BREAK IT DOWN!
サブタイトルのにあるBREAK DOWN
噛み砕いて説明する、分解する、壊れる、打ち解けるとか一度バラバラにするという意味ですが、ここでは違う意味で使っています。
ロック、ヒップホップの合間に入るBreak it down!は正確な対訳がありませんが、こっから行くぜ!と言った意味で使ってます。
あの戦いの後、こっぴどく叱られたマックスとウルフは村長宅の地下牢に入れられた。1日経った今もそこにいる。粗末な毛布と水だけを与えられて一晩を過ごすことになったが、いくらかの差し入れによってさほど不自由はしていない。やはり村が助けられたことに感謝する者は少なからずいて、村長の意に反してこっそりと持ち込まれたのだ。
「暇だな。ちょっと出ていいか?」
マックスは瞑想しているウルフに声をかけた。
「どうぞ。いない間のことは任せて下さい。」
「そっか、悪いな。じゃあ行ってくる。」
答えを待つまでもなくマックスは鉄格子に手をかけて鍵に針金を突っ込んでいた。断られることなど考えてもいない。あっと言う間に鍵が開いた。今までに何度も入れられている牢屋である。こんな鍵は目を瞑っていても開けられるし、そのための針金は服や靴にいくつか隠してあった。扉を開けて出ていこうとしてウルフを振り返った。
「ああ、そうだ。何か欲しい物はあるか?」
「そうですね・・・例の部屋から本を。できれば赤い背表紙の本がいいですね。」
「最近読んでたあれか?分かった、取ってくる。」
マックスは音を立てないように扉を開けると静かに出ていった。残ったウルフは毛布を幾つか組み合わせてマックスが不貞腐れて寝ているように見せかける。それだけやってから目を閉じた。魔導士であるウルフにとって静寂の時は宝である。大気の中にある魔素、その流れを感じ、動かすことは魔素を導引する鍛錬になる。
実は今回の戦いに際して師父の魔導具を無断で拝借していた。魔導具は魔素の導引を補助する、とくに質のよい魔導具は導引する時間を短くし、強力な魔法の使用を容易にする。賊徒達に自身の脅威を示すためにはどうしても必要だったと釈明した。師父は頭ごなしに叱らなかった。口がきけないからではない。長年一緒にいる故に言いたいことは目を見れば分かるし、唇を読めば言葉も分かる。だから追求は厳しかったが自身の心中は全てさらけ出した。罰は甘んじて受ける、魔導具が必要ないぐらいに精進する、それも語った。師父は黙って魔導具を受け取った。約束は守る。
◇
ソフィとアークは自宅の自室で謹慎中である。マックス達に較べてば甘い罰であるが、これは2人がマックスの我が儘に付き合わされたことが明白であると判断されたからである。また、もし加担しなかったとしてもマックスは例え一人でも実行したであろうことは皆が想像できた。だから最悪の結果を防ぐために加担せざるを得なかったことも考慮に入っている。事前に大人に知らせるべきだったとの指摘には、ソフィは仲間は裏切れないと、アークは4人で決めたことだとだけ答えた。その結果に対して受けるべき罰は受けるとも答えた。
自室にいるソフィは黙々と薬を作っていた。治癒の魔法は万能ではない。傷、病気、毒など症状に応じた薬でその効果を補完しなくてはならない。買うこともできるがこの村で作れるのは母親のエルザと自分だけである。そして薬を作っている間は無心でいられた。その感覚は嫌いではない。
アークはもっと簡単である。自室で槍を構えてじっと動かない。狭い部屋でできることは少ない。ならただ構える、それだけで鍛錬になると思っている。実際構えが崩れていれば腕が重くなったり、よろけたりする。真に強い者は立ち姿すら美しいと父さんから聞いた。だから自分もそうありたいと思っている。
◇
今村民の関心は村の中央に鎮座する鉄騎兵にあった。父ギルの命令でマックスがここまで動かして3日経っているが、それはまだ変わっていない。村長のギルが乗ろうとしたが、閉められたハッチは開かない。何度かマックスとウルフに詰問したが頑として口を開かなかった。
