第27話 〜変態〜
「っはぁ、はぁ!」
唯今エリスは裏道を爆走中である。
理由はこの後ろの男だ。
「エーリースー!
やっと会えた、俺の婚約者ー!!」
変態。全速力なのに、笑顔で走ってくる。
……やっぱり変態だ、とエリスの中で再認識された。
「付いて来ないで下さいー!! この、変態ぃ!」
エリスは小さくなってしまったが、小さいながらもパンチを涙目で繰り出した。
それは男の急所へクリーンヒットする。
「ぐはぁっ。
だが俺はめげない!」
少しの間うずくまった美形男子はすぐに復活し、またエリスを追いかけ始める。
「あーもう、大っ嫌いです!!
大体、第一王子がこんなところにいていいのですか!?」
「政務は有能な奴に任せてきたから抜かりは無い!」
「そんなところだけ、ちゃっかりしないでくださいーー!
……あっ」
家を出てから初めてのドジぶりを発揮し、エリスは何も無いところでこけかけた。
だが、寸でのところで美形男子に抱きかかえられる。
「危なっ!
はぁ……、大丈夫か?」
初心な筈のエリスは全く動揺しずに、美形男子の手から逃れた。
パンパン、と乾いた効果音を出しながら肩を叩き、エリスは美形男子の真ん前に立つ。
「カイン様……。
どうしてこれでバレないのですか?
あなた、仮にも眉目秀麗で才色兼備な第一王子様っていう、街娘のあこがれアイドル的存在でしょう!?」
「さあ?
そんなこと、俺の知った事じゃねえ」
とうとうイラッときたエリスは、スゥ、と大きく息を吸った。
「カインラーザ=ルンエス=ド=ケルフェリズ様がここにいらっしゃいますよぉーー!!」
かなりの音量とかなり高音で、エリスは叫んだ。
「げっ!」
カインラーザがたじろいだと同時に、衛兵が駆け寄ってくる。
「ここにいるぞー!!
ただちに拘束せよとのお達しだ、怯むなー!」
胸に雪の結晶のバッジを付けた、青みが掛かった黒髪の、誰かを思い起こさせるような騎士は、兵士に大声で指示出した。
「ハッ!」
その場に集った近隣の兵士は騎士に敬礼をすると、見る見るうちにカインラーザをとりかこみ、連れて行く。
「ご協力、感謝する」
短く礼を述べ、敬礼すると、騎士達は去っていった。
「……カインラーザ様、どうして私が小さいのに分かったのかな。
あ、生粋の変態だからか……」
勝手に斜め上な想像で自己完結して、その場を立ち去った。
本当の理由はもっと違うものであったが、エリスがそれを知るすべは、今のところ無い。
その日の昼。カインと会った所為か、もう外出していたくないと思っていたエリスは、静かに読書をしている。
「眠りは強くない。
だが、本当の名を使えばそれは凶器と化し、死をもたらす」
ふと、エリスは呟いた。それは誰に聞かせる訳でもなく、ただただ呟いただけだ。
断じてそれを記した本を持っていたからでもない。
「あ、それ知ってるよ!
