VIRTUAL INSANITY
サブタイトルのVIRTUALはそうではないが事実上を意味し
INSANITYは正気を意味するSANITYに反対を意味する接頭語inがついて狂気を意味しています。
続けると自分は正気のつもりだが実は狂っているかもしれないとしています。
突然、炎が上がった。場所は倒れているウルフの背の上、拳大の炎が徐々に形を変えていく。出来上がった形に誰かが呟いた。
「子犬?」
それは炎で模られた犬であった。何者なのか、もしかしてウルフの魔法によるものなんか、分からない。ただその犬が自身の前足を見て不満そうにしている。何故かそれだけは分かった。真紅の双眸が周りを見渡す。アークに集るゴブリンを見て舌なめずりをした。
「あっ!」
その子犬が一足飛びに堀を飛び越えた。着地して近くのゴブリンに飛び掛る。黒い焦げ痕を胸に残して次の獲物に移った。3匹目のゴブリンを倒すとその上で天を仰いだ。
「大きく・・・なってる。」
先ほどまで子犬サイズであったが、今は中型犬ほどはある。気付いたソフィが呟いた。炎の明るさが増している。5つの炎の鞭が飛び出させてアークを囲うゴブリン5匹を貫いた。それでまた大きくなった。もう犬ではない、大きく美しい炎の餓狼がこの場を支配する。
「炎の餓狼の再来だ。」
村人達が互いに目を合わせる。忌まわしき過去の記憶が表情に恐怖が浮かばせた。ゴブリン達は今現在の恐怖に恐慌に陥った。混乱して誰彼構わず襲い掛かる者、背を向けて逃げる者、しゃがみこんで動かなくなる者、いずれにしてもこの餓狼にとっては餌でしかない。次々とゴブリンを屠っていく。そして立っているゴブリンがいなくなった。堀を飛び越える。村人達は思わず身構えたが一切構うことなく倒れているウルフの横に戻ってきた。
「ウオオオオオォォォォォォォォンッ!」
魔狼の芳香、もう餓狼ではない。満足したように天に向かって長く吼えた。そのままウルフに寄り添い伏せる。魔狼を包む炎が小さくなり、やがてその姿は消えてなくなった。
◇
「ううっ・・・ここは?」
ウルフが目を覚ました。すぐそばにはソフィが控えている。すぐに駆け寄った。
「村長さんの家よ。あの後、皆で運び込んだの。」
「そうですか・・・はっ、それよりアークは、アークはどうなりましたか?」
「大丈夫よ。あの子は傷の治りも早いし、もう外で後片付けをしているわ。」
翌日も正午を過ぎている。アークはとうの昔に目を覚ましてマックスや村人達とともに戦場の後片付けをしていた。ゴブリンの死体は堀から大河に流す。その中にはアークが倒したオーガの巨体もあった。血の染み込んだ土は鉄騎士で掘った穴に埋めていた。
「何が起きたのですか?」
「炎の魔狼、初めは子犬ぐらいのが敵を倒す度に大きくなって、全てのゴブリンを駆逐したのよ。あれは貴方の魔法でなくて?」
「違います。残念ながら私にはそのような力はありません。」
「そう・・・じゃあ、あれは何だったのかしら?まあいいわ、皆が助かったのだから。それより皆に知らせてくる。貴方が目を覚ましたと。」
ああ、いいよ。自分で行くから。その言葉を発する前にソフィが駆け出して行った。取り残されたウルフはベッドから身体を起こして座る。手を伸ばして窓を開けた。青い月の光とは違った太陽の光が暖かい。浄化されたような気がした。
しかし炎の魔狼とはなんだろう。心当たりがない。いや、本当に心当たりはないのか。敵を暗い成長する魔狼、思い出した。さっきまで見ていた夢、目を覚ました時にはすでに忘れていた。その荒唐無稽な内容がソフィの言葉と一致する。あれは夢ではなかった。あれは何だ。自分自身なのか、それとも何かが宿っているのか。答えが知りたい。自分の失われた記憶と関係あるのか。師父は教えてくれなかった。必要ならばいずれ自ら思い出すと。でも知りたい。ウルフ=ファング=シーカー、探求者は自らつけた姓、探しているのは自分自身、今手がかりの一つを見つけたのかもしれない。
◇
マックス達は新たな旅路にあった。いつまでもここにいるべきではない。下の村からはそう言って追い出された。ゴブリンの襲撃からの復興を手伝おうと持ちかけたが一瞬で却下された。感謝はしているが、それに勝る恐怖でもある。故に相応の報酬として食料を送り、完璧な作った笑顔で送り出された。
今鉄騎士を動かしているのはウルフであった。しかし以前とは違って走行に安定がある。マックスより後心地がよい。昼が近づいて鉄騎士が停止する。ウルフがハッチを開けた時にはマックスが目の前にいた。
「急にうまくなったな。コツでも掴んだか?だったら俺にも教えろよ。」
「コツなんか掴んでいませんよ。そもそも自分では動かしていませんからね。」
「自分で動かしていない?」
「ええ、自動操縦というものがあります。試しにやってみましたがどうやら成功のようですね。」
それを聞いたマックスが狭いコックピットに潜り込んだ。
「で、どうやるんだ?」
