君の背中に恋をした
【味噌汁に麦茶を入れる恋をした︎ 季語 麦茶(夏)】
君の背中に恋をした。顔も知らないけれど、結婚することを決めた。
いつものように、車で屋根改築の営業に回っている時だった。
いくらエアコンを強くしても、日射しはフロントガラスを突き破る。
そんな夏の日。
自転車に乗った髪の長い女性が、車の前方を走っていた。
僕は、追い越さないようにその自転車を気にしつつ車を走らせていた。
なんということもない光景だったが、自転車を漕ぐ後ろ姿を見ているうちに惹き付けられるものを感じた。
そして思わず、彼女の後を追ってしまった。
なんだろうこの感情は……
顔も知らないのに、長々と続く路をひたすら自転車を漕ぐ後ろ姿から、目が離せない。
路の突き当たり、車が進入できないほどの路地へ、彼女の自転車は走り去って行った。
僕は家に帰るまで、いや、帰ってからもあの後ろ姿が忘れられなかった。
溌剌としているようで悲しげで、自律しているようでやさぐれているような……そんな後ろ姿だった。
もう二度と会うことはないんだろうな……
僕は眠気の中でそんなことを思いながら、眠りに落ちた。
僕は一軒家の屋根の剥がれをひたすら探して見て回る仕事をしている。
やりがいもないし、ノルマの為に大袈裟なことを言うこともある。
「今のままにしておいてですよ?台風で屋根が剥がれて車にぶつかったら、もし、それがベンツだったら、修繕費払えますか?ベンツならまだ良い方です。人に。それも、子供にぶつかったら、お金だけの問題じゃない。それに、今材料費が凄く上がってます。直すなら早い方が安いです」
とか、そんなことを言って回る。
営業マンの言葉ですよ。話半分に聞いてくださいね。と思いながらも、僕の言葉を真に受けて素直に契約成立となることもある。
そんな日の夜は酒を飲む。まずい酒を。
僕は善人を騙して生きている。
この世に綺麗な金なんてあるんだろうか……
騙し騙され生きていくのが人生なのか……
車を運転しながらそんなことをふと思った時だった。
彼女だ。あの背中。
なぜ同一人物だと分かったかというと、赤い自転車とカゴに入っているボーダーのトートバッグが同じだったからだ。
僕は釘付けになった。こんなチャンスはもうないだろう。逃したくない。
しばらく追っていると、彼女はバランスを崩して転倒した。船橋は道が悪すぎる。
僕は急いで路肩に停車すると、彼女に近づいて声を掛けた。
「大丈夫ですか」
「……」
彼女は答えない。
「自転車はここに置いておきましょう」
彼女は無視をして立ち上がろうとする。
「痛いっ」
彼女の膝から血が流れていた。
僕はポケットからティッシュを取り出すと、傷を押さえた。
「どうも」
彼女が初めて声を発した。
「僕が車で送ります」
彼女は、怪訝な顔をした。
僕は、自分がただの怪しい男になっていることに気づいた。
僕は、財布に予備の名刺があることを思い出して彼女に渡した。
彼女は恐る恐る名刺を見る。
『太葉建設株式会社 営業主任 六笠友也』
彼女は僕の名前を読もうとする。
「ろく…」
「むかさ、です。むかさ、ともや」
「そう……」
「どこに、向かっていたんですか?」
「自分のアパートだけど」
「送ります」
「結構です」
そう言って彼女は自転車を起こそうとした。
「痛っ」
彼女は、まじまじと友也の顔を見つめた。
友也は車の助手席に彼女を乗せた。カーナビを操作しながら聞く。
「住所は」
「記録が残るから言いたくないわ」
彼女は窓の外を見て言った。
「じゃあ、指示を出してください」
彼女は頷いた。
「仕事の帰りかなんかですか?」
運転しながら友也はたずねた。
「余計なこと聞かないで」
「はい」
「この次の道を右」
「はい」
「そこで、降ろして」
友也は停車すると、彼女を支えようと外へ出る。
「大丈夫だから」
彼女は断って、一人でよろよろ歩き出す。どうにか階段下まで辿り着いた。
彼女は、友也が追いかけて来ないことを意外に思って振り向いた。
そこにいた友也は、にこーとした顔をして、
「クワガタ」
と、嬉しそうに呟いた。
その手には手脚をぐりぐり動かしているクワガタがいた。
