NO LIMT
サブタイトルのNO LIMITはきりがないと制限なしのダブルミーニングです。
魔物ゴブリンについて
ゴブリン:身長140cm前後の人型の魔物。額にいぼのような角が幾つかある。知能は低い。強者には媚び諂うが、弱者は徹底的に虐げる。数を頼みにして戦う。
ホブゴブリン:ゴブリンの中でも身体が大きい者。身長は170cm前後で大人一人と同等の戦力がある。ゴブリンを束ねていることが多い。
オーガ:さらに大きな者、身長は2m前後で大人数人と同等の戦力がある。ゴブリンの軍団を率いる。
ウルフは先行した村長ダンに遅れて中央の堰に辿り着いた。堰を挟んで右の堀にはいっぱいの水が入っている。そして左の空堀にはゴブリン達がいて、村長達が堀の上から槍とクロスボウで登ってくるのを阻止していた。堀の向こうからはまだ無数のゴブリンがこちらに向かっているのが見えた。
「まず後続を断ちます。それまで耐えて下さい。」
ウルフはそう声をかけると精神を集中した。魔素を導引する速度がいつもより速い。これも青き月の影響か?一瞬そんな考えが頭をよぎったがすぐに頭から消した。十分な魔力が得られたことを確信して魔法を行使する。今使う魔法は炎の壁、それもいつもよりずっと長いものだ。
「壁よ、出でよ!」
弧を描くように右腕を振ると、それに合わせて炎の壁が現れる。半径5mの半円の炎の弧が堀の向こうの堰を囲った。更に次の魔法を準備する。今の円弧の中にいるゴブリンを一掃する魔法、使うには大量の魔力を必要とする。普段ならその導引には相当の時間を要するが今日は違う。30秒ほどでそれを成し遂げた。なぜができると確信してやった。
「火球よ、爆ぜて焼き尽くせ!」
頭上に呼び出した火球が炎に囲まれて狼狽しているゴブリン達を襲った。弾けた炎がゴブリンを焼き、さらに反射的に飛びのいた先には炎の壁がある。炎の壁はゴブリンを糧にその高さを増した。
「何という力だ。あれが炎の餓狼の本性か・・・。」
その声は小さすぎてウルフの耳には届かなかった。聞こえなかったのは声の主ダンにとって幸いである。ウルフの師父から口外を禁じられていたからだ。
「よし、俺が向こうに渡る。援護しろ。」
ダンは堀に飛び降りると対岸に走った。他に二人が飛び降りてゴブリンを迎え撃つ。時間を稼いでいる間に堀を登って堰の反対側に辿り着いた。堰を止めている横木を縛っている縄に手をかける。まだ外さない。
「堀から出ろ。それと反対側も頼む。」
堰は幅30cmの横木を並べそれを2本の縦木で固定している。そしてさらにその縦木を止めている横木を外せば水圧で一気に崩れる。縄を解いている時間はない。ダンは剣を振るって縄を断ち切った。
「崩れるぞ。」
ダンは叫んだ。堰がギシギシと音を立てて少しずつ傾いていく。水の勢いが堰を破った。間一髪で堀の中にいた者が上から引き上げられる。まだ堀の中にいたゴブリン達は水の中に消えていった。ダンはまだ向こうにいる。
「炎は10分ぐらいは持ちます。それまでに板を渡しますので待って下さい。」
「分かった・・・いや、いい。自分でなんとかする。」
真意は分からなかったが妙に自身に満ちた言葉に皆が見守る。しばらくして水の流れが止まった。ダンが躊躇なく水に飛び込んだ。
◇
河に繋がる堰でも戦いは行われていた。まず辿り着いたアークは躊躇いなく堀に飛び込む。飛び降りた勢いのままゴブリンを槍で貫いた。着地してすぐに引き抜いた槍で別のゴブリンを浅く突く。胸の急所を刺されたゴブリンが仰向けに倒れた。さらに槍を振るう。瞬く間に数匹のゴブリンを地に倒した。
「すげえ・・・。」
「マジかよ。」
少し遅れた村人が呟いた。開いた口が閉じない。そうしている間にもアークは向こう側に登ろうと手をかける。身長2m3cmのアークにとって深さ3mの堀など対した高さではないのだが、まだ堀の向こうにはゴブリンがいる。邪魔されない為に援護を頼むべく振り向いた。
