きせこちゃんはおともだちのいえにとまりこむきだ!
「キセトさんはすばらしいわ」
ご飯を食べながらサラは目を輝かせてそう言った。
なぜか突然キセトに殴りかかったリクスとニックを軽くあしらって食事の席につかせたのだ。女になっているというのに力が弱まっているようには思えない。
「それは俺の力が男女に関係ないものですから。筋力なんて男の時から皆無ですし……」
「女の子になってしまったリクスは仕方が無いかもしれないけれど、男のままのニックもこんな風に簡単にあしらってしまうなんてすごいと思うの」
「サラさんだって今の体なら勝てるのでしょう?」
「わかるかしら? 筋力が上がっているようなのよ」
饒舌に話すサラの隣でリクスがキセトを睨んでいる。そしてキセトの隣からも強烈な視線が刺さっていた。サラだけが食事を進めていて、女になった金髪美男子も、男のままのスカーフ男も食事に手をつけようとしない。
「言っておくけどサラは俺のものだからな」
せっかく作った料理を無視されたキセトは、隣からの耳打ちに少しばかり反論した。
「リクスさんの彼女なのでは……」
「こんな女になるような屑男にやるかよ。サラは俺のなの」
こんな、の後にニックの視線はリクスに向いていた。そしてそのまま斜め前のサラに移動し、キセトに戻る。
キセトからすればサラさんだって男になっているのに、と思うのだが、ニックの中でそれはすでに問題ではないようだ。
「そうなんですか、俺は(サラさんの友達なので)関係ないですけれど」
「はぁ!? お前、(サラに彼氏がいても奪うので)関係ないだと!?」
「えぇ、俺は(サラさんのお友達なので)サラさんの彼氏が誰であろうと関係ありません」
「お、思ったより力ずくなんだな、お前」
「え? えぇっと、そうなんですかね?」
キセトとニックの会話は駄々漏れで、明らかにリクスの顔が怒りに染まってきている。せっかくの美少女も台無しである。
「サラ。確認するがあの黒ずくめとサラは何の関係もないんだな?」
「あら、キセトさんは私の友達よ」
「そうではなくて、その、男女関係のほうだ」
「ないわ」
きっぱりとはっきりと、サラは断言する。リクスも安堵したようでやっと食事に手をつけた。空腹だったことには間違いない。家にあった出所不明のクッキーを食べてしまうぐらいには、彼女も空腹なのだ。リクスが食べ始めたのでニックも家主に従うことにした。
悔しいことにうまい。バレンタインデーなどというチョコを押し付けられた日も思ったのだが、この場にいる誰よりもキセトは料理がうまいようだ。くだらない意地で冷ましてしまったことがもったいなく感じる。
「おいしいわ。キセトさんって料理上手ね」
「亜里沙がちょっと苦手だから、俺はできないと」
「亜里沙さんは苦手なの?」
「ちょっとね。あ、でも俺の好物はうまく作れるんだ。そんなあたりも愛らしいよ」
「………(リクスの好物って、何だったかしら?)」
そんなところが好きかな、という話の転換部分になるキセトの台詞をサラは聞き逃した。
美味しい料理と、その料理に込められた愛情。こういうものを自分は持つべきではないのだろうか。今は男になっているとはいえ、女が本来の自分だ。手作りの料理に、彼の好みでそろえた食卓。悪くないはずである。
「どうした? サラ」
「いえ、リクスの好みがわからないから」
「こ、好み!? い、いや、俺は好みというよりはさ、サラが……」
「私? (私の好きなものに合わしてくれるということかしら。私の好きなものって……)」
サラは自分の好きな食べ物を思い浮かべようとしたがうまくいかない。
特にどれかを好んだこともなければ、特に何かを嫌ったこともない。リクスはサラにあわせてくれているというのにこれではまずい。
いや、待てよ。特に一つに絞れないなら全て上手になればいいではないのだろうか。この目の前に広がっている料理のように。
「さ、サラの好みはどんなおと――
「私、キセトさんのところに(修行に)行くわ」
「えっ」「えぇ!?」
「俺のところ、ですか。サラさんがくるなんて亜里沙も喜びます」
キセトが微笑みながらそんな言葉を返したものだから、リクスとニックは一度食卓を離れた。何も言わず、全く同じタイミングで立ち上がり同じ方向へ無言で進んでいく。
サラとキセトから見えないところまで来ると顔がくっつくのではないかという距離で、出来るだけ小さい声でこそこそと話し合う。
(亜里沙さんの名前をここで出すなんて、こ、コレは言外に断っている! 流石にキセトさんといえど俺の前では断るか!)
(でもさっき彼氏がいても関係ないとか言ってたぞ、あいつ。料理まじうまいしサラと気合ってるみたいだし!)
(と、とりあえず今日は帰ってもらおう)
(でもあいつも女になってるから、それが治るまでって話だぞ)
(帰りたい……)
(し、しっかりしろ! ここお前の家だぞ!!)
「あの」
「「うわぁぁっ」」
特に隠すものなどないのだが、二人揃って何かを誤魔化すように手を宙にかざす。後ろから声をかけたキセトは不思議そうに(本当に心底不思議そうに)首をかしげていた。
「すいません。甘えっぱなしなんですが、お風呂、入らせてもらっていいですか?」
首をかしげた悪魔(二人には見えた)が笑ってそう言った。