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妹コントローラー

作者: 黎井誠

 「『イモートコントローラー』?」


 俺は、素っ頓狂な声をあげた。

 場所は、家の近くの百円均一ショップの、『おススメパーティーグッズ』のコーナー。

 ポップの説明によると、


 『言う事を聞かない兄弟に悩むそこのあなた! こちらの商品があればお悩みは即解決! 「イモートコントローラー」通称「イモコン」は、妹はもちろんの事、兄、姉、弟も自分の思うがままに操れるようになります。効果は抜群! 快適な生活をお約束します!』


 だそうだ。周りには、実際に使った人の感想が幾つか貼ってある。

 おい、テレビの通信販売か。胡散臭過ぎる。

 でも、パーティーグッズとしては良いかもしれない。冗談で使ってみて、『偽モン掴まされたーww』とか何とかで話題もできるし。うん、これにしよう。

 百円という安さもあったので、俺は『イモートコントローラー』をレジに通す。


 「百八円でございます」


 レジの店員さんが言う。

 あ、そうだ。税金が掛かるんだった。面倒クセー。

 百円玉を出して財布をポケットにしまおうとしていたいたので、少し焦りながらも十円玉を追加する。


 「百十円お預かりします。二円のお返しです。お買い上げありがとうございます」


 定例の文句と共に一円玉が二つ渡される。

 俺はそれを受け取り、財布に入れる。

 財布をレジ袋に入れ、家に帰った。



 ***



 家の扉を開ける。

 そこで少し違和感を感じた。

 何だろう? まあ、いいや。

 深く考えずに中に入る。

 リビングに入ると、


 「お兄ちゃん、おかえり」


 高校生の妹がソファーで寛いでいた。

 俺は溜息を吐く。


 「何でいるんだ。それとここは俺の家であってお前の家ではない」

 「まーまー良いじゃないの。どうせ暇なんでしょ?」


 繋がっていない日本語を使い、いけしゃあしゃあと開き直る。

 違和感の正体は、こいつか。鍵が掛かっていなかったんだ。

 全く、出来ていない妹だな。

 呆れながら、ソファーの妹がいる反対の端に座る。

 そこで、ふとさっき買った『イモートコントローラー』の事を思い出してみた。

 ちょっと使ってみっか。

 パッケージを開け、本体を取りだす。

 見た目はエアコンのリモコンのようで、画面があり、その下に上下左右の矢印と決定と電源のボタンがある。

 電源ボタンを押すと、画面に『イモコン』という文字が現れ、消えた。

 次に、メニュー画面になった。

 左上に『MENU』、その下には様々な選択肢が並んでいた。

 『サイレントモード』『食事作りモード』『洗濯モード』等々。

 俺はその中から『洗濯モード』を選び、妹に向けて決定ボタンを押してみた。

 すると。

 妹から表情という表情が一切消えた。

 そしておもむろに立ち上がり、洗面台へ向かう。

 そこには洗濯機と三日くらい溜まっている洗濯物がある。

 俺はロボットのようにギクシャクと動く妹に後ろから付いて行き、様子を窺う。

 彼女は、ウィーンと音がしそうな動きで洗濯籠を持ちあげ、中の服を洗濯機に入れ、洗剤を量り入れ、蓋を閉じ、洗濯ボタンを押した。

 『洗濯』だ。

 そして、『気をつけ』の姿勢になってそのまま動かなくなった。

 何をしているのかと思ったが、直ぐに思い当たった。

 洗濯機が止まるのを待っているのだ。

 やがてその通りになり、アラームが鳴る。

 妹は蓋を開け、洗濯籠に洗われた服を落とし入れ、歩き始める。

 行きついたのはベランダ。

 ハンガーが物干し竿に付きっぱなしになっている。

 それを一つ外し、洗濯物を掛け、物干し竿に掛けなおす。

 その作業を繰り返し、全ての洗濯物が干された。

 おおー! 普段のこいつより優秀じゃないか。

 感激する俺とは対照的に、妹は表情を変えない。眉毛の一本も震えないまま、さっきと同じように『気をつけ』の姿勢で立ち尽くしている。

 乾くのを待っているのか。

 なるほど、と思いながら、俺は段々と不安になってきた。

 まさか、このまま『洗濯』ばかりをするんじゃないか……? と思い始めたのだ。

 とそこに。

 音楽が聞こえてきた。

 最近CMで人気の曲だ。題名は知らないが、聞いた事がある。

 妹を置き去りにし、俺はリビングに戻る。

 案の定、妹のスマホの着メロだ。画面には、『お母さん』と出ている。

 もうそろそろ帰ってこいとでもいわれるのなら、俺が出ても問題無いよな、と思って、通話ボタンを押す。

 

