TALKING TO THE MOON
サブタイトルのTALKING TO THE MOONはそのまま、月に向かって話しかけるです。
昨日はさんざんだった。いや、現時点でもだ。次期ブルームーン商会会頭の俺様がこんなガキ共に同行するのは、アドバイザー兼ネゴシエーターとしてだったはずである。その俺が今皿洗いをやらされている。賭けに負けたとはいえ実に不本意だ。だが今はこいつらに従うしかない。ここは俺様のフィールドではない。
マックスとアークが武器を構えて相対していた。マックスは50cmの木剣の二刀流、アークは2m50cmの棒を得物としている。ともにクックリナイフと槍を想定した武器だ。マックスが速さでアークを翻弄する。間合いを破られまいとアークが奮闘するも、暴風雨のように吹き荒れるマックスの双剣がアークの懐に入ってその身体を捉えた。何度か同じような戦いが繰り広げられる。マックスの方が勝率が高い。
「どうだ。参ったか。」
「うん、参った。」
得意気なマックスにアークが屈託のない笑顔で答えた。アークが姉のソフィの所に下がる。ソフィが険しい顔で口撃した。
「本気でやればいいのに。」
「本気だよ。」
「嘘ね。その証拠に柄では受けてない。」
「マックスの武器はクックリだから。」
アークが小声で言った。柄で受けないのは実戦を想定してのことだとアークは答えた。確かにクックリナイフの鋭い刃を槍の柄で受ければ傷つく。それを言い訳にしてわざと勝ちを譲っているとソフィには分かっていた。
「次はわたしよ。」
ソフィがマックスの前に立った。60cmの棒と50cmの円盾、メイスと盾を想定した装備である。相手が代わってもマックスのすることは代わらない。2本の武器による矢継ぎ早の攻撃から飛び上がっての強撃、縦横に回転して打ち込まれるその攻撃は鋭い。だがソフィも譲らない。盾を駆使してマックスの攻撃を受け続ける。隙を見せないソフィに焦れたマックスが軽率な攻撃をしてきたところを抑えられる。時には身体を張って宙にあるマックスを押し返す。それでマックスが地面に転がることもある。2人の勝率はソフィの方が高い。
「くっそ、堅いんだよな。ソフィは。」
マックスは頭を掻きながら下がった。次はアークとソフィが戦う番だ。
「アーク、本気よ。本気でやりなさい。」
返事はない。アークは黙って棒を構えた。アークの間合いは武器と腕と踏み出す一歩で4m程はある。手堅いがマックスほどの速さのないソフィにその間合いを破るのは難しい。運よく間合いの内に入れたとしてもソフィの攻撃は柄で受けられ、くるっと回した石突き側で叩かれた。この2人の勝率はアークの方が高い。3人の強さは一応三つ巴になっていた。
「もうその辺でいいでしょう。片付けたら出発します。ああ、午前中は私が操縦します。ちょっと試してみたいことがありますから。」
ウルフが終わりを告げた。放っておくといつまでもやっている。ここは無限に時間のある村とは違うのだ。ウルフがさっさと鉄騎士に乗り込む。マックス達は慌てて荷物を片付けた。
◇
3日で100km進んで最初の目的地に辿り着いた。ノースレイク村から大河を下った場所にある隠し港で100人ぐらいが住んでいる。ノースレイク村からの分村で通称を下の村という。まだ完成していない。マックスは人が集まっている場所に鉄騎士を停める。先頭の男が出迎えた。
「よく来た、マックス。しかしとんでもない物だな、予め聞いてなかったらどうしていたやら。」
鉄騎士を見上げてそう言ったのは下の村の長ダンである。時々ギルの下に来ていて、その時にマックスをかわいがってくれた。血縁はないがギルバートとは義兄弟の契りを交わしており、家族同然の付き合いがある。マックスは鉄騎士から飛び降りると差し出された手を握った。
「ひさしぶり、ダンおじさん。しばらく世話になるよ。」
「おう、しばらくと言わずずっといてくれてもいいぞ。仕事はいくらでもあるしな。」
「仕事?」
「ああ、今は堀を作っている。とは言っても手が開いた時にしかやってないから、ここ半年ぐらい全然進んでいない。だから手伝ってくれると助かる。」
そう言われてよく見ると大河から伸びている水路は20mもない。大河側は木の板で塞き止められているので水はまだ入っていない。
「確かにそうだ。これじゃあいつ終わるか分からないな。」
「だから手伝ってくれと言っている。まあとりあえず入ってくれ。そのでかいのは・・・適当に停めておけばいいか。」
後の4人がダンに連れられて村に入っていった。マックスは鉄騎士で移動し家が並ぶ手前で止める。遠巻きに見ていた子供達が珍しそうに近寄ってきた。
◇
翌日からまだ短い堀の中に鉄騎士を入れられることになった。これはウルフからの提案である。レオナルドがこれはそんなことに使う物じゃないと反対したが、これこそが本来の使い方だったと言われた。レオナルドは意味が分からないと聞き返した。常に戦闘が行われているわけではない。戦闘外では陣地を作ったり塹壕を掘ったりするのに十分な力を発揮する。そう説明されるともう反論できなかった。他の連中は当たり前のように受け入れている。それが腹立だしかった。
「マックス、まずサイドアーマーを外します。これが土を削り掬ってどかす道具になります。ドーザーというそうです。」
マックスは操縦席に座っていた。その横にいるウルフがサブコントロールモニターを操作する。ズズンと音がして右のサイドアーマーが外れた。
「今の操作、できますか。」
「おう、やってみる。ここを押して・・・こうだったな。」
