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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

デス=マッチ

作者: 阿僧祇

 文中、<格闘技>とあるところは、任意の

格闘技(主演者が得手とするもの)が入りま

す。






<登場人物>


巣鴨礼児 *

大塚 *柔道。やや肥満気味の男

サェド *インド人。

ホーク *白人・

上野 詩織 *打撃系

朱 老人 *中国人、老人。中国拳法系


五反田 カツヨシ *

品川

タバタ *

メジロ *体格巨体

シブヤ *


小男

係長

警部

挑戦者A *

挑戦者B *

挑戦者C *

挑戦者D *

挑戦者E *

挑戦者F *


観客A

観客B

観客C

ヤンキーA

ヤンキーB

ヤンキーC

学生A

学生B

女A

女B

筋肉質の男

外国人A

外国人B

バーテンダー

キャッシャー

人相の悪い男

先輩


カラオケおやじ


(*は、それぞれその役者の得意とするスタ

イルの格闘技を使います。)


(1)歓楽街(夜)

   季節は夏。

   賑わっている歓楽街。

   O.L.

   次第に客足が途絶えてくる。

   O.L.

   看板の灯が消えていく。

   裏通りからふらふらと出てきた、筋肉

   質の男。

   服装等には汚れたり破れたりなどせず、

   変わったところはない。だが、顔や腕

   は傷だらけ。

   人通りのない道端にぐらっとひざをつ

   き、血を吐いて倒れる。

   O.L.

   夜が明ける。男が倒れている。

   パトカーのサイレンの音が聞こえてく

   る。


(2)駒込運送、控室

新聞のベタ記事の見出し「身元不明者行き倒

 れ 死因は内臓破裂?」

   新聞がどくと、そこはとっ散らかった

   控室。

   中年のドライバーたちや、ツナギを着

   たバイトたちが時間をつぶしている(

   日本人ばかりではない)。

   テーブルにはいつ食ったとも知れない

   ほか弁の空き箱。

   屑籠からあふれ出た空き缶や、スナッ

   ク菓子の袋。

   灰皿に山盛りの吸い殻。

   床にも散らばる吸い殻やゴミ。

   テレビでコマーシャルが流れている。

   菓子パンをほおばりながら見ているサェ

   ド。

   礼児、新聞を畳んでテーブルに放る。

   風で吸い殻が飛び散る。

   ムッとする周りの者。

   すまなそうに頭を下げる礼児。

係長の声「九時半の引っ越し班! 出るぞ!」

   礼児のほか、10人ほどが、しぶしぶ

   といった様子で立ち上がる。


(3)町中1(朝)

   駒込運送の幌付きトラックが走ってい

   る。


(4)通行の絶えた大通り(朝)

   広いが通行のない通りで路肩に停車。

   2tトラックが3台、近くに止まって

   いる。

   停車したトラックの幌が開き、ぞろぞ

   ろと降りるバイトたち。

   係長が仕切っている。

係長「お前とお前、あっち乗れ。お前とお前

 はあっちのトラック。お前はあれだ。」

   指さされたほうにそれぞれ歩いていく。

係長「お前とお前、大塚の車だ。」

大塚「よろしくな。」

   大塚、礼児、もうひとりサェド(イン

   ド系?)と2tトラックに乗り込む。


(5)町中2

   大塚や礼児の乗ったトラックが走って

   いる。


(6)運転席

   2tトラックの運転席。

大塚「そうか。実は昔、おれもちょっとやっ

 てたんだ。」

礼児「へえ? 大塚さんも? なにを?」

大塚「柔道だよ。」

礼児「どうりで体格がいいと思いました。」

大塚「昔の話さ。」

   そういいつつ、顔は不敵に笑っている。

   サェド、窓の外をじっと見ている。


(7)ビルの前

   2tトラックが止まっており、その側

   に毛布を敷いて、ロッカーや机など荷

   物が運び出されている。

   出口から事務机を運んでくる大塚とサェ

   ド。毛布の上に机を置く。

   礼児、ワークステーションのモニター

   を運んでくる。

大塚「載せよう。サェド、頼む。」

   サェド、無言で荷台に飛び乗る。すで

   にかっちり積み込まれているダンボー

   ル。

   大塚と礼児、机やロッカーを積み始め

   る。


(8)運転席

   止まってる車の中で、ホカ弁を食い終

   わり、缶コーヒーをすすっている大塚

   とサェド。

   一人、スポーツドリンクの礼児。

大塚「学生は夏休みか。いいなあ。」

礼児「そうですか?」

大塚「俺たちを見ろ。年中こんなことやって

 るんだぜ。(サェドを指し)こいつなんか

 もっと大変だ。家族に金を送ってるんだか

 らな。」

   礼児、黙ってスポーツドリンクをすす

   る。

大塚「実家にも帰らず、金稼いでなにするん

 だ? 女でもいるのか?」

   礼児、一瞬不快そうな顔をする。それ

   から気を取り直して

礼児「借金返すんです。」

大塚「借金?」

礼児「前のバイトで事故やっちゃって…保険

 切れてたもんで、四〇万になっちゃって。」

大塚「…そいつは、コトだな。」

   大塚、ちょっと考え

大塚「でも、こんなバイトじゃ四〇万なんて、

 なかなかたまらないぜ。」

礼児「そうですね…」

   大塚、礼児を見て考える。


(9)礼児のアパート、前(夜)

   自転車に乗り、帰ってくる礼児。


(10)礼児のアパート、部屋(夜)

   電気をつける。

   洗濯物が散らばった部屋。食い物カス

   類は少ない。

   ブルース・リーのポスターが貼ってあ

   る。

   部屋の中に、鉄アレイや握力機が目立

   つ。

   礼児、窓を開ける。

   ジー、と蝉の鳴き声が暑さをそそる。

   礼児、冷蔵庫をあける。

   冷蔵庫、殆んど空。

   礼児、氷水を入れ物ごとラッパ飲みし

   て冷蔵庫に戻すと、扇風機のタイマー

   をつけ、横になる。


(11)公共の体育館(回想、夢)

   <格闘技>の大会中。

   礼児、選手の一人として出場している。


(12)土手道(回想、夢)

   土手道を走っていく集団。


(13)大学、体育館(回想、夢)

   激しいトレーニング中。

   汗まみれの者たちの中に、礼児もいる。

(14)カラオケボックス(回想、夢)

   混み合うカラオケの会計口。

   学ラン姿の先輩の側に来る礼児。

   ちらっと目をやる。

   離れた所に女4人連れ。

礼児「失礼しまっす。」

先輩「オウ。」

女A「体育系の格闘おたくよ。やーね。」

   礼児、聞きつけてそちらに目をやる。

   女達、すでに違う話題になっている。


(15)暗闇(夢)

   暗闇の中に霧がかかり始める。


(16)礼児のアパート、部屋(未明)

   ばっ、と跳ね起きる礼児。

   窓の外は薄明るく、人通りもない。

   扇風機は止まって倒れている。

   時計が四時になっている。

   じっ、と時計を見る礼児。


(17)礼児のアパート、前(未明)

   礼児、トレーニングウェア姿で部屋を

   出る。


(18)町中3(未明)

   街灯が着える。

   礼児、ゆっくりと走っている。


(19)公園(未明)

   見晴らしのいい、川沿いの公園。

   息を切らせながら歩いてきた礼児、木

   に寄りかかって呼吸を整える。突然、

   耳に詩織の声(気合)と打撃音が聞こ

   えてきて、そっちを見る。

   こめかみにバンドエイドを貼っている

   詩織、公園のはずれの木に古い枕を縛

   りつけ、突き蹴りしている。

   思わず目を奪われる礼児。

   詩織、礼児に気がつく。

   礼児、慌てて視線をそらす。

   詩織、構えを作って呼吸を整えると、

   敵意のある視線を残して走り去る。

   礼児、しばらく何か考えてからその木

   に近づく。

   茶色く汚れた古枕。真新しい鮮血も付

   着している。

   礼児、詩織の去った方をちらと見る。


(20)町中4

   大塚や礼児の乗ったトラックが走って

   いる。


(21)運転席

   大塚が運転している。

大塚「このチーム、真面目ぞろいのせいか仕

 事が速く終わるな。」

礼児「今日は一件だけですか?」

大塚「一件だけだ。」

礼児「そうですか…」

大塚「まだ働きたいのか?」

礼児「まあ…金が要りますから。」

大塚「金、なあ…」

   大塚、運転士ながら考え込む。

   外を見ていたサェド、ちらと、大塚・

   礼児を見る。


(22)駒込運送、玄関口(夕方)