 「母さん? もしもし、俺」

 「え? あ、ああ、またあの子あんたの家に言ってるのね。あの子何してんの?」


 俺は何故かギクリと焦り、


 「え、あ、ああ、あいつ? ええっと……ね、寝てる」


 と嘘をついてしまった。


 「あっそう。じゃあ、起こして早く家に帰るように言ってやって。用件はそれだけ。じゃあね」


 母さんは俺の言葉を疑うことなく早口でそう言って電話を切った。

 俺は、いつの間にか垂れてきていた脂汗を拭い、ベランダに出て、妹に声を掛ける。


 「おい、母さんから電話が来たぞ。早く帰って来いって。さっさと行けよ」


 だが。

 

 「おい、返事をしろよ! おい!」


 反応しない。

 さっきより焦り、さっきより沢山の汗を流し、俺は妹に呼び掛ける。


 「おい! 何とか言え! 反応しろ!」


 だが、一向に動かない。

 まだ『洗濯モード』になっているようだ。

 それなら。

 俺はもう一度リビングに戻り『イモートコントローラー』をとり、走りながら矢印ボタンを連打し、『解除』の二文字を探す。

 やがて一番最後のページになったが、

 

 「な、無い……?」

 

 嘘だ、嘘だろう……!?

 信じられない気持ちで、画面を凝視する。

 だが、無い。

 『解除』の『か』の字も無い。

 呆然としながら、俺は絶望に身を浸す。

 まさか、こいつはこのまま洗濯ばかりをするのか……? 感情も持たず? 俺の冗談のせいで?

 もう、だめだ。

 そう思いながら、最後の悪足掻きとばかりに矢印ボタンを押し、ページを切り替える。

 すると。

 『洗濯モード』とあった所に『解除』と書いてあった。

 絶望は、みるみるうちに喜びに変わった。

 それを選択し、俺はリモコンを妹に向け、決定ボタンを押した。

 暫くすると、妹に困惑の表情が浮かんだ。


 「……え? 何でわたしベランダにいるの?」


 俺はほっと安堵して、その場にずるずるとしゃがみ込んだ。


 「って、お兄ちゃん!? どうしたの、具合でも悪いの!?」


 ああ、心配してくれている。

 そうだ、妹は優しい奴だったんだ。そんな子をコントロールしようとしたなんて、冗談でもしてはいけなかったんだ。


 「ごめんな……」

 「もう、何言ってんの。お互い様でしょ。ほら、中戻るよ。立てる?」


 俺の反省の言葉を勘違いした妹が、俺を支えて立ち上がらせる。

 ソファーに座らせられた俺は、口を開く。


 「さっき、母さんから電話が来てたよ。早く家に帰れって」

 「分かった。でも、お兄ちゃん大丈夫? 貧血? 熱?」

 「大丈夫だって。少し休めば治るから」

 「そう……じゃあ、帰るね。無理しないでよ?」

 「分かってるって。ほら、行った行った」

 「お邪魔しました」


 まだ心配そうな面持ちで、妹は帰って行った。

 ああ、良かった。いつもの妹だ。

 俺は息を吐いた。

 憂鬱な溜息ではなく、安堵の為のほっとした息だ。



 ***



 その後、『イモートコントローラー』はゴミに出した。

 あんな危険なもの、処分するに限る。

 『イモートコントローラー』を買った店はその後間も無く潰れ、コンビニになった。

 前の面影が全く無くなったコンビニにおかしな商品が売られていないか心配なので、俺はどうしても切羽詰まった時にだけ利用している。

 俺はというとこの日以来、家族に週末に会いに行く事が多くなった。


 「お兄ちゃん、最近優し過ぎて怖い」


 妹は疑念の目付きで俺を見るが、気にせずに接している。

 いつか慣れるだろうし。


 あの百八円は、テキスト代としておこう。

 物凄く安いが、恐らくこの世で一番恐怖を感じるテキストだったな、と俺は思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 語られてはいませんが、行間を鋭く読んでみると、 アニキコントローラーを使われていると思います。 買わなくても大抵の妹には標準装備されていますが!
[気になる点] 申し訳ないのですが、タイトルから予想される内容ではありました。 緊迫する場面が解除ボタンを探すだけなので、アイテムの紹介だけで話が終わっている印象を持ちます。 ここですぐ捨ててしまって…
[一言]  軽い気持ちでやってしまったことが、怪奇につながる日常ホラーのお約束ですね。ある意味では肩透かしを食らう結末とも言えますが、後味の悪くない結末でよかったです。  このコンビニ自体も、怪異なの…
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