第6話 〜王子様と弟と〜
「王女が誘拐、ねぇ・・・・。
どう思う、ハイラ?」
エリスはそう、ハイラルディスに囁くように聞いた。
「さぁ?
人の世は分からねえぜ。
俺たちは、人の世から離れすぎていたからな。」
エリスはハイラルディスの回答を聞くと、ため息をついて言った。
「はぁ・・・、そうよね。
まぁいいけど、私は待機するよ。
ハイラはどうするの?」
「少し、見回ってくるぜ。
新しい城がどうなってんだか、まだ見てねえからな。」
ハイラルディスは本来、部屋から出られないのだが・・・。
「ほどほどにね。
また厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだから。」
エリスは内心焦っていた。
『お姉ちゃん奪還計画』の最中だったのに『妖精の書』の性能の所為で、回り道をしているのであった。
『妖精の書』の性能とは、そのうち分かるであろう。
・・・そしてハイラルディスは忠告を聞いたのか聞いていないのか分からないうちに『転移魔法』を使って消えた。
「もう・・・聞いてたのかな?
さ、明日から忙しくなるなぁ・・・。」
エリスが忙しくなるのは王女失踪事件の所為でもあった。
____
それは、数刻前の事であった。
「レーネが誘拐!?
誰に誘拐されたんだ!!」
真ん中に居た王子は声を荒げて兵士に叫んだ。
「お、王女を警備していた者によりますと、どこかの貴族の私兵だったようです。
残念ながら模様は見えなかったそうですが、兵の練度から察するに、相当なもので有ったそうです。」
兵士は戸惑いながらも性格に報告を続けた。
「・・・早速、ですね。」
一番左の王子は冷静に告げた。
「父様!!どうなされますか!?」
真ん中に居た王子は居てもたっても居られないように、一番左の王子の声に続く様に言った。
「うむ、とりあえずはそこの罪人に関しては拘置、レイネラに関しては捜索を続けろ!!」
王は声を響かせた。
しかし、一番左の王子が「失礼ながら、」と、対抗するように言った。
「この罪人を拘置しておくのはまずいかと思われます。
拘置しておくといつ何が起こるか分かりません。
少女の方はわたくし付きの侍女であれば大丈夫でしょうし、そこの、今回の原因である者はグレンの遊び相手にでもすればよろしいでしょう。
幸い、この国には王子が五人も居ます。
少しぐらい減っても変わりはありません。
そんな損害よりも、この国を滅ぼせそうなその者を拘置する事が危険とわたくしは考えます。」
王子の圧倒的に正論な提案に、王は考える素振りを見せた。
「・・・うむ、そうであるな。
ではその通りに。」
王子の意見は正論であったため、すぐに通った。
王が王子に言い返す言葉が無かっただけであるが。
「では、そこの少女「フィオルセッテです。」・・・フィオルセッテに関してはわたくしの元で、ハイラルディスという君に関してはわたくしの弟の遊び相手に明日からなってもらいます。」
エリスはフィオルセッテと、ノステルに名乗った名前で名乗った。
どこでも油断はならないのである、それがエリスの意見であった。
ハイラルディスはすごく不満そうな顔をして、エリスを見た。
しかし、エリスに「ガンバレ」と口パクで言われ、渋々了承した。
・・・と言う事が遭った故に、エリスは忙しくなると言っていたのであった。
「そういえば、」とエリスは一人になった部屋で無意識に呟いた。
「レイネラ・・・?
レーネ、レイネ、レイネリア・・・・。
あ・・・・、そっか、・・・・・。」
エリスは先ほどと同じように違和感と違和感が繋がった気がした。
「ってなると面倒な事に・・・。
全く、どうしてこんなに知り合いが多いのな?」
エリスは忌々しそうに言いながらも顔はうれしそうだった。
____主、もうすぐ、行く・・・・・。
もう、待つのは疲れた故に____
そういった誰かの声が聞こえたが、エリスは聞こえていないふりをした。
エリスは監視されていると先ほどから気付いていた。
しかしながら、先ほどレイネラの事を言ってしまったのは失言だった、とエリスが思ったときには後の祭りだったが。
これ以上喋ればまた何か言ってしまう、と思い、エリスは眠る体制へと入った。
そのとき、コンコンとドアがノックされた。
ハイラルディスはそんな事をしないので、というか帰ってくるのは『転移魔法であろうから、誰かと思いつつ返事をした。
「はい、誰ですかー?」
ベットから出て、一応秘密裏に張り巡らせた自分の絶対領域(結界)に入った。
「アーセルインと申します。」
それは先ほどの謁見の間に居た一番左の王子の声であった。
「・・・何の用でしょうか?」
エリスは少々厳しめの声で告げた。
「あ、そんなに警戒しないでください。
・・・入っても良いですか?