確か……」
う〜、とシャルは唸りながら考える。
しばらくたって、シャルではない人物が口を開いた。
「……著者不明、題名は『ハイラルディス』だ」
「隊長! 今私が言おうとしたのにー!!」
「シャルは頭が弱いから、分からないかと思った」
それはからかった風ではなく、真剣にノステルは言う。
「ひどいです、隊長ー!」
「真実だろ」
何でも無い日常のような風景。それが普通なのだと思うと、エリスは自然に笑みがこぼれた。
「ふふっ。
これは、眠りの魔法が禁魔法として認定される原因となった言葉ですね。
……この言葉には、まだ続きがあるんですよ」
「ん〜、それは知らないなぁ……」
「…………」
エリスの言葉に、ノステルが苦虫をかみつぶしたような顔をしたのをエリスは気付いたが、気付いていない様に装う。
「眠りの魔法は、永遠の眠りをもたらせられるが、それ相応の対価が支払われる。
対価は人それぞれ。それを違う事はなきに等しく。
色々な説があるのですが……、ある剣士は腕を奪われ、ある魔術師は魔力を奪われ、ある魔法師は己が持つ加護を奪われ、ある死を願う者は時間と生の概念を奪われ、ある侍女は……命を奪われました」
最後の二つをエリスが告げる時、ノステルはその顔を更にゆがめた。
尚もシャルに気付かれてはいないが。
「ふーん、一番大切な物を奪われたんだ。
でも、死を願うものが時間と生の概念を奪われたって事は……」
「はい、不老不死……ですね。
その人は、青みがかった黒髪の、好青年だったそうです」
「それって、隊長みたい。
青みがかった黒髪の……あ、好青年じゃないかぁ。男性だしね」
シャルがあははっ、と笑い、軽く流すと、ノステルは少しだけほっとした顔をする。
「ですが、本当は青年であったかすらも定かではありません。
あるところではアルフェミット帝国の王族だったともいわれておりますから」
ノステルは遂に、後ろを向く。
だから、エリスからノステルの顔はよく見えない。
「この話題だと、良く喋るんだねー」
エリスははっ、となってキャラを元に戻した。
それはもう、スイッチを切り替える様にあっさりと。
「あ、はい……ゎたし、の唯一……の得意分野、ですから……」
「どうして、」
ノステルが冷たく、冷静な声で問いかける訳でもなく声を発した。
「何か、……おっしゃいました、か…………?」
「……いや、何でも無い」
ノステルはお茶を濁す様に、いや、濁せてすらいないのだが、とりあえず誤魔化す様に言った。
「ノステル隊長!!
指令が下りました。至急帰城し、城を守る様にと」
「城を? ……城はどうなっている」
一瞬にしてノステルの雰囲気がガラリと変わる。
エリスは息をのんでその姿を見つめたが、その真意は分からない。
ただ、雰囲気が変わった事にビックリしただけなのか、それとも……。
「それが……」
「早く言え」
ノステルに急かされ、兵士は言いにくそうに言った。
「伝令係の者が、そこで力尽き……。
ただ、一言いっておりました。
反乱が、黄色い花が、と」
「内乱か……、黄色い花? 毒草図鑑でみたような……」
「あ、そういえば……、何か覚えさせられたよね?」
二人共首を傾げて黄色い花の事を考えている。
考え事をしている所為か、ノステルの雰囲気が少しだけ和らいだ。
「黄色い花ですか!?
そんな、あの子が、まさか……。いえ、そんなはず、だって、あの子に帰還命令は出していないし……。
やむを得ないわ。……ハイラルディス!」
エリスが手を上に挙げると、巨大な丸い陣が描かれる。
空中自体が大きなキャンパスごとく、スラスラと文字が描き上げられ、魔法陣は完成した。完成と同時に、静かにエリスは手を下げる。
あまり経たず、手が出てきた。直ぐに体も出てくる。
そこには、緑中心の狩人の服を纏った、ハイラルディスが居た。
「……やっと呼びやがったな、マスター」
「城にマリエラが居るわ、きっとシルフも!」
ハイラルディスの文句を無視して、先に用件を言う。
エリスの言葉に何かあったのか、怒るどころか焦った表情を見せた。
「はあっ!? 呼び出した途端それかよ。
ま、仕方ないな。
俺は先に行ってるぜ、マスター!」
「ええ、先に行きなさい!!」
「『災いの風が吹くところ、我、ハイラルディスあり。
元素よ、俺を運べ!』」
「……願いは書にあらじ。
願いは詠にあらじ。
狂いは人にあらじ。
全てを包み込む劫火、全てを負に墜とす花にはかなれ」
エリスは詠う様に詠唱し、目がくらむ程の光を放った。
少し光が収まったかと思うと、光は2つに分裂し、北へ飛んでいく。
「……どうか、負を吸わないで」
ポツリと、だが、祈る様に呟いたエリス。