にこらすくんはりくすちゃんにおこられた!!
なぜだ。なぜこうなっている。
ニックがそう独白するのも仕方が無いだろう。
せっかくの風呂だというのに体を伸ばすどころか体育座りでさらに縮こまるようにして湯船に浸かっている現状を見れば。
「足のばすなよ」
「どうして?」
「いや、どうしてもなにもなくて。当たるだろ」
「足と足が当たるぐらいいいじゃない」
「よくない」
なぜ、好きな人(ただし現在男体化中)と風呂に入ってこんなに気分を落ち込ませなければならないのか。全ての答えは括弧の中にすでにあるのだが、ニックとしては追求したくない。
そもそも、こんなことになったのはあの黒尽くめのがりがりぺちゃぱいのせいであって、ニックやサラに落ち度は無い。いや、サラには断らなかったという落ち度はあるだろうが、あの黒尽くめのがりがりぺちゃぱいの罪に比べたら軽いものだ。
(あのぺちゃぱい野郎。何が友達と一緒に入りたい、だよ! なんか前同じ事言ってサラと風呂はいってなかったけ。あー、まだあのぺちゃぱいと入らなきゃならないリクスよりはましなのか。え、ましなのか!? 惚れた相手と風呂はいってるのにここまでナーバスな気分になるのがましなのか!? こんなんなら女になったリクスと入るほうがましだわ。というか一人で入らせろよ)
最後の本音でぐちゃぐちゃの思考に区切りを付けて、改めて目の前にいる美男子(女)に視線を向けた。
「足、畳めよ」
「ニックが外でシャワー浴びればいいわ」
「恥ずかしさとかないのか」
「恥ずかしさ? 見られて恥ずかしいと思う体じゃないもの。女のものでもないから異性間の気をつけるべき風習も関係ないじゃない。男の体になって気づいたのだけれど、私はそれなりに筋肉もついているのね。こうやって服を脱いで見るとニックに負け劣らずってところかしら。服を着ているとどうしてもスレンダーに見えるようね、私って」
「俺と比べるな! というか俺を見るな!」
「あらニック、貴方が恥ずかしがってるだけじゃない」
「そりゃ恥ずかしいだろ!」
「そうかしら」
そうかしらって。
ニックの鸚鵡返しを聞き終えてもサラの足は伸ばされたままで。いくらニックが縮こまろうがサラの足がニックの足に当たるのは避けられないのだ。いや、縮こまらなければさらに危ない方向になるので縮こまる他ないのだが。
「あーあー、綺麗なおみ足で」
「あらありがとう」
「女の足だったらもっと嬉しいんだけどな」
自分の体を意識すると恥ずかしくなる一方なので、ニックはあえて危険を冒してサラの体に視線をやる。
いやいや、認めるとも。男になってもすばらしい肉体である。ニックが必死に説得したため互いにタオル一枚の両親は残されているので、ニックが開き直ればまぁ、なんとも無い男の体なのだ。
「うん。自分で言うだけあっていい体だけどよ、感覚のズレとかないのか?」
「特にないわ。煙が出ていたときはとても変な感じだったけど、煙が収まってからはなんの違和感もないわね」
「女に戻るときも煙なのか……」
ここで戻ればいいのに、と願わずにはいられない男のニコラスなのである。
手越しにサラをみて部分的にサラを隠す。……いけなくもないな、この方法。
流石に罪悪感も戻ってきたのでサラから視線を逸らした。見る場所もなくなんとなく入り口を見ると、うっすら透けて扉の向こう側が見える。
「げっ、りくすんっ!?」
「りくすんというな! 次が待っているんだ! さっさとあがれ! あぁ、サラは動くな! アホスカーフ、貴様だ。貴様だけ上がって来い!」
扉の向こう側で怒鳴ってくるリクス(♀)。……とそれにくっついている黒い塊。程よくぼやけているため、本当にただの黒い塊だ。
「はー、りくすんは空気よめねーな」
「りくすんと呼ぶこと、気に入ったの?」
サラはいつもの癖か、膝をくっつけ下から覗き込むような体勢にな――
「駄目だぁぁ! サラ、それアウト!! アウト!!!!!」
「?」
「くそっ……。ニコラス君も男なんだぞ……」
再び手でサラの首から下を隠してちらちら盗み見る。お風呂から出るという動作のおかげでアングルを変えてもばれない! すばらしい!
「ねぇ、ニック。答えは出た?」
扉を出る直前ぐらいだった。常にサラとニックの視線の間にあった手がサラの意思でどけられる。サラが掴んでいるところからニックの体温が引き上げられている。まるでサラが熱源であるかのようだ。
「こ、答え?」
「私はこのままが便利なのよ。口調だって時間が経てば合うものにできるでしょう。リクスとだって愛情以外に友情だって育つかもしれないじゃない。でもね? 私はリクスへの愛情を失うことだけはできない。ねぇ、ニックがこのままの私でもいいって言ってくれるならきっとリクスも。そうだとしたら、私は……」
「……あのな。俺は女のサラを好きになったんだ! 女のほうがサラは百倍美人だ!」
「ニック…?」
「ちぇ、結局あっちかよ」
「だって、変わらないわ。私は体が変わろうとリクスが好きよ」
リクスやニックはそうじゃないの? と。そんな声がニックにも聞こえた。珍しく彼も不安になっているのか。不意なことで目的を果たすための手段の一つを手に入れて、手放したくない気持ちと。その手段を手に入れると失ってしまうかもしれない愛しい人の気持ちと。
「目的はな、そんな体で果たすもんじゃねーだろ。せっかく綺麗な女の体持ってるんだからそっちで出来る限りのことしろよ。サラの幸せのためなら俺だって力は貸す。一人で屈強な肉体を持ってなくたっていいだろ。サラは綺麗な女の体で、自分が好きになった相手(それがリクスであることは俺には不満だけど)と結ばれて、周りにいる友人とか俺とかに協力してもらって幸せになる。うん、それでいい」
「協力……」
「だから、キスならこっちで、な?」
そういってニックは、ニックの腕を掴むサラの手を取ってその甲に口付けした。
バックに長い銀髪を生き物のようにうねらした彼女が立っていることすら気づかずに。