別にハイラルディス君が居ないからといってその隙に捕らえようとは思っていません。」
エリスは何故ハイラルディスが居ない事を知っているのか疑問に思いながらも扉を開けた。
・・・慎重に。
そして入ってきたのはやはり一番左に居た王子であった。
その王子は緋色の綺麗でサラサラな髪で、長髪の王子であった。
エリスはふと、この国の王族は長髪にすると言う習慣でもあるのか、と少し疑問に思ってしまった。
なぜなら、謁見の間に居た王子は皆、長髪であった。
「ありがとうございます。
・・・・ところで、僕らは逢った事ありませんでしたか?」
王子の一人称が変わった。
わたくし、は公の場で使われるものと思われる。
エリスは王子の、・・・アーセルインの疑問に少々戸惑ったが、そんなことをおくびにも見せずに言った。
「いえ、ありません。」
「そうですか、やっぱり僕の見間違いでした。」
アーセルインにとってそれはさほど重要な事ではなかったらしく、すぐに引き下がった。
「では、本題です。
・・・貴女は彼の『所有者』ですか?」
アーセルインは先ほどの笑顔とうって変わって真剣な眼差しでエリスを見た。
その問いに、エリスは言葉を返す事に少々躊躇っていった。
「・・・・・・。
『はい』、とも、『いいえ』、とも言えます。」
エリスは結局、曖昧な返事を返した。
「どういう事でしょうか?」
エリスは少しの間、アーセルインと睨み合ってから言った。
「・・・わたくしが『所有者』である事については『はい』です。
しかし、わたくしが『洗礼者』である事については『いいえ』です。」
『所有者』とは、そのままの意味で、主に『妖精の書』の持ち主を指して言われている。
『洗礼者』とは、始祖女神—リィルーの加護を受け、『妖精の書』を持つものに送られる称号である。
ハイラルディスを含めた五つの内、二つを持っている者達は、『洗礼者』だと言われている。
そして、その答えにアーセルインは沈黙した。
「ならば貴女は、何なのですか・・・。」
そう言ったのは、エリスの答えに呆然と呟いたアーセルインだった。
「くしゅん!
・・・・寒いなぁ・・・・。」
ミリファは夜の庭園に居た。
結局あの後、謁見は中止となり、他の人も事後処理などで忙しいため、質問等はまた今度の機会であったそうだ。
「エリスがこの国を離れた気がするわ・・・。
隣国だから遠い気がするのかもしれないけれど、もっと、遠くに行った気がする・・・。」
ミリファは妹の事を思い出してため息をついた。
「はあ・・・・。
せめて、始祖女神ーリィルー様の加護があの子にありますように・・・。」
綺麗な星空を見ながらミリファは会場を見た。
実は、舞踏会の席から抜け出してきたのであった。
「だってダンスなんて踊れないもの。
それに!あんな堅苦しくて、陰謀が渦巻いていそうなところに、わざわざ餌食になりに行こうとは思わないわよ!!」
それがミリファが舞踏会の席を逃げ出した一番の理由であった。
ミリファは後ろの薔薇の茂みでガサゴソと音がした気がして、後ろを振り返った。
「よっしゃー!!
今度こそ・・・へ?」
出てきたのは身なりの良い少年だった。
少年はミリファの事をみてマズイ、という顔をした。
ミリファもその事に少々なりとも驚いたが、ここではそんなこともあるのね、ととても間違った自己解釈をして、盛大な誤解をしていた。
「あら、どこの方かしら。
お名前を教えてくださいますか?」
ミリファは綺麗な笑顔で言った。
・・・お嬢様口調になりながら。
「むっ、俺の事を知らないのか?
・・・逆にその方が都合がいいか。」
少年は最後の方をボソッと呟いたが、ミリファには聞こえていた。
ミリファは何か有るのだろうと思い、敢えて追求しなかった。
しばらくすると少年は考えがまとまったのか、勢いよく言葉を紡いだ。
「俺はレイだ!!