   出てくる礼児。

   その前に止まる<外車>。

   運転席には大塚。後ろにサェド。

礼児「大塚さん…?」

大塚「乗りなよ。」

礼児「これ…(不思議そうに)大塚さんの車

ですか?」

大塚「ああ。」

礼児「でも…」

大塚「いやならムリにとは言わないけど…」

礼児「…歩いていきますから。寄るところも

 あるし。」

大塚「そうか。じゃ、またな。」

   大塚、車を出す。


(23)ラーメン屋、前(夕方)

   ラーメン屋の看板。

   礼児、その前を通りかかり、ふと、足

   を止め、ポケットの中を探ると、自嘲

   して立ち去る。


(24)礼児のアパート、部屋(夜)

   礼児、鍋ごとお粥をすすっている。お

   かずはたくあん二切れのみ。食べ終わ

   ると水をガバガバ飲んでボーッと寝転

   がり、何となく鉄アレイをいじってい

   る。


(25)大学構内(回想)

   学生が行き交う。

   礼児、独りで歩いている。

   数人でで来てすれ違う女B。

   肩がぶつかり、手荷物を落とす女B。

   驚いて拾う礼児。

礼児「すみません。」

女B「いえ。」

   気にせずに去る女B。

   ちょっと見ていてから、ふ、と笑いを

   漏らして立ち去る礼児。

   いきなり、マフラーをはずした原付の

   音。


(26)礼児のアパート、部屋(夜)

   エンジン音がかなりやかましい。

   礼児、ムッとして起き上がり、窓の外

   を見る。

   どこでか分からないが、音だけは聞こ

   えてくる。

   礼児、ムッとして音を立てて窓を閉め

  る。


(27)駒込運送、事務室

   事務員たちがそれぞれのことをやって

   いる(もちろんサボッているものもい

   る)。

   礼児、係長に説教されている。

係長「君ね、済みませんじゃすまないんだよ!

 物を運ぶときは気をつけてくれっていつも

 言ってるだろう! 六〇〇万円のピアノに

 傷を付けて、謝って済まそうって言うんじゃ

 ないだろうね!」

礼児「…済みませんでした。」

係長「だから、言葉じゃすまないって言って

 るだろう! これだから無責任な学生バイ

 トは…どう責任を取るつもりだ、どう!」

   うなだれてる礼児。

事務員「係長、電話です。」

   係長、舌打ち電話を取って…

係長「ああ、もしもし…(愛想よく)あ、は

 い、はいーっ、どーも…(礼児に気がつき

 受話器を押さえ)あとでまた来い。(電話

 を取って)あー、はい、はい。えー、大丈

 夫です、おまかせください。…」

   礼児、出ていく。


(28)駒込運送、控室

   中年のドライバーたちや、ツナギを着

   たバイトたちが時間をつぶしている(

   日本人ばかりではない)。

大塚「どうするかって? 別にどうってことぁ

 ないよ。」

礼児「どうって…、弁償しなきゃならないん

 じゃないんですか?」

大塚「保険が効いてるだろうが。弁償は保険

 で済むはずだよ。」

サェド「大塚サン、ソレ、ダメネ。ばいとノ

 ケイヤク、物壊シタトキ、オ金、払ウコト

 ナテルヨ。」

大塚「そうなの? …ひでえなあ。でも、そ

 れじゃ、どうするんだ?」

   黙ってしまう礼児。

大塚「こんなバイトじゃいつまでたったって

 そんな金たまんないぜ。」

サェド「大塚サン…」

   大塚、頭を掻いて

大塚「お前にその気がありゃ、方法はないで

 もないがね。」

   驚く礼児。

大塚「…来るか?」

   礼児、うなずく。


(29)ディスカウント・ストア

   客も少ない店。

   意外に広く、店員には外国人も。

   大塚・サェド・礼児、カウンターに近

   づく。

   キャッシャー、カウンターの中でパソ

   コンのモニターを見ている。

大塚「よう。」

   キャッシャー、無表情で大塚を見る。

大塚「マッチに友達を紹介したいんだ。カー

 ドを作ってくれ。名前は…」

礼児「礼児。巣鴨礼児です。」

   キャッシャー、しばらく礼児を見てか

   ら小型の指紋判別機をテーブルに出す。

   大塚、礼児に手振りで手を載せるよう

   に指示する。

   礼児、ガラス面に手を載せる。途端に

   強い光を発してスキャンされ、礼児は

   目がくじける。

   カウンターの下から機械音。

   キャッシャー、無言のままカードを出

   す。

大塚「すまないね。」

   キャッシャー、指を五本立てる。

大塚「五千円、払えるか?」

   礼児、青ざめる。

   大塚、自分の財布から五千円出してキャ

   ッシャーに渡す。

大塚「ありがとよ。」

   三人、歩き出す。


(30)町中(夜)