「そうです。それで出てきた全身の絵の左のサイドアーマーを選択して下さい。そうです。それで次の選択肢が出てきましたのでこっちを・・・。」
ウルフの支持でマックスがモニターに触れる。またしても外で同じ音がした。
「しかしよく分かるな。書いてあることが分かるようになったのか?」
「ええ、幾つかは。言語は近いのですが例外が多過ぎてまともには読めません。ただ絵図が多いのでそこを突破口に解読しています。それにこの画面、タッチパネルというのですが感覚的に操作できるので助かっています。」
「なるほど、それで次はどうするのだ?」
「外したアーマーを前の脚に固定します。それで土を削り掻き分けることができます。ドーザーというそうです。手で持てばショベルになります。これらを使えば2、30人分の仕事ができるでしょう。」
「分かった。」
マックスは4つのレバーを操作して鉄騎士を動かす。上半身を90度回し、外したサイドアーマーを持って前脚の前に置く。微妙な操作でそれを固定した。もう一つは手に持つ。それだけ済むとウルフはコックピットから降りた。
「いいですか、まずこれが入れる幅まで広げます。もし土が堅ければアックスを叩き込んでほぐして下さい。」
「了解。」
指示通りの工程で鉄騎士が堀の中に入る。そこで動きが止まった。
「次どうするんだ?ドーザーは前にしかないぞ。」
「外して後ろ側に。上半身を回転させればそちらが前です。」
「そっか、当たり前と言えば当たり前のことだな。」
ドーザーが組み換えられた。これで工事が始められる。削って出た土は村側に積まれた。ウルフとソフィとアーク、そして数人の村人がそこから石を分別して堀の中に落とす。そこを鉄騎士で踏んで固めた。堀の壁にも石を積む。これは力のあるアークの仕事になった。余った土は防塁として固める。これならば賊徒や魔物から村を護ることができるだろう。ちなみにレオナルドは一切手伝っていない。白い目で見られたが全てを金で済ました。ぼったくられていることも知らずに。
◇
堀の工事が始まって10日が経った。6月もそろそろ半ば、日に日に堀がその長さを伸ばしていく。さらに数日が過ぎてとうとう村の反対側の大河に繋がるところまできた。いきなり水が入ってこないように木の板で堰を作る。皆の手作業で土を除けて一応の開通を遂げた。鉄騎士はスロープを作って外側に出した。堀に水が満ちると内に入れた鉄騎士は出ることができなくなるからだ。今は木の板を渡して仮の橋としている。
「とりあえずは完成したな。こんなに早くに終わるとは思わなかった。君達の助力を感謝する。」
「水臭いな。同じ村の仕事、手伝うのは当たり前じゃないか。それより橋はどうするんだ?これじゃ鉄騎士が通れない。」
「跳ね橋にする。丈夫な石橋にするには金と技術がない。それに鉄騎兵が通れるような橋はいらない。上の村に来た賊徒みたいに鉄騎兵を持ってくる者がいないとも限らないしな。あとは正門と見張り櫓も作る。村の防備はそれぐらいで十分だろう。」
「また時間がかかりそうだ。もう少し手伝おうか?」
「いや、もう十分だ。マックス、お前達を何時までもここに留めて置くわけにはいかない。義兄(兄上)に叱られてしまう。」
「そうか、じゃあそうする。出立は明日か、まあ荷物を整えてからにしよう。」
「それがいい。足りない物があったら言うがいい。村から出させてもらう。おっと断ったりするなよ。報酬代わりとしては安すぎるぐらいだ。それとこいつの完成を祝って宴をしよう。」
ダン村長の言葉に村人が喚起の声を上げた。娯楽の少ない田舎の村である。このような催しは大歓迎だ。
◇
満月の光の下、宴が始まった。村長ダンによって酒が今回の功労者であるマックス達に振舞われた。上の村では未成年だから親の許可がなければ飲めない、だがここは下の村だ。主賓から始めなければ皆が楽しめない。今は上の村とは縁が切れているから一般的に成年とされる15才を理由に問題ないと判断した。
「堀の完成とマックス達の旅に乾杯!」
「「「乾杯!!!」」」
皆が杯を天に掲げる。最初の一杯が皆の喉を潤わせた。山のように盛られたご馳走に手が伸びる。マックスは適度に酒を嗜む。決して過ごさない。父親の酒癖から生じた幾つかの武勇伝を聞いていたからだ。ソフィは口をつけるだけでそれ以上飲まない。気分を悪くする者を癒すのは癒し手の役割と思っているからだ。アークは注がれた酒は飲む。自分からは促すことはない。実はアークはざるである。幾らでも飲め、幾ら飲んでも酔わない。つまり水や果汁と何ら変わらない。お前に飲ませるぐらいなら大河に飲ませた方がましだと言われたこともあった。レオナルドは好き勝手にしている。
残念ながら今ここにウルフの姿はない。それには理由がある。今日があいにくの満月だからだ。魔法を使う者は満月の影響を強く受ける。特に強い月の光を浴びると心が騒ぐ。人によって違いはあるが破壊衝動が現れる。ソフィはそうでもないがウルフは特にそれが強い。ソフィが使うのが治癒の魔法だからか、ウルフが炎の魔法だからか分からない。だからウルフの就寝は早い。寝ている間なら破壊衝動に襲われることもない。何故か意識が覚醒した。建物の隙間から光が漏れている。
「光が青い?まさか月が・・・」
ウルフは寝床から飛び出した。扉を開けて外に出る。頂点から青い月が照らしていた。
戦いに前兆があるとは限らない。戦いに絶対はない。一歩の踏み込みが生死を分ける。
次回鉄騎士物語第9話「WITH THE LIGHTSOUT,IT’S LESS DANGEROUS.』
お楽しみに!