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もんもんぐんぐん

掲載日:2026/10/17



 時刻は、二十三時十五分。


 魔王城、最上階。

 天を衝(つ)く黒き尖塔(せんとう)。その最奥にある魔王の寝室からは、冷え切った夜空が一望できた。眼下に広がる魔族の都も、今だけは眠りについている。まるで世界そのものが息を潜め、明日の決着を待っているかのように。


 漆黒のローブに身を包んだ長身の男──魔王モンドールは巨大な窓の前に立ち、闇に沈む世界を見下ろしていた。



「明日は血塗られた歴史に、ようやく終止符が打たれるのか」



 低く落とした声が、静寂の中へ溶けていく。


 人類最後の希望、勇者。

 対するは、魔族を統べる王。


 生き残るのは、どちらか一人。明日の戦いによって、この世界の未来が決まる。モンドールはしばし夜空を見つめたのち、静かに瞼を伏せた。



「余も、眠るとしよう」



 明日は、世界の命運を懸けた最後の戦い。

 万全の状態で迎えなければならない。


 モンドールが窓に背を向けた──次の瞬間。


 ばりいいいいいいいいんっ!!



「やっほー、モンドール!! 一緒に枕投げしようよ!!」

「はぁぁぁあああ!?」



 窓ガラスが盛大に砕け散る。何者かが寝室へ飛び込んできた。


 絨毯の上を勢いよく一回転。

 そして何事もなかったかのように立ち上がったのは、剣となぜか枕を背負った、一人の少女だった。



「な、な、なにをしている貴様ぁぁ!!」

「え?」



 少女──勇者フィアグンナはきょとんとして、足元に散らばるガラス片を見下ろした。


 次に大穴の開いた窓。最後にモンドールを見てからニカッと笑った。



「窓から入ってきた」

「見れば分かるわ!!」

「だってなんか正面玄関、閉まってたんだよ」



 モンドールは頭を抱えた。


 明日。

 正確には、あと十二時間と四十五分後。

 この二人は世界の命運を懸けて殺し合う予定である。



「んじゃ、枕投げしようよ、モンドール!」



 フィアグンナが背中から枕を引き抜き、満面の笑みで掲げる。モンドールはもんもんとした気持ちと一緒にため息をこぼした。



「フィアグンナ。ひとつ確認していいか」

「なに?」

「三日前の果たし状には、『明日の正午、正々堂々、最後の決着をつけよう』と書いてあったな?」

「うん。書いた書いた」

「ならばなぜ、前日の二十三時十五分に!! 余の寝室の窓を叩き割って!! 枕を持って現れるのだ!!」



 魔王の絶叫が、夜の城に響き渡る。

 対する勇者は、まるで悪びれる様子もない。



「いやぁ、ごめんごめん。ボクだってちゃんと寝ようとはしたんだよ? ベッドに入って羊を十匹数えたり、素振り一万回やったり……。でも、明日キミと全力で戦えると思ったら、心臓がバクバクして全然寝られなくなっちゃって!」