   大塚の<外車>が走る。


(31)バーの中

   おやじがカラオケでがなってる。

   意外に広く、繁盛している。

   大塚・サェド・礼児、カウンターに近

   づく。

   バーテンダー、カウンターの中でカラ

   オケのモニタを見ている。

大塚「よう。今日はやってるかい?」

バーテンダー「いいとこへ来たね。例の女が

 また来るようになった。」

大塚「例の女?」

バーテンダー「なかなかやるんだ、これが。」

大塚「ホークとかいうガイジンは?」

バーテンダー「あれから、来てない。助かる

 よ。また死人がでると面倒だからな。」

   わけが分からない礼児。

   大塚、礼児を促し、三人、裏口から出

   ていく。


(32)階段

   コンクリートうちっぱなしの階段を降

   りる三人。

礼児「大塚さん、いったい何があるんです、

 ここ?」

大塚「マッチさ。」

礼児「マッチ?」

大塚「お前…<格闘技>やってるって言って

 たよな。」

礼児「ええ、まあ…」

大塚「格闘技は好きだろう?」

礼児「ええ…」

   地下の扉の前に人相の悪い男。

   指紋照合機が置いてある。

   大塚とサェド、カードを出す。

大塚「カードを出せ。」

   ひとりづつカードと指紋を照合される。

   三人とも終わると、人相の悪い男、扉

   を開く。その向こうは地下駐車場。


(33)地下駐車場

   車は一台もなく、人が集まって喚声を

   あげている。

   真ん中に空間。

   朱老人と挑戦者Aがにらみ合う。

   三脚で立てたホワイトボードの前で、

   グラサンの小男ががなっている。

小男「さあ、張った張った! 1対3だぞ、

 1対3! 挑戦者に賭ける奴いな

 いか?」

   観客たちが金を賭ける。

   呆然としている礼児(サェドはいなく

   なっている)。

小男「よし、締切りだ! ゴングを鳴らせ!」

   観客の一人が石油缶をげんのうでぶっ

   たたく。

   にらみ合っていた二人が格闘し始める。

礼児「大塚さん、これって…」

   大塚、すでに戦いに気を取られてる。

   朱老人、中国武術っぽい動きで挑戦者

   Aを翻弄し、二分ほどで倒す。

   さっと離れる朱老人。息も乱れてない。

   喚声と罵声。

小男「勝者、ツウ先生! 配当は1・3!」

   観客たち、金を取りに押しかける。

礼児「賭けストリートファイトですか?」

大塚「そんなもんだ。大穴当てれば、デカい

 時もあるぞ。俺はこれで<外車>買った。」

   口から血を流しながら、支えられて出

   ていく挑戦者A。

   朱老人、上着を取って小男に近づき、

   金を受け取る。

大塚「出る奴は自分に賭ける。その上で親の

 上がりは折半というわけさ。」

   大塚、サイフを出して金を数え始める。

   サェドが戻ってくる。手にはバンデー

   ジ。

大塚「サェド、トイレか?」

   サェド、それには答えず上着を脱ぎな

   がら小男に近づく。

小男「よう、ミスター・サェド。今日もやる

 かい?」

   サェド、こくりとうなづき金を渡す。

小男「よーし、ネクスト・マッチはミスター・

 サェドだ! 挑戦者はいるか!」

タバタ「俺がやる。」

   タバタ、金を突き出す。

   わーっ、と湧く観客。

小男「よーし、1・3対1・4だ、ミスター・

 サェドに1・3、タバタに1・4! 」

   礼児の側の観客A・B、

観客A「ミスター・サェドの戦績は?」

観客B「たしか、7勝2敗。」

観客A「タバタは?」

観客B「3勝3敗、ミスター・サェドとは初

 対戦だ。」

観客A「ちょっと、読めねえな。」

   礼児、驚いて小男のほうを見る。

   既に上半身裸になって、手にはバンデー

   ジを巻き、準備運動をしているサェド。

   その視線が、ふと朱老人とぶつかる。

   やや侮蔑の色をもつ朱老人。

   挑戦的なサェド。

   大塚、金を賭けてる。

小男「よーし、締め切るぞ! ゴングだ!」

   再び空き缶が鳴る。

   すさまじい互角の戦い。

   だが、チャンスをつかんだサェドが猛

   攻。

   挑戦者が膝をついたところへサェドの

   とどめの一撃が入り、倒れる。

   サェド、倒れた男の頭を軽く踏みつけ

   る(勝利のアピール)。

小男「勝者、ミスター・サェド! 配当は1・

 3倍!」

   喚声と罵声。

   サェド、上着を受け取って戻ってくる。

大塚「やったな、サェド。」

   にやりと鬼気迫る笑いのサェド。礼児

   にも笑いかける。

大塚「どうだ?」

礼児「どうって…」

   その時、再び喚声。

観客C「詩織だ!」

観客A「いいぞ、姐ちゃーん!」

   礼児、振り向く。

   小男に札束を渡し、上着を脱ぐ詩織。

   礼児、すこし驚く。

小男「よーし、挑戦者は詩織。7対1だぞ!

 大穴当てるなら今だ!」

大塚「賭けないのか?」

礼児「どうするんです?」

大塚「一口一万、勝つと思うほうに賭ければ

 いいんだよ。勝てば配当がもらえる。」

   礼児、空間のほうを見る。

   詩織、肩や腕を動かしている。

   相手のメジロは筋肉モリモリの巨漢。

   礼児、意を決して小男に近づく。

小男「どっちだい?」

礼児「女に一万!」

   礼児が千円札を一〇枚出すと、小男、

   それを数えてからカーボンのついたメ

   モをちぎって渡す。

小男「さあ、ゴングを鳴らせ!」

   喚声の中、空き缶が鳴り戦闘開始。

   激しい打撃の応酬の末、詩織が額から

   流血しながら、メジロのギブアップを

   奪う。

小男「勝者、詩織ー!」

   喚声。金の交換。

   金を数えている礼児。

大塚「勝ったな。」

礼児「ええ。仕事一日分の金ができちゃいま

 したよ。」

大塚「出ればもっと凄いぜ。」

   礼児、小男のほうを見る。

   詩織、タオルで流血を押さえながら一

   万円札を何枚も受け取っている。

   礼児、じーっと見ている。

   サェド、横で手にバンデージを巻いた

   まま缶コーヒーをすすっている。ちょっ

   と苦しそう

礼児「大塚さんも出るんですか?」

大塚「ああ…。出てない。」

礼児「なぜです?」

大塚「格闘は見てるのが一番楽しいもんだ。」

   大塚、あごをひっかく。

観客A「五反田か!」

観客B「5戦全勝だぜ。」

   礼児、空間のほうを見る。強そうな男

   が一人出ている。

小男「さあ、五反田カツヨシだぞ! カツヨ

 シに挑戦する奴はいないか!」

   ざわめき。

大塚「どうする?」

   礼児、上着を脱いで出る。

小男「おーっと、新顔さんだ! 若いの、名

 前は?」

礼児「礼児。巣鴨礼児。」

小男「挑戦者、ニューフェイス、礼児! 五

 反田カツヨシ対巣鴨礼児! 掛け率は…4

 対1だ! 4対1!」

   おおーっ、とどよめき。

   観客たちがお札を手に賭け始める。

大塚「おもしれえ。」

   大塚、万札を手に小男のところへ。

大塚「カツヨシに十万だ。」

   五反田、礼児を見て鼻で笑う。

   礼児、口を一文字。

小男「よーし、締め切るぞ! ゴングを鳴ら

 せ!」

   空き缶が鳴る。

   なめるように近づく五反田。

   礼児、先制攻撃するがすべて外される。

   五反田優勢。

   あせり始める礼児。

   喚声の中に野次が飛ぶ。

   腕を組んでみている詩織。

大塚「やっちまえー! ぶっ殺せ!」

   コーヒーの空き缶を投げ捨てるサェド。

   五反田の一撃が礼児を吹っ飛ばす。観

   客の中に突っ込む礼児。

   どよめき。

   礼児、ふらふらと立ち上がる。

   咆吼を挙げてつっこむ五反田。

   また吹っ飛ばされる礼児。

   立ち上がろうとするが、今度は立ち上

   がれない。

小男「おーっと、礼児、ギブアップかー?」

   ニヤニヤしながら近づく五反田。

   口から血を流しながら恐怖し、首を横

   に振る礼児。

   五反田、礼児の横面を拳で張り飛ばし

   て叫び声をあげる。

小男「カツヨシの勝ち!」

   喚声と罵声。金の交換。

   高笑いして背を向ける五反田。

   札を勘定している観客B。

観客A「畜生、くたばりやがれ!」

観客B「大穴なんか狙うからだよ、馬鹿。」

   礼児、フラフラと戻ってくる。

   サェド、背中をたたく。

大塚「さ、帰ろう。送るぜ。」


(33)町中5(夜中)

   夜中の町中。人通りも絶えている


(34)礼児のアパート、部屋(夜中)

   礼児、腫れ上がった顔で目を吊り上げ

   独り練習。


(35)礼児のアパート、前(未明)

   礼児、トレーニングウェア姿で部屋を

   出る。


(36)公園(未明)

   #19と同じ場所。

   息を切らせた礼児が走り込んでくる。

   詩織、古枕を突き蹴りしている。

   詩織、礼児に気がつく。

   礼児、詩織を観て何か言おうとする。

   詩織、構えを作って呼吸を整え、走り

   去ろうとする。

礼児「待ってくれ。」

   詩織、無視して走り去る。

   礼児、無意識のうちに血のついた古枕

   を撫でる。


(37)誰かの家

   4人ほどの駒込運送の作業員が引っ越

   しの荷物を運んでいる。

   大塚とサェドがいる。

大塚「あいつ、もう一週間来てないな。」

   サェド、こくりとうなずく。


(38)駒込運送、玄関口

   徐行してくる大塚の<外車>。

   近くに立っていた礼児、手を振る。

   <外車>、停止。窓から大塚が顔を出

   す。助手席にはサェド。

大塚「よう。どうした? 怪我の具合が悪かっ

 たのかい?」

礼児「また連れてってください。」

   大塚、黙って礼児の顔を見る。

   礼児、自信ありげに微笑。

   大塚、無表情であごをしゃくる。


(39)階段

   コンクリートうちっぱなしの階段を下

   りる三人。

   大塚、ちょっと表情が暗い。

   地下の扉の前に人相の悪い男。

   三人が来ると指紋を照合して扉を開け

   る。


(40)地下駐車場

   人は集まりかけているが、まだ始まっ

   ていない。

大塚「今日はまだ早かったかな。」

   小男が椅子とホワイトボードを持って

   くる。

   人も次第に集まってくる。

   朱老人もやってくる。

   扉を潜って入ってくる詩織。

   ふと、礼児と目が合う。

   詩織、敵意のある視線。

   戸惑う礼児。

   詩織、無視して反対側に行ってしまい、

   壁(または柱)に寄りかかる。

小男「さあ、そろそろ始めようか。」

礼児「一番だ。やらせてくれ。」

   礼児、上着を脱ぐ。

小男「よう、礼児…だっけ? (あざけるよ

 うに)大丈夫かい?」

   礼児、無言で金を渡す。

小男「よし…礼児だ、挑戦者は…!」

シブヤ「おう。」

   シブヤ、ヤンキーっぽい風貌の男。礼

   児を侮蔑するようににらんだまま小男

   に金を渡す。

小男「挑戦者、シブヤ! 掛け率は1・2対

 1・7!」

   観客たちが金を賭け始める。

   シブヤ、礼児とにらみ合い。

   礼児、シブヤの後ろでやはり敵意のあ

   る視線を向けている詩織に気がつく。

小男「よーし、ゴングを鳴らせ!」

   空き缶が鳴る。

   野次と罵声が飛ぶ中、互角の戦いか続

   くが、礼児が勝利する。

   礼児、咆吼して勝利を確認してから、

   小男に近づく。

小男「初勝利だな、新入り。おめでとう。」

   礼児、芝居がかった動作で差し出され

   た札をうけとり、札に口づけ。

   冷やかしたり盛り上がったりする周囲。

   唾を吐いて床にこすりつける詩織。

   礼児、今受け取った金をそのまま出す。

礼児「もう一戦だ。」

小男「何だって?」

礼児「もう一人やらせてくれ。」

小男「こいつぁ驚いた! 礼児の連続出場だ、

 挑戦者はいるか!」

メジロ「オウ。」

   巨体のメジロが大金を手に出てくる。

小男「挑戦者メジロ! 掛け率は1・8対2!

