誓いの空に
おじいさんのジェハンは、だんだんとリウマチや老衰のおかげで体がすっかり弱り、かわりにネロがパトラッシュと牛乳運びをすることになりました。
「ネロ、おはよう。今日も早いね」
「おはよう、おばさん。今日は天気がいいですね」
お隣のビュレットおばさんが、声をかけてくれました。
「おじいさんのことは、わたしにまかせていってきなさい」
「毎日どうも。それじゃあ、いって参ります」
行き交う人もみな、ネロのあどけなさに声をかけずにいられず、パンやスープを与えました。
寝たきりになってしまったジェハンは、ネロに苦労をかけてすまないと想いつつも、小屋の中はいつでも明るい笑い声で響いていました。
しかし、アロアと遊ぶことをコゼツに止められたネロは、暗く沈んだ様子でした。
「ネロ、なにがあったね」
おじいさんがベッド越しにネロへ声をかけてやると、ネロは泣きそうなのをこらえ、
「僕、アロアの絵を描いていただけなんだよ。なのにだんなさん、アロアに僕と遊ぶんじゃない、っていったんだ。僕は何が気に入られないのだろう。いつだってだんなさんは、僕を嫌う」
おじいさんは、そういうことかとため息をつきました。
「ネロや。貧しいから憂き目にあったのだね……いつか地主になって、お前も旦那と呼ばれるようになって欲しいものだ」
ネロは押し黙って、ジェハンの言葉に聞き入りました。
ですが、ネロは絵を描きたい情熱を抑えられない。
どうしてもルーベンスに憧れ、絵への情熱を消すことができなかったのです。
ネロはクリスマスが近くなった頃、絵を描いてコンクールに出展しました。
周囲には貴族の子供が多く、みすぼらしいネロの姿は、場違いな感じさえしました。
それでもいくらかの自信を持ち、ネロは自分を奮い立たせ、
「きっと一番になってみせる、そして、アロアに会いに行くんだ」
絶好を言い渡されたネロには、これしか手段がなかったのです。
それは、画家として有名になり、名をはせて、アロアの家にいき、堂々と友達としてつきあいを宣言すること。
いいえ、友達と言うよりは――。
ネロの気持ちは、膨らんでいくのです。
「パトラッシュ。いつか僕は名声を手にするよ」
黄昏が始まった空に、ネロは誓うのでした。