「ギル、君にお客さんだ。」
鉄騎兵の前でしかめっ面をしていたギルにエドが声をかけた。
「誰だ?」
「オーエン。」
「分かった。すぐ行く。」
その名は西の都の商人でブルームーン商会の回頭オーエンのことである。村長の知己で年に2回、3月と9月に船に荷を積んでこの村に来る。一通り売る物を売ったら、今度は村の産物を買い取って戻っていく。5月末のこの時期に来ることはない。ギル嫌な予感がして港に急いだ。見慣れた船があり小太りの男が立っている。間違いなくオーエンだ。
「何をしに来た。」
「トラブルがあった。例の物が欲しい。」
「駄目だ。あれは年に2つまでとしたはずだ。」
「そこをなんとか、帝国騎士団に卸すあれを違えることはできないんだ。」
オーエンが手を合わせて頭を下げた。下手に出つつ権威を笠に着た恫喝も含んでいる。もう15年は付き合いがあるギルには通じない。何かあると確信した。
「全て話せ。まずはそれからだ。」
「・・・実は本来納品するあれが盗まれた。いや、うちじゃないぞ。サンライズ商会で卸されてからだ。どこに行ったかは分からん。」
「それでか・・・おい、そいつがどこに行ったか、教えてやる。この村だ。」
「へっ!?」
オーエンは驚きを隠せずに間抜けな声を出してしまった。
「あれに乗った賊徒が金貨1000枚を恫喝してきた。6日前の話だ。」
「1000枚か。だがその程度の金、お前なら払えるだろう。それでどうなった?」
「俺の息子が退治した。今や村の英雄様だ。腹立だしいほどにな。」
「自慢に聞こえるな。」
「馬鹿を言うな。俺の知らない内に鉄騎兵を持っていてそれで倒した。叱る以外の言葉が出て来んわ。」
オーエンはにやにやとギルを眺めた。怒気に優越感が内包されているような表情、こんな友人の姿を見るのは初めてだと思った。それと一つ名案を思いついた。
「ならばすぐに動く鉄騎兵はあるということだな。見せてくれないか。」
「構わないがあれは駄目だな。」
「何故?」
「あ~・・・いや説明するより見た方が早いな。行こう。」
ギルはオーエンを連れて村の中央に向かうことにした。その前にオーエンは船員に船荷を下ろす様命じる。時期外れだが店を開く準備はしてきた。店開きはもうすぐだ。
◇
「これは・・・。」
その鉄騎兵を見たオーエンは言葉を失った。何たる風格、何たる力強さ、今までの鉄騎兵とは違う。売る相手を間違えなければ金貨で10万枚、通常の10倍の値で売れると見積もった。
「乗っていいか?」
「できるならな。」
「?」
意味深な言葉にオーエンは首を傾げた。気を取り直して脚部の操作パネルを開けた。火は入っている。開ける操作をしたが反応はなかった。
「どういうことだ?」
「資格のない者には操作できないらしい。」
「そんな方法があるのか?」
「分からん。教える気もないそうだ。」
「連れてきてくれないか?」
「・・・いいだろう。だが期待するなよ。」
ギルは少し考えて答えた。そして地下牢へと降りていく。息子が嬉しそうな顔で出迎えた。どうやら聞こえていたらしい。
◇
結局オーエンがマックスとウルフの2人から得られた情報は多くはなかった。この鉄騎兵は村の近くで見つけて組み立てたこと、当然その場所は秘密であること、マックスとウルフ以外は動かせないことの3点だけであった。
「ごめんな、おじさん。」
「いや謝る必要はない。お前は間違っていない。情報は金だからな。でだ、幾らなら教えてくれる?金貨100枚ぐらいなら払ってもいい。」
マックスの後ろのギルが厳しい顔をした。そんな大金をちらつかせてくれるな、そんな顔だ。
「悪いが金じゃない。俺だけの秘密って訳じゃないしな。」
「後ろの君、確かウルフと言ったな。君はどうだ?」
「申し訳ありませんが答えられません。」
「そうか。私も立場が逆なら同じことを言っただろう。君達はいい友達を持っているな。それは自慢していい。」
