1
私が生まれ育ったこのグレゴニア王国はかつて竜人族のみが住むことの許された閉鎖的な国だった。
しかし今から四百年前、今現在このグレゴニア王国を納めているグラオス王がとある人間の少女と出会ったことからこの国は竜人族とその他の種族が共存する国になった。
そして、グラオス王がそのような行動に出た影響を与えた理由である少女の名前はティリア・グレゴニア。
彼女はグラオス王の唯一の妻であり、この国の今はもう既に亡くなってはいるものの国母であった人物である。
私はパラパラとグラオス王とティリア王妃の出会いと最期までが綴られた小説を読みながら、なんとも言えない気持ちになりながら小さな声でこのような事を呟いた。
「……この小説の内容って色々と美化され過ぎたと思うのよね」
途端に、そんな私の呟きに反応したのは自身の目の前に座っていた我が家の専属庭師であるアンドリューの息子であるオリバー。
彼は挙動不審に周りを見渡しながら私に対して「ちょ、リーザお嬢様!そんな事は思ってても言っちゃダメですよ!!」と自分の口元に人差し指を立てて首を横に振る。
けれど、そうは言われても私はこの物語の内容が大きく美化されていることを知っているのだからそう思ってしまうのも仕方ないだろうと思うのだ。
何しろ私はこの小説に出てくるティリア王妃の生まれ変わりなのだから。
私は目の前の彼に適当に「はいはい、ごめんなさいね。これから気を付けるわ」と返事をしながらも、小説の中に書かれている『グラオスとティリアはお互い一目見た時からお互いに恋をした』なんて言葉に鼻を鳴らす。
お互い一目見た時から惹かれ合っていた?
そんな訳ないじゃない。
元々、彼はグレゴニア王国の前王であるアデューン国王に言われて私の住んでいた村の近くにあったライネル王国を壊滅させる為にその先陣に立って周りに指示をする大将と参加した謂わば人間の敵。
あの当時のグラオスの私に対する気持ちなんて惹かれる所か憎悪の対象よ。
だって、あの時の彼は自分達よりも下等種族である人間達の戦術で多くの仲間を殺されて自分までその姑息な手に引っ掛かって瀕死まで追い込まれていたんだから。
そして、私は私でそんな彼の種族は勿論のこと何故怪我を負っているのかの事情など露知らず死にかけてる怪我人を放っておけないという考えで彼を引き摺りながら家に連れ帰った。
その結果、彼を拾って三日ほど経った夕方に彼は目覚めたものの人間に対する憎悪というものがとてつもなく強くて目覚めるなり彼は常に彼の世話をしようとする私を鋭い目付きで睨み付け、時には暴力を振るうという事もあった。
だからこそあの時の私は彼に対して惹かれるなんてことは全く無く、彼に近寄る時は彼と目も合わせることなく常に怯えながら彼の世話をしていた。
でも、彼の世話をし始めて半月ほどが経った頃から彼は日々甲斐甲斐しく彼の世話を焼いていた私に対して気を許すようになった。
そして、その頃に私はグラオスの口から自身が竜人族であると言う事実を教えられた。
ただ、前世の私を含むその当時を生きていた人々は昔の文献に書かていた『竜人族は生きた他種族の血肉を好み骨すらも噛み砕く』という言葉を誰もが信じており、彼がその残虐な性質を持つといわれる竜人族であるということを知った私はその瞬間から彼に対して強い恐怖心を抱いた。
でもまあ、それから完全に彼の体にある傷が癒えるまでの間を彼と過ごして、彼が国に帰還する二ヶ月前ぐらいには既にお互いがお互いに惹かれたといえば惹かれあっていたんだけど。
ただなんと言われようが私はこの小説の中にある『グラオスとティリアはお互いを一目見た時から惹かれあっていた』なんていうこの文章は完全否定したい。
私とグラオスがお互いに惹かれ合うまでには物凄い暴力的なエピソードやら色々な出来事があるのだ。
私は昔のことを思い出すと同時に小説の内容に対して大きな溜息を吐きながら本を閉じると、そのまま「どうかしました?」と尋ねて来たオリバーに「何でもないわ」と答えて机の上に伏せる。
その時、ふと頭に浮かんだのは微笑みながら自身に手を伸ばすグラオスとそんな彼の両隣りでニコニコと笑いながら『まま!』と前世の私を呼ぶ可愛い双子のレグロスとニアの姿。
「……会いたいな」
私はぽそりとそんなことを呟くと、自身の胸に掛かっている深い青色をした竜の鱗を握り締めながら窓の外に見えるグレゴニア城に目を向けた。