 1・8対2だ!」

   観客たち、ざわめいて金を賭け始める。

メジロ「おい、ガキ。調子に乗ってると怪我

 するぞ。」

礼児「あんたこそ、連敗して恥さらすなよ。」

   怒るメジロ。礼児に飛びかかろうとす

   る。

小男「おい、ゴングはまだだぞ!」

観客D「かまわねえ、やっちまえ!」

   空き缶が鳴らされてしまう。

   最初は逃げ回っている礼児、やがて自

   分のペースに引き込みKO。

   どっ、と湧く観衆。

   冷静に見ている朱老人。

   息を切らせて汗だくで戻ってくる礼児。

   小男、金を差し出す。

小男「やったな、オイ。」

礼児「…もう一人だ。」

   礼児、金を小男に突き返す。

礼児「もう一人、やるぞ。」

小男「おい、大丈夫か?」

   大塚、人をかきわけて出てくる。

大塚「やめとけ。」

   礼児、大塚の手をふり払って微笑。

礼児「今日は行ける。そんな気がするんだ。」

小男「礼児が3人抜きに挑戦するぞ!」

   どよめく観衆。

   挑戦者Bが出てくる。

小男「さあ、張った張った!」

   詩織、壁を離れて出てくる。

詩織「三人抜きに十万。」

小男「うお、豪気だね、詩織。」

   きつい目付きで礼児を見る詩織。

詩織「負けてもすぐ取り戻せるわ。」

   小男の近くの柱(または壁)に寄りか

   かって観ている詩織。

   その肩をたたいて微笑する朱老人。

   激闘数分、礼児、辛勝。

   観衆、大歓声。

   礼児、倒れそうになりなりながらふら

   ふらと戻ってくる。

小男「やったな、オイ! あんた、凄えぜ!」

   小男、礼児に金を出す。

   礼児、小男に寄りかかりながら何かつ

   ぶやく。

小男「え…?」

   礼児、何かつぶやくが、ざわめきで聞

   き取れない。

   小男、顔を寄せる。

   礼児の口、「もう一人」の形に動く。

   朱老人が寄ってきて礼児の腕をつかむ。

朱「(ぼそっと)あなた、もうやめるのいい。

 …死ぬよ。」

   キッとにらみつける礼児。

   朱老人、無表情のまま脇腹に一発。

   脇を押さえて崩れる礼児。

   朱老人、気を失っている礼児を抱え起

   こす。

   それを見ていた詩織、

詩織「ミスター・サェド! あんたの連れで

 しょ?」

   観衆、道をあける。

   サェドと大塚、出てくる。

   詩織、小男の手の札をひったくって礼

   児のポケットにねじ込む。

   大塚、礼児を受け取って連れていく。

   サェド、礼児の上着を拾う。

   と、一息遅れて詩織が上着を脱ぐ。

小男「(気がついたように)さあ、まだまだ

 続くぞ! ネクスト・マッチは詩織だ! 

 挑戦者いないか!」

   わっ、と湧く観衆。


(41)町中6(夜)

   <外車>が走っている。


(42)<外車>、車内(夜)

   厳しい顔で運転している大塚。

   顔を腫らしてバンドエイド貼ってるサェ

   ド。

   後部座席で痛むところをさすりながら

   金を勘定している礼児。顔はニヤニヤ。


(43)礼児のアパート、前(夜)

   <外車>からおりてくる礼児。

礼児「有り難うございました。」

大塚「いくらになった?」

礼児「しめて、十五万七千円の儲けです。」

大塚「…儲けるのはいいが、体が壊れたらア

 ウトだぞ。」

礼児「大丈夫ですよ。」

   大塚、ため息をついて車を出す。

   礼児、見送りもせず部屋へ戻っていく。


(44)礼児のアパート、部屋(未明)

   目覚しが鳴る。

   礼児、フトンの中から手探りで目覚し

   を探り当て、止めて寝続ける。


(45)礼児のアパート

   既に日が高い。

   電話が鳴る。

   礼児、手探りで受話器を捜す。

   脇の痛みに顔をしかめる。

   ようやく捜し当て、受話器を取る。

礼児「はい、巣鴨です…」

係長の電話声「ああ、巣鴨君、いたか…。逃

 げたかと思ったよ、仕事に出てこなし連絡

 もないから。どうしたんだ?」

礼児「(ちょっと辛そうに)ああ、そちらの

 仕事じゃお金返せそうにないから、夜稼い

 でるんですよ。」

係長の電話声「そうか、返す気はあるんだな?

 それじゃいい。体を壊さないでしっかり働

 いてくれよ。うちで仕事できるときには電

 話くれ。」

礼児「…ふあい。」

   電話、切れる。

礼児「二度と行くか、バカヤロー。」

   礼児、受話器を叩きつけるように置い

   て、また寝ようとする。

   が、ふと時計を見る。

   2時過ぎてる。

   ごそごそ起き出す。

   キッチンに立って鍋を手に取るが、ふ

   と目を床にやる。

   床に散らばってる万札。


(46)ラーメン屋、前

   #23と同じ場所。

   礼児、上機嫌で歩いてくる。

   礼児、ラーメン屋に入る。


(47)ラーメン屋、中

   礼児、入ってくる。

   ちょうど一人客が出ていく。

   店内、他に客はいない。

   カウンターの中に朱老人。

朱「いらっしゃいです…。!」

礼児「あ…!」

   (時間経過)

   カウンターで、ラーメンとチャーハン

   と中華丼が空になっている。

   礼児、水をいっき飲み。

礼児「すみません…おひや、もらえます?」

   朱老人、黙ったままコップを受け取る。

礼児「その…昨日はどうも。」

   朱老人、無表情で水を汲む。

朱老人「(丁寧に)撲られてどうももないも

 んです。」

   朱老人、カウンターにコップを置く。

   礼児、コップを見ながら

礼児「まだ、脇が痛いっすよ。ははは…」

   朱老人、カウンターから出てきて空い

   た器をさげながら

朱「人間、無茶したらアッというまに壊れる

 ですよ。」

   朱老人、カウンターに戻る。

礼児「…あれだけ稼いで昼も働くんですか?」

   朱老人、洗いものしながら

朱「賭博で生活するのは、とてもよくないで

 すね。」

礼児「でも、趣味が仕事だったら、いいと思

 いません?」

朱「じゃ、あなた、プロになるですか? プ

 ロになれるですか?」

   黙ってしまう礼児。

   水音だけが響く。

礼児「あなたほどの人なら、武術を教えると

 かあるんじゃないですか?」

朱「道場開くの、タダじゃないです。とくに

 日本、何でも高い。人の付き合い方も、私

 の国とはぜんぜん違う。それに…」

   朱老人、ちょっと暗くなって考え込ん

   でしまう。

   礼児、そそくさと立ち上がる。

礼児「御馳走様、お勘定お願いします。」

朱「いいよですよ。」

   不思議そうな顔をする礼児。

朱「あなた、まだ若いです。これからたくさ

 んお金要るですよ。無駄に使ってはいけな

 いです。私、お金払う。」

   朱老人、自分のポケットからお金を出

   してレジに入れる。

朱「何だか知らないけど目的のお金を貯めま

 したら、あんなことすぐやめて、全部忘れ

 るがいいですよ。」


(48)町中7

   礼児が路地を歩いている。

   郵便配達のバイクが通りすぎる。

   礼児、驚いて振り向く。

   手紙をポストに入れている配達員は、

   顔を腫らしたメジロ

   メジロ、礼児に気づかず行ってしまう。


(49)地下駐車場

   観衆の中、礼児が挑戦者Cを下す。


(50)町中7(夜)

   歩きながら金を数える礼児。


(51)地下駐車場

   観衆の中、礼児が挑戦者Dを下す。


(52)ファミレス、中

   満席のファミレスで定食を食べる礼児。


(53)地下駐車場

   観衆の中、礼児が挑戦者Eを下す。


(54)礼児のアパート、部屋(夜)