「知ってる。じゃあまた。旅先で会えるといいな。」
それだけ言い残してマックスは駆け出した。ウルフが一礼してから後を追う。オーエンはどういう意味かとギルの方を見た。
「近い内に旅に出る。知っているだろう、この村の風習だ。」
「ああそうか。もうそんな年だったな。それでどこに行くのだ?」
「分からん。鉄騎兵で荷車を引いて当てもなく旅に出るらしい。」
「こいつでか?」
常識外のことに声が高くなった。鉄騎兵を馬の代わりにした例は聞いたことがない。
「お前から止めてはくれぬか?あまりにも不穏すぎる。」
「・・・旅立ちの時に一言だけは言わせてもらう。」
オーエンは一縷の望みを得た。この村に留まるなら希望はないが、外に出てしまえば方法はないでもない。一瞬の沈黙の間にそこまで考えて友人の頼みを聞くふりをした。
◇
その二日後の正午、村の正門に鉄騎兵が大きな荷車を引きながら現れた。荷車といっても金属のフレームで作られた頑丈な物で幌もしっかりしている。荷車の中は食料、水、その他ありとあらゆる物で溢れていて4人が旅するには十分過ぎると皆が思った。
「じゃあ行ってくる。」
「ああ、行ってこい。中途半端で帰ってくるな。」
マックスの挨拶はそっけないものだった。まだ鉄騎兵から降りて父親と向き合っていただけましである。ソフィとアークは家を出る前に両親と最後の会話は済ませてきていた。ウルフに至っては今更話すことはないらしい。ただ選別として幅広の曲刀を貰っていた。ウルフには使えない。だからそのまま荷物になっている。
「マックス、やはり鉄騎兵はまずい。馬では駄目なのか?」
ギルとの約束通り残っていたオーエンが忠告した。
「ウルフがいる。馬は使えない。」
「???」
オーエンは何のことかとギルの方を見る。エドがしまったという顔をした。
「名は体を現すのか、あれは動物に嫌われている。犬は尻尾を巻いて逃げる。猫には威嚇される。牛、羊、山羊に至ってはものすごい勢いで逃げ出す。一度馬車に乗せた時は暴走して止めるのに苦労した。」
「それは先に聞いておきたかったよ・・・・・マックス、私が止めるには理由がある。こいつは武器だ。それもとびきりの武器で他に追随を許さない。貴族によっては入領を断られることもあろう。その当てはあるのか?」
「ない。考えてもなかった。」
「正直でよい。では選別だ。その手助けができる者をつけてやろう。おい。」
そう言うと後ろに立つ青年を前に出る様声をかけた。不貞腐れたような顔をした小太りの青年だ。なんとなくオーエンに似ている。
「こいつを連れていけ。私の息子のレオナルドだ。一通りの交渉事はできる。ある程度なら貴族と付き合いもある。ブルームーン商会の名を出せば便宜を図る事もできよう。」
「おい、オーエン。話が違う。」
「こいつが人の言うことを聞くタマか?お前にも覚えがあるだろう。」
言葉もない。ギルが旅に出た時も大人の忠告は無視した。はじめに出た先から向きを変えて人跡未踏の地へと足を踏み入れた。今の自分が同じことをすると言ったら止めただろう。
「そういうことだ。存分にこき使ってくれ。」
「え、いや、どうしよう。」
返答に困ったマックスがウルフ達に助けを求めて目を泳がした。3人が顔を合わせる。無言のままウルフに一任された。
「外を知る者がいるのは心強いと思います。十分な食料もあることですし来てもらってもいいでしょう。」
「そうか、まあウルフがそう言うならそれでいいや。」
マックスがそう言うと父親に押し出されて前に出た。マックスが出す手を握って参入が認められた。その後残る3人とも握手する。全員が荷車に乗り込むとマックスは鉄騎兵を動かした。村人が手を振って見送る。荷車の後ろから顔を出したソフィ達も手を振ってそれに答えた。
剣は斬る、盾は護る、鉄騎兵は何に使うのだろう?
次回鉄騎士物語第7話『DO YOU KNOW WHAT THAT’S WORTH?』
お楽しみに!