拾われた犬
ジェハン・ダアズという老人が、世界を放浪し、たどり着いた先、アントワープからだいぶ離れたこの土地、フランダースで、それからの長いこと腰を落ち着けていました。
小さな掘っ立て小屋が、おじいさんの家でした。
おじいさんには娘がいて、娘は病弱でしたが、とうとう他界するとその子供――孫であるニコラスがジェハン爺さんのもとへ引き取られてきました。
年齢は二歳、まだやっとしゃべることができたころです。
おじいさんはニコラスのことを、ネロ、と呼んでかわいがりました。
戦争で軍人としての殺伐とした生きかたしかしてこなかったおじいさんにとって、ネロは慰めでした。
ジェハンは若いころ、放浪者として世界を駆け巡ったことがあります。
そのころの経験を生かしてか、ネロにはいろいろな話をするのが得意なようで、やがて十五になったネロの空想力は、きっとこの賜物だったのでしょう。
さて、ネロが六つのとき、真っ黒な大型犬が金物商人ののんべえに甚振られている姿が目に入ると、おじいさんとネロは目配せをし、哀れんだものです。
「ねえ、おじいさん」
幼いネロはおじいさんに、こう願いました。
「僕はあの犬をとてもかわいそうに思うんだ。なんとか助けてやれないかな・・・・・・」
ネロの言葉に、ジェハンは思わず涙を飲み込むのでした。
そして、チャンスはめぐってきたのです。
いつものようにフランダースから首都であるアントワープまでの長い道のりをたどって、牛乳くばりをしていると、例の犬が川原でぐったりして倒れているのがネロの眼中へ飛び込んできたのです。
「大変だ、おじいさん、あの犬だよ」
おじいさんもネロも、懸命に重たい犬の身体を抱き上げ、家まで運ぶと看病を始めました。
犬の名前は首輪に付けられたプレートから、パトラッシュ、と判明し、ネロはパトラッシュ、と名前を呼び続け、生死の境をさまようパトラッシュを元気付けるのでした。
数日してパトラッシュはすっかり元気になり、おじいさんとネロに恩を返そうと牛乳を乗せて引く車の前に立ってほえました。
「困ったのう。犬は、神様がそのように作ったわけではないのだが」
おじいさんは困ったように頭をかいて、パトラッシュを車から引き離そうとしますが、犬は離れようとしません。
おじいさんはとうとう根負けして、パトラッシュが引きやすいように車を作り直し、牛乳を乗せて歩きました。
おじいさんも高齢で、重たい車を押しながらの長距離は楽ではありませんでしたから、パトラッシュがきてくれてとても喜ばしいと思いました。