「ここです。サブコントロールモニターのここ、出てきた選択肢のこちらを押し、更に地図上で目的地を指定すると自動でそちらに移動してくれます。」
「地図?そんなのあったか?」
「本来はあったようですが今はありません。ただ視界の範囲は自動で地図化されます。村からここまでの地図も完成していますよ。ほら、このとおり。」
ウルフはサブコントロールモニターに触れて説明した。今は村からのここまでの道沿いの正確な地図が記されている。
「やっぱお前、すごいわ。」
「大したことありませんよ。ただ鉄騎士にできることを見つけてあげただけです。」
「十分すごいって。じゃあもしかしてこの文字も読めるようになったのか?」
そう言って指差した文字はアルファベットである。ただ今の言語と相違点が多すぎてまともに読めずにいた。当然マックスは放置している。ウルフが解読して教えてくれればそれで十分としていた。
「さすがにそれはまだ。単語だけでなく文法まで例外が多くてとても難解です。発音もでたらめでAと書いてAと読んだり、Eと読んだり、酷い所ではOと読む所まであります。こういった点を建始帝が改めさせたのはやはり偉大であったと言わざるを得ません。」
「うん、まあそれは置いといてだ。戦闘も自動でできるのか?」
「一応はできますがあまり信頼できないみたいです。推奨されていません。」
「そうか。まあ俺もこいつに命を預ける気はしないし・・・さて、飯にしよう。ソフィが待ってる。」
マックスがコックピットから這い出る。その後でウルフも鉄騎士から降りた。
◇
その夜のこと、ここからは今までと違って村の管理下にない。当然道沿いの休憩所もない為、夜は野宿することになった。ただ荷車の中はそれなりの広さはあるので、多少の荷物を整理することで仮宿を確保した。そして賊徒や魔物からの襲来に備えて見張りを立てる必要がある。最初の3時間はウルフとレオナルド、次がマックス、最後がソフィとアークの姉弟と決めた。
ウルフは鉄騎士の中でサブコントロールモニターと向き合っていた。絵図を頼りに言語の解読中である。見張りは鉄騎士の機能の一つで解決していた。近づくものがいたら警告してくれるらしい。その機能が今発揮した。
「俺だ、レオナルドだ。話がある。」
鉄騎士の下にレオナルドが立っている。見張りをすることに渋っていたが仮宿を追い出されて諦めたらしい。ウルフはコックピットハッチを開けると登ってくるよう伝えると、レオナルドが重い身体で上がってきた。
「それで話とはなんでしょう?」
「俺にもこいつを操縦させてくれ。流石の俺でも居心地の悪さを感じる。」
「そうではないでしょう。」
「何がだよ?」
ウルフはレオナルドの表情を見ていた。一瞬だが泳いだ視線に裏があることを悟った。
「貴方はその程度で居心地の悪さを感じる人ではありません。ここ数日を共にしただけでもそれは分かります。ゴブリンの襲来を寝て過ごして白い目で見られて平気な人ですから。それで貴方の目的は鉄騎士ですか?」
「うっ!」
ウルフの急襲にレオナルドが言葉を失った。白状したも同然である。気まずい表情でウルフから完全に視線を逸らした。
「これが欲しいなら気長に待ちなさい。マックスは飽き性ですから。」
「その話、本当か?」
「ええ、彼は身体を動かすことなら大抵何でもできます。一度見たことなら何となく身体を動かしている内に会得できてしまう器用さを持っています。ただ簡単に手に入れただけに飽きるのも早い。例えば自分より上手な者が現れた時、周りが興味を失った時、ただ単に飽きた時とかです。マックスが譲ってもいいと決めるまで待ちなさい。もし無理に手に入れようとするなら・・・。」
ウルフの声が低くなる。いったん区切られた言葉に重みが増した。
「無理やり手に入れようとしたら何だ?」
「私が貴方を殺します。」
「・・・分かった。」
レオナルドの顔色が真っ青になった。心なしか声が震えている。おそらく今まで本気の殺気を浴びたことはないらしい。
「結構、貴方の恐怖を信じましょう。ちなみに一つ聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」
「ああ。」
「この機体に幾らの値がつくと聞いていますか?」
「金貨10万枚だ。」
「なるほど、嫌々でもついてくるはずです。」
すでにレオナルドは自動で返事をするだけの存在でしかない。不貞腐れて答えるレオナルドにウルフは少しだけ助け舟を出してやろうと思った。
「明日、貴方をライダー登録していいかマックスに聞きいてみます。おそらく反対はしないでしょう。それでよろしいですか?」
「ああ、任せる。」
すでにどうでもいいことではあった。レオナルドは敗北を感じたままそう答えるしかな
山の中は奴の縄張り、勝手気ままに振舞うことは許されない
次回、鉄騎士物語第12話『EYE OF THE DRAGON』
お楽しみに!




