DO YOU KNOW WHAT THAT’S WORTH?
サブタイトルのWORTHは価値、つまり価値を分かっているのか?という意味です。
ここで貨幣制度について
・金貨1枚=10000円程度 5gで中央に四角い穴が開いている。帝室によってのみ造幣されている
・銀貨1枚=1000円程度 同じく5gで少し大きい。公爵、侯爵家以上で造幣されている
・銅貨1枚=100円程度 黄銅製、銀貨と同じ大きさ。伯爵家以上で造幣されている
・棒貨、板貨など=10円程度、銅や鉄でできた不定形の貨幣。男爵家以上で造幣されている。基本的には自領でしか使用できないが大貴族の物は一般的に流通している。
・宝石貨1個=10万円程度 ダイヤモンド、ルビー、サファイヤなどの0.5ctの球状の宝石は貨幣として扱われる。
非常識にも程がある。レオナルドは鉄騎兵に引かれる馬車の中でずっとそう思っていた。同乗しているソフィという少女がいろいろと話かけてきてくれたが、無意識に返答していて何も覚えていない。ただ誰も不快になっていないところを見ると親父譲りの話術が役には立っていたようだ。目の前にずっと鉄騎兵が映っている。金貨1000枚の軍馬に馬車を引かせる馬鹿はいない。金貨10万枚の鉄騎兵で馬車を引かせる馬鹿はここにいた。同乗している3人もそれを何の疑問にも思っていない。それが何とも腹立だしかった。
村を出立して3時間は経っただろうか、鉄騎兵が速度を落として停止した。
「わりい、ちとしょんべん。」
飛び降りてきたマックスはそれだけ言うと道の外れの草むらに飛び込んで行った。残された4人の内レオナルドを除く3人が馬車から降りて、凝り固まった身体を伸ばす。しばらくしてマックスが戻ってきた。
「どうです?疲れますか?」
「ああ、思ったよりきつい。」
「では私が代わりましょうか?」
「できるのか?」
「ええ、簡易モードなら問題ありません。ただ少し遅くなります。 」
鉄騎兵の操作には二種類のモードがある。全ての動作を乗り手が行う戦闘モードと、移動のみを行う簡易モードである。簡易モードでは右手のレバーで左右の旋回、左手のレバーがシフトチェンジ、右足のフットレバーがアクセル、左足のフットレバーがブレーキを担当する。上半身の操作はしない。
「ああ、問題ない。あと10kmぐらいで休憩所だ。」
「分かりました。10kmだと2時間ぐらいですかね。」
「まあそんなところだろう。」
休憩所とは道の32km毎にある小屋のことである。基本無人で食料もないが、水が引いてあり火も使える。旅人や狩人が簡易の宿として使っている。今日中にそこまで着いておきたい。
ウルフは外部から操作して乗りやすい姿勢に変える。右手に乗ってコックピットまで運んでもらった。やがてゆっくりと鉄騎兵が動き出した。ソフィとアークは外を歩いている。狭くて気疲れする空間に飽きたらしい。マックスは仰向けになって目を瞑っている。寝ているわけではない。
「この鉄騎兵なんだけどな、唯一つの存在ってことを知っているか?」
「そうらしいな。」
「親父はこいつこそが鉄騎士だと言っていた。没にしていた名前の一つだそうだ。」
「没?」
「騎士と称するには貫禄が足りない。それに騎士は貴族に仕える武官の総称だから非礼かもしれないと騎兵で言葉を濁したらしい。」
「なるほど鉄騎士か、悪くない。」
いかにも唯一なその名が気に入ったらしい。マックスは体を起こすとにやりと笑ってそう言った。
「ちなみに鉄騎兵に乗る者がなんと呼ばれているか、知っているか?」
「いや知らない。」
「トループライダー、西都では尊敬と畏怖の念を込めてそう呼んでいる。」
「ふ~ん、なるほど・・・・そうだ、いいことを思いついた。これから俺はナイトライダー、マックス=ナイトライダーと名乗ることにする。」
今現在村の庇護から外れている。だから村名のノースレイクは使えない。何かよい姓はないかと考えていた。平民の姓など適当なもので生まれの地名、職業や心情や目標などから自由につける。ウルフは探求者、ソフィは紅とした。アークはまだ決めてない。マックスはいい姓を思いついたと得意になった。
◇
山小屋に着いた一行は夕食にすることにした。持ってきたじゃがいもと玉葱と人参、塩漬け肉を煮て器に盛る。それにライ麦のパンをつける。贅沢に慣れたレオナルドが不満そうな顔を見せた。
「これだけ?」
「嫌なら食べなくて結構。」
作ったソフィが冷たくそう言った。村ではこれでも贅沢なぐらいだ。
「嫌とは言ってない。けど肉とか・・・」
「持ってきている肉は干し肉と塩漬け肉しかないわ。肉が欲しいなら獲ってきて。」
「そんなのやったことない。金ならある。それで」
「あなた馬鹿なの?ここではお金に価値はない。そんなことも分からないの?」
レオナルドの言葉に食い気味にソフィが答えた。この旅のためにマックス達は十分な準備をしてきた。森で獲物を獲ってその肉を長期保存できるように加工した。皮はなめして持ってきている。それらの努力を無碍にされた気がしたのだ。そしてその怒気が伝わったのか、レオナルドは黙って食べることにした。