「あ、ああ、分かった。」
視線が合った。アークの意図を理解した村人達がクロスボウでゴブリンを撃つ。その隙にアークが堀から登った。子供ほどの背丈しかないゴブリンが棍棒を持って向かってくるが間合いが違いすぎて相手にならない。一切の傷を追うこともなくさらに数匹のゴブリンを倒した。不利を悟ったゴブリン達が石を投げる。幾つか当たったが意に介することなく距離を詰めてさらに死体の山を築く。アークを遠巻きにしているゴブリンの間からホブゴブリンが割って出た。ゴブリンの中でも大きく強い個体だがまだアークにその背丈は及ばない。力量も得物も及ばないことはアークの一突きで証明された。
その時ゴゴゴゴオォォォォッと大きな音が響いた。どうやら上の堰が切られたらしい。濁流が堀を進んで堰を襲った。流されてきた木材とゴブリンの死体が堰に当たるがびくともしない。それを見た村人達が堀の内側で堰を止めている縄が切られるが壊れなかった。
「アーク、そっちだ。そっちも切ってくれ。」
大声で叫ぶ。何度も叫んでいると気付いたアークは堰に向かってにじり寄る。隙と誘われたゴブリンが新たな死体へと変わった。アークは一瞬だけゴブリン達に背を向けて槍の穂先で縄を切る。堰は微動だにしない。
「駄目だ。壊れない。」
内側に倒れるはずが内側からの水圧で壊れない。村人達は焦って堰に手をかけた。一番上の横木を引き上げる。片側だけではびくともしない。向こう側のアークを頼りにすることはできそうにない。村人達を絶望が襲った。
「倒せ。何とか倒すんだ。」
横木にかけた手に力を入れるが当然動かない。誰かが斧を持ち出してくる。何回も振り下ろして一枚目の横木の端を壊した。引っ張って外すと水が流れたが上からの流木と死体が邪魔となる。その一つ一つを手でどけて大河に流した。、水の表面だけしか水は流れていない。もっと横木を除ける必要があるが水の中にあるそれにはさっきの手は通用しない。水の中に手を突っ込んで引き上げようとする者、何かないか探す者、向こうに渡ろうと渡し木をかけようとする者と銘銘が自分にできることをするがまだ結果は出ず、その間もアークは孤軍奮闘するしかなかった。
「どうなっているのっ!?」
女を引き連れたソフィが走りこんできた。問いかけはしたが返事を聞くまでもない。一人で戦っているアークを向こうに大人達が右往左往しているのだ。その不甲斐なさに苛立ちを感じた。
「堰が倒れないんだ。」
「そんなことよりアークよ。一人じゃ限度があるわ。」
「今渡し木をかけている。それで撤退させられる。でもなんとか堰は外したい。」
「・・・分かったわ。」
目の前の男を視線だけで殺せそうな目でソフィはそう答えた。アークの戦いぶりを見る。一度槍が動くたびに断末魔の悲鳴が上がる。一撃一殺、その余暇に邪魔な死体を堀に蹴り込む。現時点ではまだ余裕があるように見えた。
誰かが思いついた。横木を抑えている縦木に縄をかけて倒す。その為に先端を輪っかにした縄が投げられる。何度目のトライの結果縄がかけられ、総員で堰を倒す。徐々に堀の流れが強くなった。
「アーク!」
改めてかけられた渡り木を足で押さえたソフィが叫んだ。アークは軽く足をかける。大きくしなったところで足を引っ込めた。少し悲しそうな顔をして足で蹴る。渡し木が外れて流れていった。
「アーク、何で?」
「僕の重さじゃ渡れない。」
「だったら皆でた「僕一人で十分だよ。それに。」
ソフィの言葉をアークが遮った。邪魔はしないでほしい。その言葉は飲み込んだ。増長と思われるかもしれないが今アークは楽しかった。誰にも遠慮なく槍が触れる。敵にも味方にもだ。