   礼児、カレンダーを見ている。

礼児「あしたから学校か。次のマッチは…し

 あさって、と。」

   礼児、にやりと笑って振り向き、テレ

   ビをつける。

   ちゃぶ台にスナック菓子やペットボト

   ル。

   礼児、握力器を握りながらテレビを見

   ている。

   いきなり、マフラーを外した原付の音。

   爆竹と喬声。

   いったん遠ざかるがまた近づいてくる。

   礼児、拳を握りしめて飛び出していく。


(55)町中8(夜)

   奇声を挙げて騒音をまき散らす原付三

   台。

   いきなり石が飛んできて一人が転ぶ。

ヤンキーA「なんだ、おい!」

ヤンキーB「ンだ、この野郎ぉ!」

   ものも言わず突進する礼児。

   原付にまたがってる奴にタックル。

   たちまち乱闘。

   礼児、さんざんにぶちかまして三人を

   追い払う。

   得意顔の礼児。

   パトカーのサイレン。

   逃げる礼児。

   すべて終わった後、到着したパトカー

   から降りてきたのは、警官の制服を着

   た五反田。


(56)大学構内

   学生が行き交うキャンパス。


(57)大学、体育館

   激しいトレーニング中。

   汗まみれの者たちの中に、礼児もいる。


(58)大学、ロッカー室

   着替えている。

学生A「午後の講義は?」

学生B「経済学概論。…カーッ、面倒癖え。

 サボッちまおうかな。」

学生A「でも出席日数やべえんじゃねえか?」

学生B「巣鴨、お前同じ授業だろ?」

礼児「ん? ああ…でないよ。」

学生B「サボるの?」

礼児「…なんか食いにいくわ。」

   礼児、先に出ていく。


(59)ラーメン屋、中

おっさん「いらっしゃい。」

   礼児、キョロキョロしてから席に着く。

   おっさん、コップを持ってくる。

礼児「この前の爺さんは?」

おっさん「(不思議そうな顔をして)ああ、

 やめさせたよ、金の扱いがいい加減でなあ。

 これだから中国人ってやつは…知り合いか

 い?」

礼児「いや、べつに。」


(60)地下駐車場

   サェド、挑戦者FをKO。

小男「勝者、ミスター・サェド!」

   歓声の中、金を受け取るサェド。なん

   だか、表情が冴えない。

   (詩織はいない。)

礼児「おつかれさま。」

サェド「レイジ…」

礼児「大塚さんは?」

サェド「今日、来テナイデスネ。」

   話しているうちに次のマッチが始まっ

   ている。メジロ対挑戦者G。

礼児「サェドさん、顔色が悪いけど…」

   ギクリとするサェド。

サェド「アア…チョト、疲レテルデスネ。」

   メジロが勝利する。

メジロ「さあ、もう一人出てこい!」

小男「なんだ、メジロ、三人抜きに挑戦か?」

   わっ、と湧く観客。

礼児「よし、次はオレだ。」

   礼児、金を手に出ていく。

   さらに湧く観客。

メジロ「また手前か。今度はぶっ潰すぞ。」

礼児「やってみろよ。」

   上着を脱ぎ捨て構える礼児。

   激しい戦い。いったん追い詰められる

   ものの、礼児がメジロをKO。

   礼児、フラフラでガッツポーズ。

小男「礼児、今日は何人抜くつもりだ?」

礼児「できるところまでさ。」

   その時、入口を潜って入ってくるやく

   ざ風の荒川と、外人のホーク。

   観客、口々に「ホーク」「ホークだ」。

   小男、わずかに顔をしかめる。

   朱老人、意を決したように出る。

朱「私、やる。」

   驚く礼児。

小男「ツウ先生! 挑戦者はツウ先生だ!」

   朱老人、札を渡しながら

朱「三人抜くよ。」

小男「おっと、ツウ先生、三人抜き宣言だ!

さあ、張った張った!」

   小男、ホワイトボードに倍率を書き上

   げる。

   観衆、どっと湧いて金を賭け始める。

   ホーク、無表情で見ている。

小男「よし、締切りだ! ゴングを鳴らせ!」

   空き缶が鳴る。

   朱老人、的確な動きで礼児を翻弄。時々

   隙を見ては掌底打ちを当てていく。

   ムキになってくる礼児。

   朱老人、礼児が一息つこうとした隙を

   見てサッと構えを取り、必殺の一撃。

   吹っ飛ばされる礼児。観衆の中に頭か

   ら落ちて気を失う。

朱「ミスター・サェド、請尓帯量他去医院。」

T「病院へつれていってくれ。」

   サェド、ふらふらしながら礼児を連れ

   出す。

   朱老人、サッと二本指を立てる。

   どっと湧く観衆。

小男「さあ、二人目だ…」

   ホークが出てくる。

   小男、少しイヤそうな顔をする。


(61)病院、外観(夜)

   外科医院。


(62)病院、内部(夜)

   診療室のベッドに寝かされている礼児。

   レントゲン写真を眺めている白衣姿の

   詩織。その目付きはすこし悲しそう。

   礼児、気がつく。

礼児「う…」

   わけの分からない激痛に顔をしかめる。

詩織「(向こう向いたまま)静かに。すぐに

 起きてはダメ、しばらく安静です。」

   詩織、こっちを向く。

礼児「え…?」

詩織「頭には異常はないわよ。ただ、血液が

 逆流して一時的に体中の毛細血管を痛めた

 だけ。背骨にも影響が出てるけど…それは

 すぐ治る。日常生活にそれほど問題ないし、

 1週間もすれば体調も元に戻るでしょう。」 

礼児「あんたは…」

   微笑を漏らす詩織。

礼児「なんで…」

詩織「(無視して)注射を打つから、腕を出

 しなさい。」

   横になったまま腕を出す礼児。

詩織「強い薬だから少し痛むよ。」

   注射の痛みに顔をしかめる礼児。

詩織「(注射の後始末をしながら)ツウ先生

 の必殺技を食らったわね。ちゃんと手加減

 はしてくれたみたいだけど。」

礼児「なんなんだ、あの人は?」

詩織「文化大革命のとき、タイへ逃げた中国

 人の一人らしいわ。タイでは殺人事件に関

 係して、密入国で日本へ。で、タイに家族

 を残してきてるとか。それ以上のことは知

 らない。」

   礼児、しばらく考え事している。

   詩織、カルテを見ながら

詩織「あなた…大学生だったの。もうこんな

 バカなことはやめなさい。」

礼児「どうしてさ。」

詩織「どうしてって…」

礼児「あんただってやってる。」

   詩織、後ろを向いてしまう。

詩織「やめられなくなるからよ。」

礼児「大丈夫さ。」

詩織「そのうち、勝つために手段を選ばなく

 なるわ。」

   礼児、理解できない。

詩織「そうなる前に…」

   その時、外で救急車のサイレンの音。

看護婦「上野さん、また急患です。神田先生

 がすぐ来てくれって…」

詩織「すぐ行くわ。(看護婦が去ってから)

 あなたは交通事故で運び込まれたことになっ

 ているから、マッチのことは言わないほう

 がいいわよ。もう大丈夫でしょう、一人で

 帰れる。」

   詩織、部屋を出ていく。

   礼児、頭を押さえながら起き上がる。


(63)病院、前(夜)

   礼児、ふらふらと出てくる。


(64)橋(夜)

   時々、車がすっ飛ばして行く橋の上。

   礼児、欄干に片手を置いて怒りの表情

   で水面を見ている。

   ガンガン音楽を鳴らしながら車が通り

   すぎる。

   礼児、両手で欄干を掴む。思わず力が

   入り、手が振え出す。

礼児「う お お お お っ ! 」

   手を放すと同時に、欄干に激しい横蹴

   りを入れる。

   金属音が水面に響く。


(65)礼児のアパート、前(夜)

   礼児がやってくる。

   扉の前で何かやってるヤンキーA・B。

礼児「何だ、おまえら!」

   ヤンキーA・B、驚いて柵を飛び越え

   逃げ出す。

   礼児、追おうとするが間に合わない。

   原付きの音をけたたましく響かせなが

   ら闇の中へ逃げ去ってしまったヤンキー

   A・B。

   礼児、戻って扉に錠を入れようとする。

   錠が鍵穴に入らない。

   礼児の足もとに、瞬間接着剤の空きボ

   トル。

   礼児、扉を蹴り破ろうと足をあげるが

   寸前で考え直す。


(66)礼児のアパート、部屋(朝)

