GIVE ME A BREAK!
サブタイトルのGIVE ME A BREAK!
直訳すると休みをくれですが、実はいろいろ使い勝手のある慣用句です。
長々とした説教や会議にぶちきれてこの言葉を発すれば、いい加減にしろ!
ふざけて高額な会計を押し付けられそうになった時に笑いながら使えば、冗談だろ
ちょっとした失敗を責められた時につかえば、勘弁してくれとなります。
賊徒がなぜこんな所にいるのか、なぜ少年達だけが戦いに身を投じているのか、大人達は何をしているのか、それを理解するには時を3日ほど遡らねばなるまい。、
◇
「父さん、あそこっ!」
一番最初にその異変に気付いたのは物見やぐらの上にいるアークだった。アーク=センチネル、年は15になったばかり、つぶらな瞳はヘイゼル、短く刈り込んだ髪の毛は光沢のない亜麻色で温厚そうな風貌だが、2mを越える身長がどこかちぐはぐな印象を与える。そのアークが指差すライ麦畑の向こう、雑木林の間道から無機質なガラス窓が顔を覗かせた。
「あれは・・鉄騎兵、いかん、鐘だ、鐘を打て!」
「鐘?、幾つ?」
「3つ、いや5つだ。打ち続けろ。」
「はっ、はい。」
アークが一瞬ためらったのも仕方がない。鐘の数には意味がある。1回の鐘は日の出、正午、日の入りを表す。2回は村民の招集、3回は緊急の召集。例えば火事や魔物に対する時に使う。そして5回とは村からの緊急避難を意味する。アークの知る限り鳴らされたことはない。
カンカンカンカンカン!カンカンカンカンカン!カンカンカンカンカン!カンカンカンカンカン!カンカンカンカンカン・・・・・・・・
しかし残念ながらその意図は正しく伝わっていない。村人が何だ何だと村の入り口に集まってきた。アークも諦めてやぐらから飛び降りると父親を一緒に村の正門に走る。鉄騎兵が村の正門にたどり着いた時にはまさしく皆で出迎えに集まっている形になっていた。
村の正門に鉄騎兵が止まった。後ろに掴まって乗っていた何人かが飛び降りて展開して威圧し始める。鉄騎兵の外部スピーカーから大きな音が響いた。
「金貨1000枚を用意しろ。それでこの村を保護してやる。」
「それは無理だ。この村にそんな金はない。」
唐突な要求にアークの父親エドガーが反射的に答えた。本来なら村民の合議で物事を決める。それは理解しているのだが思わず言葉が出た。当たり前である。そもそもこの村に余剰の金貨などないのだから。ちなみにこの村の人一人の年収は金貨100枚程度であるが、実際には貨幣はほとんど使われない。ほとんどが地産地消、物々交換ですむからである。
「ならば金目の物でいい。ただし食い物は駄目だ。」
「私の一存では決められん。他の者と相談せねばならぬ。」
「好きにしろ。だがその前にこいつの力を見せてやる。」
鉄騎兵の右腕が上がり二の腕のアームガンが物見やぐらに向けられた。パシュッと圧縮した空気の破裂音がして何かが発射される。次の瞬間やぐらから火が上がった。
「何をするっ!」
「3日後の昼にもう一度来る。次はやぐらだけではすまさん。よく考えろ。」
冷淡にそう言い残すと鉄騎兵は元来た方へと去った。皆の視線がエドガーに集まる。衛兵さん、どうする?そんな声も聞こえてきたが答えることができない。しばらくの沈黙の後、皆の招集を告げた。アークはやぐらの瓦礫の中から適当な木の板と棒を手に探す。打つ回数は3回、村にいる全ての人に聞こえるように村中を歩きながら打ち続けた。
◇
太陽が沈む頃、村の中央広場に人が集まってきた。昼に起きたことが伝わる度に諦念が伝染していく。どうしても家から離れられない者と未成年を除いて約200名の村民が暗い顔を並べて座っていた。その前に村の三役が座る。
三役の一人は村長ギルバート=ノースレイク、マックスの父、30半ば、茶色の髪と目、濃い顎髭、頑固そうな外見はそのまま内面を表している。妻は生別、都会から帰ってきたギルについてきた彼女は、マックスを産んで10日と経たずに村から姿を消した。貧しい村の生活に耐えられないと置手紙があったらしい。その言葉のせいか彼が村長となった後狂ったように村を富ませることに従事している。その結果、以前とは比べ物にならないほどの利便性を得て村民の信頼も厚い。
その左に座るは魔導士のファング=グレイブキーパー、ウルフの師父、齢80を越え長く白い眉が目を覆い隠している。30年程前にひょっこりとこの村に現れ、墓守でも何でもするから住まわせてくれと頼んできた。初めは皆が訝しんだが老齢であること、喉に掻っ切られた様な傷痕があって発声できないことなどが哀れまれて村に住むことが許された。そして今は最長老であることと深い知識が買われて相談役となっている。