お前は?」
「・・・?いえ、なんでもありません。
わたくしはミリファと申します。
唯のミリファです。
よろしくおねがいしますね。
・・・それと、年上に『お前』は失礼ですよ。」
ミリファは又も笑顔で言った。
少年は一瞬きょとんとしたが、すぐに立ち直った。
「ああ!よろしくな!!」
少年はあたかも最後の文章を聞こえていないふりをした。
ミリファはまあいいか、と思いつつも同じ事をやらかさないか心配であった。
それからレイと名乗る少年とミリファは打ち解けて、仲良しになった。
話題は移り、兄妹の事となった。
「わたくしの兄妹、ですか?
よくわからない兄が一人ともう一人、会った事の無い弟とかわいい妹です。」
「ああ、俺も・・・。
賢い兄と会った事の無い姉、妹が居るぜ。」
ミリファはそれを聞いると、何か引っかかる物があったが、気のせいだと思ってしまった。「そうですの?
ほどんどわたくしと一緒ですね。」
「そういえば・・・、おまえ・・・じゃなくてミリファは妹や弟、兄と遊ぶことって有るのか?」
真剣な表情のレイに、真実を掻い摘んででも話さなくてはならないと、ミリファは決心した。
「兄は重要な役職で、今は遊ぶ暇など有りません。
弟は・・・・、今は良いかもしれませんが、いずれそんな暇もなくなります。
妹は、・・・・・・・。」
ミリファは言葉を詰まらせた。
しかし、表情に陰を見せながらもミリファは告げた。
「今、この国にはいないのです。
・・・それに・・・・・・。
___見つかるかどうかも分かりません。___」
それは喉から声を絞り出したような、辛そうな声であった。
「お、おい・・・?
辛い事を話させたんならごめん。」
ミリファの表情が明らかに険しそうになったので、さすがにレイもまずいと思ったようであった。
「いえ、いずれ直面しなければならない事実なのです。
お気になさらないでください。」
ミリファが取り繕って言うと、ミリファの後ろから小さな足音がした。
「・・・誰かしら?」
「・・・・・・。
・・・・!!やば、隠れないと。」
レイはそそくさとどこかに隠れようとしたが、生憎ここは庭園。
庭園では花が咲いているだけなので隠れる場所が無い。
しかし、レイが隠れ場所を探している間にも、足音は近づいていた。
そして、次の瞬間、レイの目の前にその人物は居た。
ミリファも気付かないうちにその人物は近づいていたのであった。
「やっと見つけましたよ!!
____レイントール=メリジェ=ド=センブルク様!!___」
駆けてきたのはカナリア・・・ではなく、カナリアに瓜二つな人であった。
その人はこちらを見て、礼をした。
「はじめまして、お初お目にかかります。
カナリアの双子の妹、カメリア=ルジェ=ラ=アークセレンツです。
以後、お見知りおきを。」
「ぐう、どうしてここが分かった・・・。」
レイントールという名前らしいレイは、呻くように言った。
「レイントール様がこちらに居らしていた事は、この『魔道具』である『迷子の鏡』で分かりました。
・・ミリファ様まで居た事は知りませんでしたけれど。」
「え?ミリファがどうかしたのか?」
といって、レイントールはミリファを見たが、ミリファは居づらそうな顔をしていた。
「まさか・・・知らなかったのですか?」
カメリアは恐る恐るレイントールへと聞いた。
「何を、だ?」
その答えに、カメリアはため息をつきながら言った。
「・・・この方は貴女の姉君様、ミリファ=フェルシス=ド=センブルク様でありますよ。
全く、資料に目を通しておいてください、とあれほど言ったでは有りませんか。」
レイントールはカメリアの説教を食らってしまったが、レイントールにとって、そちらの方がどうでも良かったのか、ミリファを疑視した。
「えっと・・・、ごめんなさい。
実はさっきの兄妹の話で気付いていたの。
ごめんなさいね、レイ・・ントール君。」
「・・・イ。」
レイントールは少しだけ悲しそうな顔をして呟いた。
「え?」
「レイって呼んでくれないのか?」
「・・・。
はう、レ、レイ・・・・?」
改めて身内の名前を愛称で呼ぶのは恥ずかしいのか、ミリファは真っ赤になった顔を隠しながら言った。
「ああ!
・・・ミリファ姉様、って呼んでもいいか・・・・?」
こちらも恥ずかしかったのか、レイントールは顔を真っ赤にした。
「ええ、いいですよ、レイ。」
「ミリファ姉様!!」
「どうしましたか?」
「呼んでみただけ・・・。」
レイントールはうれしそうな顔をしていたので、ミリファもいいか、と思った。
その二人は、カメリアからみれば、まるで実の姉弟の様であった・・・。