   錠屋さんがノブを取り替えたところ。

   扉が開く。

錠屋「はい、終わりました。」

礼児「どうも。」

   金を払う礼児。

錠屋「まいどどうも。」

   帰っていく錠屋。

   扉を閉める礼児。

礼児「毎度お世話になったりしたらたまんな

 いよ。」


(67)バーの中

   礼児がやってくる。

   おやじがカラオケでがなってる。

   客足がだいぶ落ちてる。

   礼児、カウンターに近寄る。

   バーテンダー、カウンターの中でカラ

   オケのモニタを見ている。

礼児「こんちわ。」

バーテンダー「あんたか。」

   バーテンダー、不機嫌そうにモニター

   に向き直る。

礼児「どうしたの?」

バーテンダー「階下にいくのか?」

   不思議そうにうなづく礼児。

バーテンダー「やめたほうがいいぜ。もう、

 あの商売も終わる。」

   疑問顔の礼児。


(68)階段

   コンクリートうちっぱなしの階段を降

   りる礼児。

   地下の扉の前に人相の悪い男。何故か

   顔面を怪我している。

   指紋照合機が置いてある。

礼児「どうしたんだ?」

   人相の悪い男、不機嫌そうに、答えな

   いで指紋の照合を促す。

   礼児、疑問顔のままカードと指紋を照

   合する。

   人相の悪い男、扉を開く。

   地下駐車場では、閑散とした中でホー

   クとタバタが試合中。


(69)地下駐車場

   サェド、五反田などがいる。

   タバタ、口から血を流している。

   心配そうにしている小男。

   遠慮なく攻撃を続けるホーク。その力

   任せの打撃に翻弄されるタバタ。

   満足そうに見ている、スーツ姿の品川。

小男「おい、そこまで! ホーク、あんたの

 勝ちだ!」

ホーク「NO!」

   倒れたタバタにさらに攻撃を加えるホー

   ク。

   悲鳴を上げ、這って逃げようとするタ

   バタ。

   ホーク、それを後ろから捕まえ、殴り

   続ける。

   続く悲鳴と床に飛び散る鮮血。

   目をそらす観客たち。

   ホーク、すでに意識のないタバタの襟

   首を掴んで引きずり起こす。

ホーク「HA!」

   ホーク、タバタを投げ捨てる。

   観客たちが小男のところに集まる。

   品川もやってくる。

   小男、困惑顔。

品川「ホークの勝ちだな。掛け率は?」

小男「…1・7対1・2。」

品川「ああん? よく聞こえなかったぞ。な

 あ、ホーク!」

   ホーク、拳をさすりながら近づいてく

   る。

品川「掛け率は?」

   答えられない小男。

品川「1・7対12だな?」

小男「そんな…!」

   ホーク、品川の後ろでにやつく。

小男「わ…わかったよ!1・7対12!」

   品川とホーク、目を見合わせて笑う。

   小男、大量の一万円札をしぶしぶ渡す。

   品川、時計を見てから

品川「早く次の試合を始めろ。ホークは誰の

 挑戦でも受けるぞ。」

   挑戦者は出ない。

   礼児、出ようとするが、サェドに止め

   られる。

品川「ち…仕方ない。ホーク、一休みだ。お

 い、チビ! 早く次の試合にしろ!」

小男「えーと…次の…」

   しばらく顔を見合わせる観客たち。

   やがて、おずおずといった感じで出て

   くる五反田。

小男「カツヨシ…挑戦者は…」

品川「ホーク、行け。」

   出てくるホーク。

五反田「き…棄権…」

品川「あ あ ん ? それでも男か?」

   絶望的な表情をする五反田。

   拳をさすり、膝を屈伸するホーク。

品川「はやくゴングにしろ。」

   出ていこうとする礼児。押しとどめる

   サェド。

礼児「何故止めるんだ、何故!」

   サェド、それには答えず、礼児を捕ま

   えたまま扉から出ていってしまう。

   その間にゴング。


(70)地階の廊下

   コンクリートうちっぱなしの廊下。所々

   の蛍光灯と「非常口」のサインだけが

   唯一の明かり。

   サェドに連れられてくる礼児。

   踊り場でとまり、向き合う。

サェド「レイジ、アナタ、勝テナイネ。」

礼児「そんなこと、やってみなきゃわからな

 いだろ!」

   サェド、首を横に振る。

サェド「ツウ先生モ、ほーくニ壊サレタネ。

 他ニモ8人ガ病院、ソノウチ5人が死ンダ

 ヨ。」

   グッと言葉に詰まる礼児。

サェド「アナタ、ソノママデハ殺サレルネ。

 ドウシテモヤルナラ、くすり要ルヨ。」

礼児「クスリ?」

   サェド、ポケットから小箱を出す。小

   箱には「HIGH SPEED」と乱

   暴に書かれている。

   驚く礼児。

サェド「コノくすり、はいすぴーどテ言ウく

 すり、反射トテモ早クスルヨ。ふぁいと、

 トテモ楽ニナル。フツウノ人、追イ付ケナ

 イネ。」

   唾を飲み込む礼児。

サェド「コノくすり、高イヨ。デモ、勝テバ

 元トレル。使ウカ?」

   目を見開き、箱を見つめている礼児。

サェド「大丈夫、皆、使テルヨ。」

礼児「ま…麻薬じゃないのか、それ?」

   今度はサェドが言葉に詰まる。

   礼児、サェドを振り切って階段をかけ

   登っていく。


(71)病院、前(夜)

   夜の病院


(72)病院、待合室(夜)

   電気の消えた待合室で、礼児がひとり

   たたずんでいる。

   しばらく、悩んでいるような動きが続

   く。

   しばらくすると詩織が来る。

詩織「ちょうどよかったわ、仕事が終わった

 ところで…どうしたの? 傷が痛む?」

礼児「詩織さん…ツウ先生が壊されたって、

 本当?」

   詩織、表情が暗くなる。

礼児「ホークの奴、なんとかしなきゃ…」

詩織「馬鹿! やめなさい。」

礼児「どうして?」

詩織「奴はまともじゃないわ。あんたじゃ潰

 されるのがオチよ。」

   礼児、詩織を凝視。

詩織「(つらそうに)奴はもともと強い上に、

 クスリを使ってるのよ。」

礼児「ハイスピードってやつ?」

詩織「(おどろいて)知ってたの?」

礼児「俺も使えば奴と戦える?」

詩織「やめなさい!」

礼児「どうして!」

詩織「習慣性があるのよ、ハイスピードは…!

 中毒になったらどうする気?」

礼児「一回だけだよ。」

詩織「無理よ!」

礼児「大丈夫だって!」

詩織「駄目!」

   礼児の腕を掴む詩織。

   振り解こうとする礼児。

   詩織の袖が破れる。

   礼児、はっと驚く。

   詩織の腕に、たくさんの注射の跡。

   詩織、気がついて慌てて隠し、走り去

   る。

   救急車のサイレンの音が響いてくる。


(73)町中(夜)

   礼児、ポケットに手を突っ込んで歩い

   ている。

   すぐ横に走ってきた<外車>が止まる。

   驚く礼児。

大塚「送るよ。乗りな。」


(74)<外車>、車内(夜)

   大塚とサェド、厳しい表情で前を見て

   いる。その顔を街灯の光が次々通りす

   ぎていく。

大塚「サェド、これまでいくら稼いだ?」

   サェド、黙って指を4本立てる。

大塚「そうか。」

サェド「殆ンド、使タ。」

大塚「…国へはいくら送った?」

サェド「円デ百万。大事ニ使エバ家族ミンナ

 デ二十年暮ラセルダネ。」

大塚「あとは、使っちまったか。」

サェド「イロイロ高イカネ、タクサンタクサ

 ン払タヨ。日本、物価、何デモ高イ。信ジ

 ラレナイホド高イ。」

   礼児、じーっと二人を見ている。

大塚「潮時かなあ…」


(75)町中(夜)

   アパート街。

   <外車>から降りるサェド。


(76)<外車>、車内(夜)

礼児「大塚さん、次のマッチはいつで したっ

 け?」

大塚「明日だけど…なんだ、まだやる気か?」

   礼児、突然扉を開ける。

大塚「あ、おい?」

礼児「ちょっとサェドさんに話があります。

 先に行ってください。」

   車を降りる礼児。


(77)倉庫(夜)