アークは自分が強くなりすぎたことに半年ほど前に気付いてしまった。マックスやソフィだけでなく元騎士で村で最も強いはずの父親にも勝てることに。それでも立場もあってあえて勝つことはしてこなかった。今は周り全てが敵、中途半端に割り込んでくる味方もいない。間合いに入ってきた者は全て倒していい。楽しいとさえ思った。
「ごあ、があぁ?」
すっかり足が止まってしまったゴブリン達の後ろから太い声が聞こえた。強い不満が感じられる。アークに怯えていたゴブリン達が再び前に出てきた。ゴブリン達の戦い方が変わる。まるで命が惜しくないような戦いぶりで、一人が殺されている間に無理やり飛び込んできてアークに傷をつけた。振り回した槍の柄でぶっ飛ばす。地面に転がったゴブリンを無視して次を相手する。ゴブリンの波状攻撃が延々と続く。ソフィはスリングで、他の者はクロスボウで援護する。いくら倒されてもゴブリン達の士気は落ちない。
「何でお前は戦わない?何でお前は戦わないんだっ!」
アークが叫んだ。ゴブリンの後ろに大きな気配を感じていた。時折命令するかのように吼えるだけで姿を見せない。奴を引き出すためにあと何匹のゴブリンを殺せばいい?そう考えながらも槍を持つ手は勝手に動いてゴブリンを倒した。
「戦況は?」
アークの戦いを外からしか介入できずにいたソフィ達に声がかけられた。中央の堰から来たウルフである。
「アークが一人で向こうに。」
「それは分かります。撤退はできなかったのですか?」
「拒否して残ったのよ。」
「らしくないですね。何かあったのでしょうか?」
「分からない。でも早く助けないと。さっきもう少しでゴブリンが崩れるところだった。でも後ろから命令している誰かのせいで立ち直ってしまった。このままじゃアークが危ない。」
ウルフは戦場を観察してその言葉の正しさを確かめた。ゴブリンの戦い方は無茶苦茶だ。後ろにある確実な死より前にある不確かな生を選ぶしかないのだろう。流石のアークにも疲労が見えてきている。限界は近い。いや、あるいはすでに限界は超えているのかもしれない。
「アーク、敵は何処ですか?」
ありったけの声で問いかける。短く省いた言葉でしかないが理解したアークが槍で指し示した。目を凝らして青き光の中に敵を探す。森の手前に大きな何かが見えた。
「援護します。1分耐えて下さい。」
アークは言われたことは絶対に守る。勝手なことはしない。だから返事は待たない。息を整えて魔素を導く。あのゴブリンの集団を割るには相当の魔力が必要だ。青き月のおかげでいつもより早く導引できるがそれでも時が長く感じられた。頭上に浮かべた火球が大きく育った。
「アーク、行きます。火球よ、爆ぜて焼き尽くせ!」
火球がゆっくりとゴブリンの集団の中に落ちていく。ゴブリン達の顔に恐怖の表情が浮かぶ。逃げようとするも群れているだけにそれも叶わない。炎がはじけてゴブリン達を割った。
「見えたっ!!!」
アークが歓喜の声を上げた。槍を右手に抱え助走をつけて思いっきり投げる。ドスッと鈍い音がして遅れて何かが倒れる音がした。確かな手ごたえに大きく息を吸い込んだ。地面が冷たくて気持ちいい。どうやら僕は倒れているらしい。まだ戦い足りないのに。それを最後にアークの意識が飛んだ。
「「アーク!」」
ソフィとウルフが叫んだ。残ったゴブリン達が倒れたアークに襲い掛かろうとする。石を、矢を、矢の弾を飛ばしてそれを阻止する。矢、石がなくなってもまだゴブリンは残っている。ウルフの精神力も限界が来ていた。頭痛も酷い。視界が暗くなる。重力に耐えられない。地面に伏せる。それでも導引を続けた。頭を上げて溜まった魔力に意思を乗せる。
「壁よ。出よ。」
アークの向こうに炎の壁を作った。戦場を明るく照らされるがウルフにはもうそれは見えていない。そのまま気絶していた。
自分でない誰かが地を駆ける。敵を屠り、魂を喰らう。それは夢か現か幻か。
次回鉄騎士物語第11話『VIRTUAL INSANITY』
お楽しみに!