そしてエドガー=センチネル、ソフィとアークの父、40前半、青い目と金色の髪といかにも貴族っぽい風貌をしている。実際にかつてはとある貴族に仕える騎士であったが、戦で右足の膝から下を失い幾ばくかの手切れ金で放逐されている。その後荒れた生活をしていたが、この村出身の娘エリザに看病されている内に改心し、失った右足に義足をはめてこの村の衛兵をしている。
。村長のギルが立ち上がる。皆が静まり返る中、口を開いた。
「おそらく皆も聞いてはいるだろうが、先ほど来た者が金貨1000枚を要求してきた。あの巨大な鎧の化け物が鉄騎兵、一個師団の兵でも対処できないとされる存在だ。」
その言葉には多数の者と同じく諦念が感じられた。要求を断れば全てが失われると言外に伝えようとしているのだ。それでも一部の、村人でも血気盛んな若い者が納得いかない顔をしている。そのうちの一人が立ち上がって口が開く。
「村だけでは対処できない、それは分かる。だったら助勢を頼むべきだ。たしか何とかいう貴族様が何かあったら手を貸すと言ってたはずだ。」
「その侯爵様のことなら無理だ。どう考えても時が足りん。河を下るだけでも二日はかかる。それにだ、天領であるこの村に対して援軍を出してくれるとは思えぬ。貴族とはそんなものだ。」
「だったらどうするのだ!?」
「どうにもならん。ならば結論は決まっている。今回は要求に従う。異論は認めん。」
「何勝手に決めてんだよ、徴収してもあるか分からんぞ。」
「誰からも徴収する気はない。」
「どうすんだよ!」
「金はある。」
「どこにだ?」
「答える必要を認めない。とにかく金はある。それを渡す。それで終わりにする。」
その言葉には全てを拒絶する意思が感じられた。両隣にいる二人は表情一つ変えずにいることからも決定事項なのであろう。そのことを皆が理解した。自らが払う必要はないならそれでいい。弛緩した空気が漂いはじめる。その中に新たな不協和音が近づいてきた。
「マックス、何だその格好は?いったい何しに来た。」
「ふん、知れたこと。奴等に夜襲をかける。その為に集まったんじゃないのか?」
その生意気な声の主はマックスであった。年は16、紅い髪と茶色の目、本人に自覚はないが相当な美形である。こわい髭に厳つい顔つきの父親にはあまり似ていない。そのマックスが焚き火の明かりにその姿を現したのだ。左の腰にククリナイフ、右の腰にクロスボウ、腰の後ろにもククリナイフをさらに1本、白のレザーベストはクォーレルがいっぱい刺さっていた。
「そうだ!そのとおりだ。」
「その手があったか。なんで気付かなかったんだ。」
村長の言葉に意気を失っていた青年達が色めき立った。意に沿わない決定を覆すことができるかもしれない。“余計なことをしてくれた。”村長の顔色が変わった。
「駄目だ、夜襲など許さん。」
「なんでだよっ!」
「怪我をする者がいたらどうする。命を落とす者がいたらどう責任を取るのだ。お前の無責任な意見で無用な血を流すわけにはいかん。いや、これは決定事項だ。お前ごときの意見で何ら変わることはない。」
「納得いくかっ!そんな答えで。」
「納得しなくてもいい。そもそも子供のお前に口を出す資格はない。決定に従え。」
「いいかげんにしてくれっ!いつもはもう大人なんだからと言うくせに、今は子供扱いかよ。勝手に人の立場をころころ変えてくれるな。だいたいこっちにだって鉄っき!」
マックスの言葉が途中で止まったのはその背後から肩に手をかけられたからである。初めからいたのだがその存在は夜の闇に溶けて誰も気付いていなかった。
「もう止した方がいい。君の父上の言は正しい。」
「おい、ウルフ。お前まで何でっ!」
「ここは引け。悪いようにはしない。」
「・・・・・・・・っ」
この2才年長の友人は普段丁寧な言葉を使う。そのウルフが強い言葉に出たということは理がないということだ。拳をぶるぶると震えるぐらい強く握られる。ウルフを睨みながら握って開いてを何度か繰り返しどうにかして怒りを抑える。マックスは大人達に背を向けると足を踏み鳴らしながらその場を去った。
「子供による無責任な言葉故、忘れてもらえれば幸いです。では旅立ちの準備もありますので失礼します。」
ウルフはそれだけ言い残して静かに立ち去った。大人達はただそれを見送るだけ。だがどこか含むがある言葉に心がかき乱される。
「生意気な青二才め。いったい何様のつもりだ。」
そう口から出てしまった言葉は誰に対してだろうか、マックスだろうか、はたまたウルフに対してだろうか?いずれにしてもマックスに対する悪意は薄まる。それはウルフが勝手に決めた、そしてずっと続けてきた役割でもあった。
こちらを立てればあちらが立たず、あちらを立てればこちらが立たず。相反する命題が彼を悩ます。
次回鉄騎士物語第3話『YOU SPIN ME ROUND』
お楽しみに!