   サェド、倉庫の前で扉を開けようとし

   ている。

   礼児、走ってくる。

礼児「サェドさん?」

   少し驚くサェド。

外国人Aの声「サェド?」

サェド「(現地語で)友達と話をしてくる。」

   少し開いた扉から中を覗き込む礼児。

   中には外国人がいっぱい。扉がしまる。

   扉を閉めたサェドに

礼児「サェドさん、ハイスピード、売ってく

 れ。頼む。」

   また少し驚くサェド。

サェド「一回分、一万八千円デイイヨ。」

礼児「そんな高いのか?」

サェド「普通、モット高イ。」

礼児「わかった。今すぐキャッシュで払う。

 2回分、くれ。」

   サェド、少し悲しそうな顔をしながら、

   倉庫の扉を開け、中に入る。

   中から様々な言葉が交わされるのが聞

   こえる。言い争うような口調だが、何

   を言ってるのか分からない。

   出てくるサェド。手にはハイスピード

   の箱。

   消防車のサイレンが聞こえてくる。


(78)礼児のアパート、前(夜)

   サイレンでつなぐ。

   礼児のアパート、火事。

   消防車とやじ馬が集まっている。

   やってきて驚く礼児。

   アパートの火、だんだん大きくなる。

   消防車、放水を開始。

   礼児、ぐっと拳を握りしめ、その場を

   離れる。


(79)コンビニの前(夜)

   (以下、効果音のみで台詞は無声)

   数人のヤンキーが屯している。

   いきなり目の前のカンを蹴り飛ばす礼

   児。

   言葉を交わす暇もなく殴り始める礼児。

   あっという間にやっつけてしまい、殆

   んどは逃げ去る。

   礼児、捕まえた一人を問いつめる。


(80)団地の中の公園(夜)

   ヤンキーA・B・C、喧しく音を立て

   ながら原付で走り回って奇声を上げて

   いる。

   いきなり茂みから飛び出した礼児、ヤ

   ンキーCに飛びかかり、押し倒す。

   驚いて逃げ出すA・B。

   礼児、ヤンキーCの頭を踏み蹴ると、

   その原付で二人を追いかける。


(81)町中(夜)

   礼児、ヤンキーBに追いつき、蹴り倒

   す。

   火花を散らしてスリップするBの原付。

   Bの悲鳴が響く。

   無視してすっ飛ばしていく礼児。


(82)町中(夜)

   細い道を激しいチェイス。

   ついにヤンキーAを捕まえた礼児、原

   付から引きずりおろし、髪の毛を捕ま

   えて何度も何度もアスファルトに叩き

   つける。

   血まみれで動かなくなるヤンキーA。

   はっと気がつく汗まみれの礼児。

   パトカーのサイレンの音。

   (効果音のみここまで)


(83)倉庫(夜)

   倉庫の扉を叩く礼児。

   外国人Aがムッとして顔を出す。

礼児「サェドさんに会いたい。サェドさんに

 会わせてくれ。」

外国人A「(現地語で)何だ、いったい?」

礼児「サェドさんだ、サ・ェ・ド。俺はサェ

 ドさんの友達だ。フレンド、フレンド。」

外国人A「サェド、フレンド?」

礼児「そう、サェド、フレンド。」

   外国人A、引っ込む。しばらくすると

   サェドが顔を出す。

礼児「サェドさん…」

サェド「レイジ、ドーシタカ?」

礼児「アパートメントを焼かれて、犯人を半

 殺しにした。ハイスピードを持っているか

 ら、警察に捕まるわけに行かないんだ。今

 日だけでいい、かくまってくれ。明日のマッ

 チが済んだら出ていく。」

   サェド、しばらく探るような目で見て

   から礼児を招き入れる。


(84)倉庫の中(夜)

   乱雑にいろいろなものが積まれている

   倉庫。

   そこここでコンクリの床に毛布を敷い

   て寝転がる外国人たち。

サェド「ミンナ、ぱすぽーとガ無イノ人。」

   礼児、奥まった荷物の影に押し込まれ

   る。

礼児「サェドさん、狭い…」

   そのとたん、いきなり扉が乱雑に開か

   れる。

   驚く一同。

   サェド、礼児に寄りかかるようにして

   隠す。

   扉から入ってきたのは品川。

品川「今日は逃げた奴はいねえな?」

   品川、外国人たちの数を数え始める。

   必死に縮こまる礼児。

   サェド、さり気なく毛布で礼児を隠す。

外国人B「(哀願するように)シナガワサン、

 クスリ…」

   品川、外国人Bを蹴り飛ばす。

品川「分かってる! おめえはこれだったな。

 ホラ!」

   品川、ポケットからクスリを出して放

   り投げる。わっと飛びつく4、5人。

品川「給料から引いとくからな。ちゃんと働

 けよ。他に欲しい奴は?」

   何人かが口々に何かいいながら近寄る。

サェド「品川サン、モットはいすぴーどタク

 サン要ル。」

品川「ハイスピード? 馬鹿野郎、あれは値

 が張るんだぞ! テメエの給料でこれ以上

 払えるか!」

   つき飛ばされてふらふらと倒れるサェ

   ド。

   外国人たち、床に投げられたクスリを

   這いずって奪い合う。

品川「けっ!」

   品川、唾を吐いて出ていく。

   毛布の中から、怒りに燃えた礼児が顔

   を出す。


(84)バーの中

   相変わらずやかましいカラオケの中、

   バーテンダー、グラスを片付けている。

   品川とホークが入ってくる。

   バーテンダー、ちょっとやな顔をする

   が、下を向いてごまかす。

   品川、にやにや笑いながら裏口へ。


(85)地下駐車場

   閑散とした中で、一応は試合が行われ

   ている。

   礼児、ガムを噛みポケットの中を探り

   ながら、壁に寄りかかってそれを見て

   いる。

   品川とホークが入ってくる。

   礼児の顔に緊張が走る。

   小男の顔に絶望が走る。

   品川とホーク、ゆっくりと試合場に近

   づく。

   さり気なく外に出ていく礼児。


(86)地階の廊下

   礼児、ポケットからハイスピードを出

   す。

   ふたを開けると、モルヒネのような容

   器に入っている。

   礼児、それを取り出して封を開ける。

   針の先から滴る水滴。

   礼児、じっとそれを見る。やがて決心

   し、自分の腕に注射しようとする…と、

   いきなり横から手が出て、礼児の手を

   掴んで止める。

   そこにいたのは詩織。

   驚く礼児からハイスピードを取り上げ

   ると、自分の腕に刺す。

礼児「おい、それ…」

詩織「金なら後で払うわ。」

   詩織、ハイスピードの容器を投げ捨て、

   戻っていく。


(87)地下駐車場

   ホークが出て、雄叫びを挙げてる。

   挑戦者がだれも出ない。

品川「どうした、チビ。挑戦者がいないじゃ

 ねえか。」

   答えることができない小男。

品川「どうだ、誰も挑戦者がいねえんじゃ、

 お前がやっちゃ? んん?」

小男「そんな、ムチャな…」

   品川、小男の胸倉を捕まえて引きずり

   出そうとする。

   その時、激しい音を立てて扉が開かれ

   る。

   そこに立っているのは詩織。

   品川を一瞥すると、ホークに向かって

   歩き出す。

詩織「やるわ。レートは?」

小男「ちょ、挑戦者、詩織…! レっ、レー

 ト、1対1!」

   驚いて手を放す品川。

   小男の前に一万円札をばらまく詩織。

   立ち止まり、気合いも充分、ホークと

   にらみ合う。

   駆けつけてくる礼児。

小男「(やけくそ気味に)ゴングを鳴らせーー

 ーっ!」

   石油缶が鳴る。

   詩織・ホークとも、しばらく動かずに

   にらみ合っている。

   やがて詩織の顔が狂暴に歪んできて

詩織「…ぅぅううぁあああ あ あ っ !」

   激しい声とともに飛び蹴り。

   咆吼を挙げ、発狂したかのように戦い

   続ける二人。

   流血も打撃もものとせず、激しい戦い

   が続く。

   固唾を飲むわずかな観衆。

   しかし、次第に詩織に疲れが見えてく

   る。

   ホークの一撃が肩をかすめ、受け身を

   取った詩織は床を転がり、距離を取る。

   動きの止まる二人。

   ホークはびしっと構えを取り、

   詩織は肩を押さえて膝を付いている。

   その途端、激しい音がして扉が開かれ、

   警官たちが飛び込んでくる。

小男「やばいっ!」

   小男、素早く別の扉から飛び出してい

   く。

   品川もいつの間にかいなくなっている。

警部「全員、うごくなっ! 捜査…」

   その瞬間、ホークが警官隊に飛びかかっ

   ていく。

   警官、驚いて警棒やピストルに手を伸

   ばすが観衆たちも叫び声を挙げて走り

   出して、大混乱となる。

   何人かは捕まって手錠を掛けられるが、

   ホークは次々と警官を殴り殺してつき

   抜けていく。


(88)歓楽街(夜)

