たのしいたのしいひび
「わっ、わわっ。痛むところでもあるんですか?」
「いえ……」
苦しそうな表情でうつむいてしまったサラ。
四人ともリビングに戻っていて席についていたのだが、女の体に戻ってからサラはどこか苦しそうなのである。キセトは怪我でもさせてしまったのかとサラの周りでチョロチョロとせわしなく動き回っていた。
「手ですか? 剣を蹴ったはずですけれど、痛んだりしませんか?」
「違うわ。キセトさん、私は怪我なんてしていないし、どこも痛くないの」
「そうですか? それならいいのですが」
ならなぜそんなに苦しそうなんですか?
キセトは当たり前だという顔で聞いた。サラの目的がどういうものか詳細を知るリクスとニックは黙り込んでいたし、知らず知らずのうちに深いところに踏み込んだキセトは困惑するばかりだ。
サラは、応えない。
「サラのことは深く聞かないでくれ、キセトさん。それよりサラの体が元に戻るのは君の予想よりかなり早かったようだが、異常事態ではないだろうな」
「おそらく摂取した量の違いだと思います。俺は数枚食べさせられたのですが、サラさんは一口でしたから……。リクスさんも一口でしたよね? サラさんとリクスさんの一口の量の差は誤差でおさめていいでしょう」
「では君は数十分で帰るんだね?」
「…………………………………」
「そこは即答しろよ」
返事もしないキセトは無言でリクスを見つめた。不思議なことに表情が変わらない。本当に生きているのか疑いたくなるほど動かない。瞬きもしない。ただ何か言いたげの無感情な瞳がリクスを貫いている。
「な、なんだ。何が言いたい!?」
「………ははっ」
「おわっ! 無表情で笑うなよ、怖いな!」
「ふふふふふふっ」
「なにが言いたい!? 何がいいたいんだ!!」
「……………………………………」
「また黙った!?」
リクスとニックにはさまれて、無表情の男は声を上げて笑う。口だけにしか思えない笑い声だが、サラには笑顔に見えた。
「……私も、混ぜなさいよ」
「サラ、コレは遊んでいるわけではないんだぞ!」
「というかホントに気持ち悪いぞ!」
「さーっちゃん」
キセトはサラに手を伸ばして笑う。サラが握り返そうと腕を差し出したが、リクスとニックに阻まれてキセトには触れられなかった。正確にいうとサラの腕をつかんだのはリクスで、キセトの腕を掴んだのがニックだ。ニックもサラの腕をとろうとしていたがリクスに邪魔されていた。
「あっ、煙」
「あ、ホントだ」
「戻りますね」
リクスに腕をとられていたサラが一番に気づいた。遅れてニックとキセトもリクスの体を指差す。煙が収まるまで離れて、現れた長身の男。
「あー、中身はともかく外見は可愛かったのにな」
「気持ち悪いことを言うな」
「あら、可愛かったのは本当よ」
「そうですよ、可愛かったです」
すでに男に戻ってから言われても何も嬉しくない。ニックは面白がって言っているのはわかるのが、半分(以上)本気で言っている黒尽くめの男の無表情がリクスには恐ろしい。
「サラ以外は黙れ! あとキセトさんは早く帰りなさい!」
「……わかりました。帰ります。それではサラさん、また今度」
「えぇ、また今度」
キセトは素直に立ち上がったが最後にとんでもない一言を残していった。サラはキセトに手を振って見送っている。
「えっ!? なにそれ、そのたった一言で次の約束を取り付けるテク! なにそれ!?」
「なぜサラ指定なんだ!! 個人的にサラに会わないでもらおうか!」
見送る、というより追い出すためにリクスとニックがキセトを追う。サラが庭に出たころには、リクスが追い出す対象がニックになっていた。キセトがいたせいで忘れていたが、堂々とニックが家に出入りするのは懐かしいことだった。
「出て行け!! 二人共だ!」
「今日は大人しく帰るか。サラにキスしてもらってサラと風呂入ったんだしな!」
「あれ、ニックさん泣いてませんか?」
「泣いてない! 女のサラとしたかったなんて思ってない!」
「全て忘れて帰れ!!」
怒鳴るリクス。なぜか半泣きで逃げるニック。涼しい顔でサラに手を振るキセト。
サラはそんな三人を見て、クスリと笑って二人を見送った。そして、怒鳴りつかれて戻ってくる彼を自分が持っている一番の笑顔で迎えるのだ。