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スマホを失くした話

作者: 坂ひろし

「スマホ失くしたわ」


 休日明けに会った友人は、開口一番にそう言った。


 僕はこいつが何を言っているのか理解できなかった。いま手に持ってるそれはいったい何なのかと尋ねずにはいられなかった。


「俺、二台持ちなんよ。言ってなかったっけ」


 初耳である。そもそも二台もスマホを持って何をするのかと尋ねると、彼はきょとんとして答えた。


「片方で周回して、もう片方で周回する。大谷には負けない」


 衝撃的だった。あと大谷選手の二刀流はそうじゃないから。


 周回というのは、スマホゲームで特定のアイテムを求めて同じクエストやステージやミッションなどといったものをひたすらに繰り返す行為のことを指す。それ自体は僕にだって覚えがある。現代の中高生でこいつの言う周回という言葉が何を意味しているかわからないのはおそらく少数派だろう。


 しかし二台というのは……まあ、いいか。そういう人SNSで見ないわけじゃないし。こいつがそうだというのはびっくりだが。


「なら電話して探したらいいだろ」

「失くしたほうマナーモードになっててさ」

「なんで」

「鳴ったらうるさいし」

「……あっそ」


 一瞬だけ考え込んでしまう。


 スマホってそもそも電話機だよな? いや、ゲーム機として使うことのほうが多いけど、電話機だよな?


 はっとして自分のスマホを見る。マナーモードになっていた。同じ穴の狢である。


「で、なんで僕に?」

「一昨日お前ん家行ったろ」

「うん。ウチにあるかもってこと?」

「いや、もう探してきた。無かったわ」

「へー。……へ?」


 いま僕の家には祖母が一人。両親は仕事でいないはずである。でもばあちゃんはこいつの顔も名前も知らないはず……どうやって入った?


「で、そのあとバッセン行ったろ」

「バッティングセンターね。うん、見事なフルスイングだった」


 かすりもしてなかったけどな。隣の太っちょおじさんはかっ飛ばしていたというのに。三連続ホームランはやりすぎだと思ったけれど。


「そこまでは覚えてんだよ」

「うん」

「ちょうど古戦場期間だったからバッセンで走ったのも覚えてんだよ」

「負けたけどな」

「俺はそのあとどこでスマホ失くしたと思う?」

「知るか。そのあとすぐに別れただろ」


 時間を見る。すでに朝の8時を回っている。次の電車を逃したら遅刻確定だ。これだから田舎の電車は。


「とりあえず駅」

「俺のスマホのが大事だろ」

「どーでもいい」

「ああっ、待てって」


 僕の名前を呼びながら後を追ってくる友人。僕よりも体が大きく足が長いそいつは、数秒と待たずに追いついてくると話を続行した。


「犯人に心当たりは?」

「お前以外誰がいるんだよ、警部殿」

「それは重要な証言ですね。他には?」

「部屋は探したのか? 鞄の中は? そもそも本当にスマホを失くしたのか」

「断言できる!」

「なんで?」

「それは初歩的ななことだよ、ワトソン君」

「見解を聞きましょうか、ホームズ先生」

「失くしてなかったらいま周回してる」


 なんという説得力だろう。僕は悲しくなってきた。


「バッティングセンターの人に聞いてみたら。帰りにでもさ」

「それじゃ半日できないだろ!」

「どんだけゲームしたいんだよ……。文句言ったって探しに行く時間はないからな」

「パワハラだ! 訴えてやる!」

「敗訴敗訴。ほら、駅ついたよ」


 急ごしらえ感が拭えない機械にカードをかざし、ホームに入る。すでに到着していた電車にどうにか空いている席を見つけ、僕らは隣り合って腰をおろした。


「なあ、お前を親友だと思って聞きたいことがある」


 と、友人A。


「なに?」


 どうせくだらない話がはじまるのだろう。半分聞き流すつもりで続きを促すと、彼は額に汗を浮かべて言った。


「ケツにあたってる固いの、なんだと思う?」


 ちょっとの間真剣に考えた僕は、すぐに言葉を失った。

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