彼女は気づいた。
今、自分が恋に落ちたことに。
「暑いから、うちで何か飲んで行きませんか?」
彼女は柔らかい声で言った。
友也は、一瞬何を言われたか分からなかった。
「今、『うちで』って?」
「ええ、この二階です。私の部屋」
「そうなんですか」
「嫌なら帰って」
「嫌じゃないです」
「それ、置いて来てね」
彼女はクワガタを指さした。
「はい」
友也は微笑んで、クワガタを茂みへ戻した。
部屋に入ると、彼女はエアコンのスイッチを入れて冷蔵庫を開けた。
「シャワー、浴びて来て良い?待たせて悪いけど……今日、急ぎの用でもあるの?」
「いえ、今日は何も……いわゆる有給消化ですよ。いつも仕事以外は何もない」
「そう……」
彼女は少し切ない顔をした。
「居ないあいだに変なことしないでよ。私、名刺持ってるんだから」
「はい」
友也が静かに座っているのを確認すると、彼女は脱衣場へ消えて行った。
友也は、出された麦茶を一口飲むと、部屋の中を見渡した。
男の影を探したが、彼女の物だと思えばそう思えるような物ばかりだった。
黒いノートパソコン、観葉植物、無骨なソファ……これらは彼女の趣味なのだろうか……そうであるように祈るような気持ちで眺めた。
シャワーの音がなかなか止まない。
友也はクローゼットに目をつけた。そっと立ち上がって、そっと開くと、そこにはネクタイが並んでいた。
同棲している恋人のものか……それとも……夫のものか……
シャワーの音が止む。
友也は急いでクローゼットを閉めると、ソファへ戻った。
「お待たせ」
彼女はそう言うと、首筋をタオルで拭きながら床に座った。
「ヒザの怪我、血止まりましたか」
「ああ、もう大丈夫よ」
由希は乱暴に脚を投げ出した。
友也はどきりとする。
由希は見透かしたように微笑んだ。
友也は見透かされたことに気づいたが、平静を装う。
「絆創膏とか、貼った方が良いですよ。バイ菌が入る」
「こんなのほっときゃ治るわよ」
「そうですか……」
「もうお昼ね。あなた、お腹空いてない?」
「我慢出来なくもないです」
「ふっ、お腹空いてるのね。冷やし中華でも食べる?私作るから、その間にあなたもシャワー浴びたら?」
「初めて部屋に入れて貰ったのに、シャワーなんて悪いな」
「私が、汗臭いのが嫌だと言ったら、言うこと聞く?」
「はい、入って来ます」
浴室に入った友也はシャワーを出した。浴びながら浴室を見渡すと、T字カミソリと歯ブラシが二本あった。
ピンクの方が彼女のだろう。では、水色の方は?……
友也がシャワーを済ますと、脱衣場にバスタオルと見覚えのないシャツと半ズボンが置いてあった。
さっきはなかったから彼女が置いてくれたのだろう……
「これは、借りて良かったのかな」
そう言いながら友也は脱衣場から出て来た。
「そうよ。分かったなら良かった」
台所には、僕が恋をした背中があった。
「冷やし中華、出来たから食べましょ」
友也はリビングの床に座ると、冷やし中華を前に手を合わせた。
「いただきます」
「行儀がいいのね。お口に合うかどうか」
彼女の声はまだすこし素っ気ない。
友也は麺をかき込んだ。
「よく噛みなさいよ……」
「はい」
彼女も冷やし中華を食べ出した。
二人の麺をすする音が、部屋中を満たしていく。
僕は今、あの背中の女性と、同じ空間にいる……
僕は妙に嬉しくて、大声で言った。
「美味しいです!」
「うるさいっ」
そう言って彼女は少し笑った。
由希は、空になった二枚の皿を重ねる。
「何それ、緑の。緑茶?」
由希は、友也が持って来たペットボトルを顎でさした。
「ゴーヤジュースです」
「ゴーヤ?美味しいの?」
「美味しいですよ」
「少しちょうだい」
「僕、口つけましたけど」
「わかってるわよ」
友也は、由希に差し出した。
由希はゴーヤジュースを一口飲むと、
「まずい」
そう言い捨てた。
「そうですか?僕、味オンチなのかな?」
二人は、なんとなく笑い合った。
友也は思い切って聞く。
「あの、名前聞いてもいいですか?」
「言ってなかったわね。私は、ゆき。自由の由に、希望の希で由希」
「由希さん」
