた。
「ティリアが死んである程度の時が経った所で温室内にもう置いておけないということになってな。最初はグラオスも温室を大きくするということを考えたみたいだが、恐らくお前が生きていた頃の姿のまま温室を置いておきたかったんだろうな。最終的には渋々という形でここに木を移動させていたよ」
私は大きくなった名も知らない木を見上げて、そっとその木の傍に近寄るとその木の幹に触れる。
そうすれば、ふわりと風が舞って木に咲いていた花の花弁が空へと舞い上がる。
まだシルヴィー様に連れて来てもらったのはこの一箇所で、まだまだ私を連れて行きたい場所があると彼女は言ってくれた。
でも、もう既に私の気持ちは一杯一杯で私はただ黙ってこちらを見ている彼女に対してこう告げた。
「……もう城内の案内はいいです。私がティリアであると彼に認めて貰えるかは分かりませんが、彼に本当のことを話したいと思います」
途端に少し驚いた様子で「本当か?」と確認を取ってくるシルヴィー様と、そんな彼女の言葉に頷く私。
「分かった。グラオスを呼ぼう 」
「ありがとうございます」
私は「別にいいさ」と微笑んだシルヴィー様に深く頭を下げると、彼女と共に応接間へと歩みを向けた。




