せんせー、にこらすくんがきせこちゃんをなかしたー!
サラの着替えが終わるまでニックとキセトの二人はリビングで待機することとなった。合法的にニックはサラの着替えにお供することはできるのだが、やはりキセトに止められたからだ。少し悔しそうでありそれ以上に安堵しているようだった。
「こんなクッキー一つでなぁ」
「すいません」
「お前預かるとかいう以前になんでこのクッキーをここに持って来るんだよ」
「すいません」
「当の連夜は性別変わってないしよー」
「すいません」
「謝ってばっかりじゃねーってうおぉぉ!? 泣いてるんじゃねーよ!」
いつも通り冷め切った表情で言っているものだと思っていたのだ。
そんな予想に反して、目元を腫らしてボロボロと大粒の涙をこぼしながらの謝罪だった。声がいつも通りの感情の無い声だったため、ニックも油断していた。
「すいません」
「わーっ! 謝らなくていいから! とりあえず泣くなよ。ほらティッシュ!」
「ハンカチ持ってます……」
「あ、そう……」
ニックの聴覚が得ている情報は普段の彼女そのものだというのに(少し声は高いが)、視覚が得ている情報はただの女性が大泣きしているというものだ。混乱もするだろうし、なによりニックの周りにすぐ泣く女性がいないため、どうすればいいのか分からない。
「あー、その。ほら、もうちょっとしたらサラが戻ってくるだろうし、戻ってきたら事情話してくれよ。な?」
「すいません……。どうも、中身にも影響が出る魔法だったようなんです。俺は大丈夫ですからサラさんの様子を見てきてあげてください」
いまだ大粒の涙をこぼしてキセトが言う。おうだかああだか、ニックは曖昧な返事を残してリビングから逃げた。
普段のキセトですらどう接すればいいのか迷うというのに、女となればなおさらである。しかもただの女ではなく泣いている女だ。相手にしたくないもの一位ではないだろうか。
「おっと、この後のこと考えてなかった」
サラの私室(と思われる場所)の扉の前で自然に足が止まった。
中で着替えているのはサラだ。ノックしようが入るわけには行かない。だがサラであり今は男でもある。ノックの返答次第では気にせず入ればいいのではないか。いやいや、男になっていようが相手はサラだぞ。
「ちゃーんす……」
ニックにしては覇気のない声を出し、自分の中の勇気を振り絞る。混乱していたからか本能からか、ニックはノックもせずに扉を開けた。