ハルヒの独白
大島さんがいなくなった。
いつの間にか寮の荷物も片付けられ、どこかに行ってしまった。
私たちは巴原さんと3人で何処と無く気まずい日々を過ごしていた。一方で、誰も大島さんの所在について巴原さんに問わないようにしていたし、そろそろメディカルセレモニーがあった。レポートの合間にはヒポクラテスの誓いや、自分たちで考えた誓いの言葉を覚えなければならない。必然的に私たちは大島さんの事件を忘れようとしていた。
6月も半ばになり、メディカルセレモニーが近づいたある日、ハルヒが言った。
「私達、巴原さんと大島さんのこと、忘れてていいのかな?私達、あの2人のことを忘れてたらホンモノにはなれないよ。」
メディカルセレモニーの前に決着をつけなければ本物の医療従事者にはなれないのだと、そう言った。
私はまだ、白衣を着ること、人の命を預かることの意味を考えていなかった。
だから、曖昧に「いいんじゃない?巴原さんも触れていないし。」と言った。
そして、目を落とした。
ハルヒは三つ編みを揺らして言った。
「私はね、またやってしまったのよ。また寮から人を追い出してしまったの。准看のときもそうだったわ。」
滑らかな肌に赤みがさした。
「あれも戴帽式の前の日だったの。友達とささいな諍いをして、友達はそのまま帰ってこなかったの。自殺してしまったの。友達はナースキャップを被るのを楽しみにしていた。実習用の三角巾ではなくてね。なのに、私はね、あの子の羽根をむしってしまったの。だからあの子は被れなかったのよ。棺に入ったあの子にナースキャップをお母さんが被せたの。」
大きな目に涙がいっぱい溜まった。
みたことのないハルヒの顔だった。
「その時の気持ち、分かる?私はね、そんな羽根をむしってしまった人間に看護をする資格はないと思った。だから別の医療職になるために進学したのよ。もう2度とそうなりたくないの。もう2度と誰かを傷つけたくない。」
三つ編みを震わせてハルヒは独白した。私は見たこともないハルヒの顔だった。
1人の医療従事者として、
1人の人間として、
ハルヒは大島さんを想っていた。
ああ、今なら巴原さんに羽根を取り戻してあげられるのかなぁ。
次の時には「謝ろう」と言っていた。