「そう、由希。自由も希望もないんだけどね」
友也は悲しくなった。
「笑ってよ」
「すみません」
「あなた、笑顔くらいしか良いとこないんだから」
「はい……」
友也は歪んだ笑顔を見せた。
友也は思い出したかのように聞く。
「このシャツとズボン、男物っぽいけど」
「弟のよ。一緒に住んでるの」
「ああ、」
その可能性もあったか。兄弟と同居している可能性に気づかなかった……
そう思って友也は安堵した。
「嘘よ。旦那のよ。結婚してるから私」
「……」
友也の顔から笑顔が消えた。
「残念だった?それとも、」
「?」
友也は首を傾げる。
「興奮する?」
由希は、挑発するような目で友也を見た。
「あなた、彼氏や旦那がいる女を、奪いたいと思ったことない?」
「……」
友也は耐えきれなくなって由希を押し倒した。
見つめ合う。
由希は友也のシャツのボタンを外し始めた。
友也は我慢出来なくなって唇を重ねた。
少しの眠りから覚めると、友也は着てきたシャツを着て、ふとたずねた。
「旦那さんには、何て呼ばれてるんですか?まさか『由希さん』じゃないだろうし」
「由希、よ。そのまま由希」
「僕は、そう呼ぶ資格がないから……呼び捨てなんて」
「そうね。あなたは『由希さん』て呼ぶべきね」
「はい、由希さん」
「私たち、親しいわけじゃないし」
「……」
友也は、さっきまでしていたことを少し思い返した。
すぐにこんな関係になると思わなかった……
「あーあ、またシャワー浴びなきゃいけなくなっちゃった」
足の爪にマニキュアを塗りながら、由希はいたずらっぽく友也を睨んだ。
「ごめんなさい」
「あなた、野球してたの?」
「どうしてわかったんですか?」
「ただの勘よ」
由希が塗っているマニキュアが、綺麗に上手く行った。
「やった!じゃあ、早く帰って」
もう別れか……
友也は食い下がる。
「連絡先を、」
「なんのために?教えるわけないでしょ?」
「はい……」
友也は素直に玄関へ行き、靴を履いた。
リビングにいる由希が声を掛ける。
「あ、昼の十二時になったら十三時まで鍵開けておくから」
「えっ?」
「もう来たくない?」
「いえ、」
「土日は来ないでよ。旦那がいるから」
「はい」
「じゃあね。あと、食べるものは自分で買って来て。今日はお礼をしただけよ」
「はい、ありがとうございました」
「またね」
「……お邪魔しました」
友也は玄関を出て帰って行った。
その日から、二人の逢瀬が始まった。
昼休みに由希のアパートへ行けそうな時は、アパートのそばのスーパーで弁当を買って遠慮なく行った。
「由希さん、買って来ましたお弁当」
友也はお揃いのハンバーグ弁当を由希に渡した。
「だから言ってるじゃない、買って来なくていいって」
「これくらいさせてください。一緒に一緒のもの食べたいし」
友也の笑顔に、由希は満更でもなかった。
そして決まって身体を重ねる。
それが毎回のパターンになった。
ある日、事が終わってくつろいでいると、由希が呟いた。
「弁当のゴミ、今日から持って帰ってね。旦那に言われたのよ。ちゃんと栄養あるもの食べろって」
「はい、持ち帰ります」
「二人分だから、毎日そればかり食べてるように見えるみたい」
「気が利かなくて、ごめんなさい」
友也は頭を下げた。
「あなた、こんなことが旦那に見つかったら、どうなるかしらね」
「旦那さん、怖い人ですか?」
「怒ったところは見たことないわ。あの人は……突然刺すタイプかも」
「……」
友也は、怖くなった。
「来るのやめる?」
由希が素っ気なく聞いた。
「やめたくない」
「私はどっちでもいいのよ」
由希は目も合わせない。
由希さんは、僕のことをどう思っているのだろう……
友也は、そんなことは聞けない、と思った。由希に愛されている自信がなかった。
僕の前で夫の話をするのは、僕を軽んじてるからだろう……
ある日、由希のアパートへ行くと、玄関の鍵が閉まっていた。
友也は、何か事情があるのだろうと思って、仕方なく帰ろうとする。
窓が開いた。
「今日は帰って」
由希だった。
「生理だから」
「はい」
友也は素直に帰って行った。