「遠足前夜のガキか貴様は!!」

「だから、枕投げしにきたんだ!」



 その謎理論に、モンドールはこめかみを押さえた。



「断固拒否する!! 余は万全のコンディションで貴様を叩き潰すと決めているのだ。睡眠不足になったらどうする!!」

「一日くらい寝なくても戦えるでしょ? 魔王なんだから」

「戦えるかどうかの話ではない!!」

「じゃあ、なんだよ」

「決まっているだろう!」



 モンドールはカッと目を見開き、声高らかに言い放った。



「夜更かしなどしたら、肌が荒れてニキビができるではないか!!」

「…………」



 フィアグンナが瞬きをした。



「……ニキビ?」

「ニキビだ」

「そんなこと気にしてるの?」

「気にするに決まっているだろうが!!」



 モンドールは拳を握り締めた。



「貴様、少しは考えてみろ。明日は勇者と魔王による、世界の命運を懸けた世紀の決戦だぞ?」

「うん」

「当然、後世まで語り継がれる!」

「まあ、たぶん」

「そんな歴史的瞬間に──」



 そこでモンドールは、自らの頬をびしりと指差した。



「余の顔面にでっかいニキビがあったらどうする!! 肖像画に残るかもしれんのだぞ!?」

「知らないよ、そんなこと!!」

「余は敏感肌なんだ!!」



 言い切るなり、モンドールは話は終わりだとばかりにベッドへ向かう。



「とにかくだ。貴様の相手なら明日、嫌というほどしてやる。今日は帰れ」

「だぁーかーらー、もんもんしちゃって全然眠れないんだってば〜。ねぇ、お願いモンドール。眠くなるまで付き合ってよ〜」



 フィアグンナはその後ろを追いかけ、拝むように両手を合わせる。



「断る」

「えー。せっかく枕もってきたのに!!」



 それでも諦めず、今度はぐんぐんとスピードをあげて回り込みモンドールの行く手を塞いだ。



「…………」



 右へ避ければ、右へ。左へ避ければ、左へ。

 フィアグンナも、ちょこちょことついてくる。



「貴様……」

「お願い!」



 モンドールは眉間に皺を寄せた。



「そもそもだな、フィアグンナ。貴様は決戦というものを甘く見すぎている」

「え?」

「戦いとは、剣を抜いた瞬間から始まるものではない!」

「そうなの?」

「当然だ!」



 モンドールは大きく胸を張った。



「睡眠、食事、身体の調整。それらすべてを整え、最高の状態で戦場へ立つ。そこまで含めて戦いなのだ!」

「へえー」

「余は明朝六時半に起床する。まず白湯を一杯。七時には朝食。その後は入念に身体をほぐす」

「うんうん」

「特に肩甲骨周りだ。ここが僅かに鈍るだけでも、剣の初動に差が出る」



 モンドールの講義は止まらない。



「衣装も重要だ。外套(がいとう)の皺ひとつ、留め具の位置ひとつで動きやすさは変わる。ゆえにアイロンも今日のうちに──」

「うん……」



 いつしかフィアグンナの相槌も、ずいぶん頼りなくなっていた。

 だが、熱の入ったモンドールは気づかない。



「余とて貴様を侮ってはいない。むしろ貴様相手だからこそ、ほんの僅かな不調すら命取りになりかねん! つまり何が言いたいかというとだな──」



 そこでモンドールは、満を持して振り返った。



「最高の決戦というものは、前日の夜からすでに始まっているのだ!! 分かったか、フィアグンナ!」



 しん、とした。



「…………フィアグンナ?」



 返事がない。

 そのとき、モンドールは妙に寝室が明るいことに気づいた。


 砕けた窓の向こうへ目をやる。

 東の空が、白んでいた。



「…………朝?」



 いったい、いつから喋っていたのだろうか。

 モンドールは恐る恐るベッドへ目をやる。

 キングサイズベッドの中央。布団に包まり、持参した枕に顔を埋めたフィアグンナが、気持ちよさそうに胸を上下させていた。



「すぴー。むにゃむにゃ……」



 スヤスヤと響く、完璧な寝息。

 モンドールの頬が引きつった。



「貴様、いつから寝ていたのだ。朝食か? 肩甲骨のあたりか? というか──」



 魔王のこめかみに青筋が浮かんだ。



「人のベッドで勝手に寝るなぁぁぁぁっっ!! あと余の睡眠時間を返せぇぇぇぇっ!!」



 魔王の悲痛な絶叫が、朝焼けの空へと空しく響き渡った。


* * *

 


 ──その朝。

 各国にいつものようにお触れが出回った。


『本日予定されていた、勇者フィアグンナと魔王モンドールによる最終決戦は延期となりました』



「……また?」

「それで、今度の延期理由は?」

「魔王の寝不足。ニキビできちゃったみたい」

「あー」



 誰も、それ以上は気に留めなかった。

 勇者と魔王が「決着がつくまで休戦」と言い続けて、はや数年。今では国境の市場で人間と魔族が肩を並べて買い物をし、酒場では同じ卓を囲んでいる。



「次こそ絶対に決着をつけるぞ、フィアグンナ!」

「もちろん。この最終決戦はボクが勝つんだからね、モンドール!」



 ──なお。

 世界はもう、とっくに平和であることをこの二人は知らない。

 こうして勇者と魔王による世紀の最終決戦は、これで八十四回目の延期となったのだった。



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― 新着の感想 ―
ばりいいいいいいん、の一文で、つづちゃさんらしさを感じさせるのは流石です!
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