   #1と同じ場所。

   パトカーの赤いランプが乱舞してる。

   裏通りから次々と連れ出されてくる逮

   捕者たち。

   パトカーの一台から、制服姿のまま手

   錠をはめられた五反田が顔を出す。

   警部、五反田に対してうなづいて見せ

   る。


(89)町中(夜)

   道へ飛び出す礼児と詩織。

   急ブレーキをかけ、一台の幌を掛けた

   2トン車が止まる。駒込運送の文字。

大塚「礼児!」

   運転台から降りてきた大塚。

   サェドが荷台から顔を出す。

大塚「どうしたんだ?」

礼児「マッチに、警察が踏み込んできて…」

   何か苦しそうにしている詩織には気が

   つかない。

大塚「とにかく、乗れ。助手席はヤバいかも

 しれないから、荷台に乗れ。」

   荷台に乗る礼児と詩織。


(90)荷台(夜)

   荷物の影に、数人の外国人が乗ってい

   る。

   詩織、息苦しそうにしているが、誰も

   気を使わない。

礼児「サェドさん、どうしたんです?」

サェド「今晩、警察ノ一斉検挙アタ。私タチ、

 逃ゲタヨ。私タチ、明日ノ船デ、帰レル事

 ニナテタノダカラネ。」

   無気力そうな外国人たち。

サェド「アソコ居タラ、皆変ニナルヨ。クス

 リ、ヤメルデキナクナル。逃ゲルタメ、他

 ノ組織ニ金払タネ。船、今日港ニ来テルヨ。

 私タチ、香港ノ病院デ中毒治ス行ク。」

   しばらく全員、押し黙る。

   ブレーキの音。続けて、車の扉が開く

   音。


(91)川沿い、桟橋(夜)

   2トン車の幌を開く大塚。

大塚「ここから艀で行くんだろ?」

サェド「はい。」

   大塚、感極まって

大塚「サェド…元気でな。」

サェド「大塚サン…ドモ、リガト。」

   握手する二人。

   外国人たち、ぞろぞろと降りてくる。

   礼児、しゃがみこんで自分を抱きしめ

   て震えている詩織に気がつく。

礼児「詩織さん?」

詩織「…だい…」

礼児「え?」

詩織「ちょうだい…ハイスピード…」

礼児「詩織さん…?」

   サェドも気がついてのぞき込む。

詩織「ホークと戦うとき…いつもの倍の量…

 射ったの…そしたら…すごい…(不気味な

 笑顔)…気持ちよくなって…」

   詩織、そこで急に嘔吐。

   礼児、慌てて介抱。

   詩織、吐き終わると礼児の袖を掴み

詩織「お願い…ハイスピード、ちょうだい!」

   泣きそうな目の礼児。

   サェド、詩織を抱え起こす。

サェド「詩織サン、トテモ良クナイ。倍ノは

 いすぴーど、致死量チカイヨ。一緒ニ香港

 ノ病院、連レテク。」

   うなずく礼児。

詩織「厭っ、ハイスピード、ハイスピード…」

   礼児、詩織の髪を掴んで首を上に向け

   る。

礼児「詩織さん、落ち着くんだ!」

   ハッとする詩織。

大塚「艀が来たぞ。」

   川面を進んでくる艀。桟橋に着く。

   艀に乗り込む一同。

大塚「礼児、お前も行け。」

礼児「え?」

大塚「お前は火事で死んだことになってる。

 そのあと、近くでワルが二人大怪我して一

 人殺されたが…あれもお前だろ?」

   固唾を呑む礼児。

大塚「行け。借金も罪も、全部消しちまえ。

 そしてあっちで、もっと強い奴に会ってこ

 い。」

礼児「大塚さん…」

大塚「もっとも俺なら、そんな勇気は無いけ

 どな。(照れ笑い)」

   ガシッと手を握り合う二人。

   礼児、艀に飛び乗る。

   桟橋を離れる艀。

   見送る大塚。


(92)艀(夜)

   川を下る艀。

   礼児、艀の前のほうに歩いていく。

   サェドに支えられている、虫の息の詩

   織。

   礼児、サェドから詩織を受け取る。

   サェド、艀の後ろのほうに行ってしま

   う。

礼児「詩織さん…」

   詩織、息を荒くして目をつぶっている

   だけで答えない。

   礼児、涙をこぼしながら詩織を抱きし

   める。

   突然、サーチライトが艀を捕らえる。


(94)川面(夜)

   エンジン音も高く、モーターボートが

   近づいてくる。

   艀、必死に逃げようとするが、モーター

   ボートに横をかすられ、次第に川岸に

   追い詰められていく。


(95)川岸(夜)

   とうとう接岸してしまう艀。

   モーターボート、すぐ前に止まる。

   品川とホークが乗っている。

品川「貴様ら、逃げようったってそうはいか

 んぞ!」


(96)艀(夜)

   礼児、片腕に詩織を抱いたまま、ポケッ

   トからハイスピードを取り出し、追い

   詰められた表情で見比べる。


(97)川岸(夜)

   ホーク、岸に飛び移り、ゆっくりと艀

   に近づく。

   その瞬間、いきなりホークに飛びかか

   る礼児。

   ホークと礼児の狂ったような格闘。

   ホークの打撃を何発も食らう礼児。血

   飛沫が飛ぶ。

   茫然と見ている一同。

   だが、次第にホークは息が切れ、表情

   に苦悶が浮かんでくる。

   血まみれの礼児、辛うじて飛び下がっ

   て身構え、それに気がつく。

ホーク「ウウ…high…high-speed…」

   ホーク、振り向いて品川の方を見る。

   その瞬間、礼児が飛びかかり、強烈な

   打撃を次々と連続で浴びせ、ホークは

   血を吐いて倒れる。

品川「そっ、そこまでだ!」

   品川の手には自動拳銃。

品川「ホークをハイスピード漬けにしたのは

 失敗だった。まさか戦ってる最中にクスリ

 が切れるとはな…。(岸に上がってくる。)

 お前たちは捕まえて見せしめにしようと思っ

 たが、気が変わった。…死ね。」

   礼児を狙って引き金が引かれる。

   が、礼児は素早く地面を転がり、品川

   のスネに体当たりをかます。

   自動拳銃を持ったまま岸を転がる品川。

   礼児、その腕を捕まえて関節を極め、

   自動拳銃をはね跳ばす。

   川に落ちる品川と礼児。

礼児「てめえが、死ね!」

   礼児、品川の首に噛みつき、噛み破る。

   飛び散る血潮。

   声にならない品川の悲鳴。

   礼児、川の中を艀に向かう。


(98)川岸(未明)

   艀から出される手、手、手。

   ずぶ濡れの礼児、艀に引き上げられる。

   艀、川岸を離れていく。

   その後ろに浮かぶ品川の死体と、広がっ

   ていく血。


(99)艀(未明)

   礼児を引き上げるのを手伝った外国人

   たちは、それぞれ戻っていく。

   で、礼児が握っていた手の主を見ると、

   なんと詩織。

   詩織、礼児に抱きつく。

   礼児、キスしようとする。

   そのとき、礼児の口から血がたれてい

   ることに気がつく二人。

   礼児、照れ隠しに詩織を放してポケッ

   トに手を突っ込む。

   出てきたのは、封を切っていないハイ

   スピード。

   ふたり、苦笑いする。

   艀、川を下っていく。

   遠景の中に、詩織の腕の中で礼児が崩

   れ落ちるのが見える。

   O.L.。


(100)海(夜明け)

   港を出ていく貨物船。

   クレジット、タイトルが流れる。(タ

   イトルが最後に出るところがミソ)


                 <終>

低予算のアクション物を想定して書いた習作です。役の大半くらいには想定として面識のある格闘家や俳優、仕事上の知人などのイメージを借りましたが、「タバタ」役は自分が演じるつもりでした。(笑)

これを書いたのは1994年ごろ……久しぶりに読んでみたけど、すでに「現代の話」ではないなぁ、という感じです。(^^;

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