友也はスーパーへ行くと、バナナと苺を手に取ってレジへ向かった。
友也は由希の部屋のチャイムを鳴らす。
しばらく待つとドアが開いた。
「どうしたの?生理だって言ったでしょ」
「だから、バナナと苺、買って来ました。食べてください。中には入らないので」
由希はため息をついた。
「余計なことしないで」
「姉が看護師なんで、生理の時に何がいいか聞いて買って来ました」
「そう」
由希は袋を受け取ると、すぐにドアを閉めた。
数週間もすると、月、水、金が、友也が訪問する日になっていた。そう、自然となった。
近くなりすぎるのは良くない。でも、離れすぎても不安だ。ちょうどいいと、友也は思っていた。
九月に入って最初の月曜日、十三時になっても、友也は来なかった。
……何かあったの?どうして?……
由希は、どうしようにも、連絡手段がなかった。もらった名刺を見た。電話番号やメールアドレスが載っている。
由希は、携帯電話を取り出して、非通知で掛けてみた。
トゥルルートゥルルー……
彼は出なかった。
非通知設定では出ないのは仕方ないし、連絡手段がこれ以上ないのも仕方ない。自分がそう選んだのだ……
由希は、ただ待つ日々を送ることになった。
由希は十二時になると、毎日、玄関の鍵を開けるのが習慣になっていた。
ピンポ~ン
金曜日、チャイムが鳴った。珍しいと思った。
彼は、鍵が開いてるのはわかっているはず。いつもはすぐに入ってくるのに……
ピンポ~ン
……もしかして、両手いっぱいの花束を持ってるとか?
由希は満面の笑みでドアを開けた。
「お届けもので~す」
配達員だった。その手にはZOO TOWNのダンボールがあった。しばらく前に、由希が購入した洋服だった。
ZOO TOWNは注文して忘れた頃に届くのを忘れていた。
……彼はどうしたんだろう
マニキュアを塗ってもはみ出す。掃除機にティッシュを吸わせてしまう。麦茶をみそ汁の椀に汲んでしまう……
由希は、一日中、友也のことを考えるようになっていた。
友也がアパートへ来なくなって十日ほど経ったある日、アパートのドアが開いた。
友也だった。
由希は、思わず友也に抱きついた。
「もう来ないのかと思った」
友也は驚いた。
由希の瞳が潤んでいる。
「ここしばらく、四街道の方に行っていて来れなかったんだ、ごめ、」
すべて言い終わらないうちに由希が唇を重ねる。
そのまま二人はソファへなだれ込んだ。
今日の由希さんは、いつもより明らかに情熱的だった。
友也は、必要とされていると感じて、強気で聞いてみた。
「旦那さんは、由希さんを愛してるんですか?」
「さあね……私は旦那じゃないから」
「愛されてる実感とか、あまり、ないの?」
「……」
「僕の方が……由希さんを愛してるってことはない?」
由希は友也の顔を覗き込む。
「あなたってかわいいのねー」
「『かっこいい』って言われたいな、男だし」
「『かっこいい』は旦那にしか言わないことにしてるの」
友也は少し口を尖らせた。
「旦那さんを、愛してるんだね」
「……まあ、そうね」
「僕よりも?」
由希は微笑む。
「ほんとにかわいい」
そう言って、ふっと笑った。
「旦那さんの、どういうところが好きなの?」
「うーん、無口なところかな」
「じゃあ、僕も無口になるよ」
「あなたはしゃべるから良いのよ。営業トークも得意なんでしょ?」
「得意なことが、好きなこととは限らないよ」
由希は複雑な顔をした。
友也は、その一瞬の顔に気づいた。
「でも、由希さんに会ってると忘れられるから、辛くないよ」
「そう……」
「ずっと一緒にいられたらいいのに……しばらく会えなくてわかった。由希さんと、ずっと一緒にいたい……困ったな。今日は本音ばかり出る」
「……」
「僕の、どこが好きですか?」
「好きなところがある前提の質問ね」
由希は天井を見つめて言った。
「えっ」
友也は不安になった。
「……目かな。あなたの目、旦那に似てるのよ」
「目……」
「一重なのに、たまに二重になる」
「よく見てるんだな」
友也は感心した。人の目が一重か二重かなんて気にしたことがなかった。
「……私たちに、一緒に居る未来はあるのかしら」