さっさと食事を終えたマックスはクロスボウで遊んでいた。50cmくらい木の板に適当に二重丸を描いた物が的で山肌に立てかけている。距離は20m程度、右左に移動しては立ったまま撃つを繰り返している。食事を終えた皆も集まってきて見物する。手持ちの矢を撃ち終えたマックスは的から撃った矢を回収して戻ってきた。
「あんまり上手くないな。」
空気の読めない言葉を発したのはレオナルドである。確かに命中率は4割程度で、撃った本人も首を傾げていたからそう通りなのだが人に言われて面白いはずもない。つかつかつかとレオナルドに近寄るとクロスボウを手渡した。
「じゃあお前もやってみろよ。」
「いや、何で俺が・・・それにやったことないし。」
「知るか。批評するなら力を見せろ。」
突っかかってきたマックスにレオナルドがたじろぐ。その間にウルフが割って入った。
「ではこうしましょう。レオナルドは半分の距離、マックスはこのままで撃つ。中央は3点、その周りは2点、的の外部は1点、10本撃ってその総得点で競いましょう。」
「そっそれなら。」
「俺もそれでいい。でもただやるだけじゃ張り合いがない。ちょっとした賭けをしよう。そうだな・・・負けた方が明日の朝、相手の皿を洗う。まあそれぐらいでいいか。」
「分かった。でも練習ぐらいいいよな。やったことないと言っただろう。」
「好きにしろ。俺は構わない。」
しばらくレオナルドが練習する。距離が短いこともあってそれなりに当たるようになった。
「よし、本番いくぞ。」
レオナルドはそう言うと改めてクロスボウを構えなおした。それなりに当たる。3点1本、2点3本、1点2本で8点で終えた。さっきのマックスの4本に較べれば悪くない。得意げにマックスにクロスボウを渡した。マックスが無造作に矢を放つ。当たる。次々と撃った矢が的に刺さった。結果は3点2本、2点3本、1点3本で15点だった。レオナルドが唖然としている。
「あんた馬鹿ね。あんな撃ち方でマックスに勝てるわけないじゃない。」
「あんな撃ち方?」
「マックスに付き合って立ち撃ち(スタンディング)で撃つから負けるのよ。膝立ちが一般的ね。」
「だったら教えてくれればよかったのに。」
「常識よ。わざわざ教えに行くようなことじゃないわ。」
「そこまで言うならお前にもできるんだろうな。」
レオナルドにはソフィが鼻で笑ったように見えた。引っ込みがつかなくなったレオナルドがソフィを挑発した。
「いいわ、でも私はそれは使わない。ちょっと待ってて。」
ソフィは荷車から革紐のような何かを取ってきた。少なくともレオナルドにはそれが何か分からない。頭上でぐるぐる回転させて何かを飛ばした。的の中央付近で音がする。小石が地面に転がった。
「何だそれ?」
「投石紐よ。教義で矢は使わないようにしてるの。」
教義とは紅の癒し手のものである。近接、遠隔のいずれにしても斬ることを刺すことをなるべく禁じている。理由は間違って殺してしまう可能性が高いからである。ソフィは投石紐の訓練も十分にしていた。結果、3点1個、2点6個、1点2個で16点となった。レオナルドに勝つどころか3人の中で1位である。レオナルドの開いた口が塞がらない。しばし呆然とした後、そのとばっちりがウルフに飛んだ。
「お前だ、お前もやってみろ。」
「はあ、懲りない人ですね。洗う皿が増えるだけですよ。」
「うるさい。」
「分かりました。では私は私のやり方でやります・・・・・・・・・・行け!」
ウルフは大きく息を吸うと魔素を導引する。裂帛の気合と共に4本の炎の矢が的に向かって飛んだ。全て的の中央、この時点でレオナルドより上である。
「続けますか?」
「もういい。次はお前だ。まさかできないとは言わないよな。」
最後に撃つのはアークとなった・黙って頷くとソフィと同じく何か取りに行った。戻ってきた時には大型のクロスボウと毛布を入れた寝袋を手にしていた。地面に寝袋を置く。それを背に仰向けに寝ると膝を立ててクロスボウを構えた。肩にストックを当て膝でクロスボウを持つ左手を安定させる。じっくりと時間をかけて矢を放った。的の中央に矢羽寸前まで埋まった。次の矢を撃つためにレバーを引く。緩慢とも思える動作にレオナルドがいらつく。結果は3本が連続で中央に当たった時点で終了となった。
「くそっ、お前らおかしいぞ。なんか間違ってる。」
「そうですか?村では常識なんですがね。」
ウルフの言っていることは事実だ。こんなことは遊戯であり、いずれ生活となる。金で全てが解決できる西都とは違う。つまりその西都でぬくぬくと育ってきたレオナルドとは根本的に価値観が違うと認めざるを得ないと思った。こいつらを相手に金勘定は通じない。親父からの使命は達成できる気がしない。
満月は心を騒がせる。それが青ければ尚更だ。
次回鉄騎士物語第8話『TALKING TO THE MOON』
お楽しみに!