「二人で作ろう」
「それには……やるべきことがたくさんあるわね」
「旦那さんと、離婚してくれるの?」
友也は目を丸くして言った。
由希は、友也の瞳をじっと見つめる。
「旦那を捨てるような人間を、あなたは好きになった?」
「……」
「私たちに、結婚する未来はないのよ」
由希はまた天井を見つめる。
「……」
友也は少し絶望していた。
僕たちには未来はない……か
「いいわ、私、あなたの奥さんになってあげる」
「えっ?」
「嫌なの?」
「ううん」
「じゃプロポーズして」
「……結婚、してください」
「うん、いいよ」
友也は信じられない気持ちになった。
由希は、友也の指に自分の指を絡ませる。
そして、それをふと離した。
「嘘よ。私に旦那がいるのを知っててここに通ってたような人と、結婚するわけないでしょ?」
友也は、痛いところを突かれたと思った。
「由希さんと結婚出来たら、僕は不倫なんてしないよ」
「一度あることは二度あるのよ」
「そんな……」
「傷ついた?」
「うん……」
由希は、悪ぶる自分に嫌気が差した。
「本当のこと知りたい?」
「本当のこと?」
友也は訳が分からなかった。
「私が嘘つきなこと、知ってるはずよ」
「でも、いつもすぐ本当のこと教えてくれてたよ」
「そうね。でも、まだ大事なことを嘘ついてたの」
友也は、なんだろう?と思った。
「聞きたい?」
「うん」
「私、独身よ」
「えっ?……じゃあ、どうして、結婚してるなんて嘘を?」
「その方が、あなたの食いつきがいいと思って」
「……」
「嘘よ。男に愛されてる女のふりをしたかったのよ」
「そんな……でも、あの、男物のシャツとか……」
「弟のよ」
「それは本当なの?」
「そう、本当。あなたが、こんなに良い人だと思わなかったわ」
「でも……私たち、結婚する縁なんかじゃなかったのね、きっと最初から」
「由希さん」
友也は体を起こした。
「結婚しよう」
「こんな人間と結婚しない方がいい。あなただってわかってるでしょ?私が良い人間じゃないって」
「良い人間じゃなくていい。由希さんならそれで良いんだ、僕は」
「……」
「僕だって、全然良い人間じゃない。僕も、不倫してた……ような人間だけど、でも、不倫はしてなかったみたいだし……二人でやり直そう」
「……」
「僕は最初、由希さんの背中に恋をしたんです。何を言っているかわからないかもしれないけど、でも、由希さんの本当のことが全部分かったから」
由希は突然顔色を変えた。
「分かった?全部分かった?」
友也はなぜそんなに怒るのかが分からなかった。
「私の、何を知ってるって言うの?あなたは私の身体くらいしか知らないでしょ?」
友也は、由希の突き放したような口調に傷ついた。
僕が今まで触れて来た由希さんは何だったのだろう……
「あなたは、私の背中しか知らないわ。もう帰って。もう来ないで」
「由希さん」
「あなたは、」
「……」
「あなたは、私に、亡くなった夫がいたことも知らないでしょ?」
「えっ、」
「人って怖いわね。愛してるって言いながら自殺したりする……」
「……僕のこと……名前で呼んでくれたことがないのも、関係ありますか?」
「ええ、だから帰って……」
由希は泣いていた。
「由希さん……」
「もう終わりにしましょう。帰って」
由希は友也を玄関から押し出して靴を投げた。
追い出された友也はしばらく立ち尽くしてその場を去った。
静寂の中で由希は、ベランダから友也の背中を見送った。
もう二度と見ないであろう背中を。
最後までお読みくださりありがとうございます*͈ᴗ͈ˬᴗ͈ෆ
読むたびに見える世界が変わるように書きました。面白かったら再度読んでみてくださいね(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
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続編の
前編が鮮やかに反転する───
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