第2話 〜伝承と暗転と〜
村を出た私はまず、地図を広げながら舗装されていない道を歩いた。
「う〜ん、ここが『アルマテル』町で〜……。
皇都『プリマテール』は〜……ここかな?」
私は至極のんびりした様子でゆったり地図の下、上の順に指す。
「ここからは3日位で着くといいな。
……っと、あれ?」
私が地図とにらめっこしていると、コツンという音とともに何かが足に当たった。
下を向いて見てみると、そこには薄ピンク色の書がある。
いぶかしげに思いながらも私はそれを拾った。
「これは『妖精の書』?
まさか、生きている内に何度も見つけちゃうなんて……」
はぁ、と私はため息を吐いた。
『妖精の書』とは、生ける魔導書。
『妖精の書』を開け、その精霊と契約すると、精霊魔法が使えるようになり、その精霊の系統属性魔法がうまくなるという優れもの。
けれど『妖精の書』は、その特性故一点もので元々の個数も少なく、今では確認されているだけで5つしかないものだ。
そして、エリスが『妖精の書』と遭遇したのはこれが初めてではない。これを含めて4度目だった。
ちなみに他のそれをどうしたかというと、1度目は知らずに開けてしまい、流れに流れてそのまま契約し、2度目もうっかり1度目と同じことをしてしまった。
3度目はさすがに3度目の正直というべきか、すぐには開けなかったが、とある事情があり、開けてしまっていたのである。
精霊達は気難しい者が多く、開けても相性がいいとは限らない。
エリスはそんな経験から、もうウンザリだと思っていた矢先にこれだ。
「どうしよう…………。
今のところ私に『妖精の書』はいらないんだけど。
かといって、国に渡してもいいことがなさそう。
とりあえず、(仕方ないから)私が持っていましょう。
本当に必要な人が現れるまで、ね……」
エリスは柄にも無く、悲しそうに目を伏せた。
それに呼応するように声は言った。
——大丈夫よ『妖精の書』はあなたを否定しないから——
「……、うん。
ありがとう、精霊さん達」
エリスは精霊達へ慈しむような声を向ける。
次の瞬間、エリスは何かを感じ、とっさに魔導書を見た。
しかし何の変哲も無かった。
次の瞬間、エリスの世界が暗転した……。
一方、そんなことになっているとは知らない姉の方はというと……。
「っつぅ…………、ここはどこ?」
私は天蓋付きベットの中にいた。
起きてドピンクの天井が目に入って思わず体を起こす。すると頭に激痛が走った。
思わずつぶやいた一言に返事を返す人はいないと思ってはいたが、私は大きなため息をはく。
「おはようございます、ミリファ様。
そして先程のご質問にお答えさせて頂きますと、ここは離宮でございます」
「へ?」
予想外の返事に私は声のした方を見た。
そこには、遠目ぐらいでしか見たことの無いようなメイドがいた。
メイドの服の紋様がトライアングルの様な魔法陣が描かれている。それは王家王族それに連なる親類付きのメイドだといわれている。
えー、いきなり離宮と言われたが、とりあえずその前の状況整理をしてみようと思う。
今日の朝はいつも通り妹に「行ってきます」を言って、いつ王宮に出仕しているのがバレるかヒヤヒヤしてた。
……仕事が終わる頃、「今日の晩ご飯は何かな〜」と思いながら愛する妹の元へ帰ろうとした時……、ん?
あれ?どうしたんだっけ?
「失礼ながら峰打ちさせていただきました、ミリファ様」
そこにいたのは同僚のファルザだった。
ファルザは美形なのだが残念な美形に入るようで、他の同僚にはむっつりだとかいわれている。
「ファルザ!?
どうしてあなたがそんなことをするのよ?
後なんなの、その敬語」
私はファルザに峰打ちされたことを怒るよりも先に、驚いていた。
「まず、謝罪を致します、ミリファ様。
実は、ファルザ=アルメリスと言う名前の人物はあなた様が所属する魔術師団には居りません」
「……え?ご、ごめんなさい。
もう一度言ってくださらないかしら?」
私は混乱して、何故か丁寧語になっていることに気付いていない。
「ですから……ファルザ=アルメリスと言う名前の人物はあなた様が所属する魔術師団にはおりません」
沈黙が3人の間を駆け巡った。
でも、私も取り乱していたわりには冷静な対処が出来たと思う。
「はー、やっぱりかぁ…………」
「……やっぱり、とは?」
ファルザと言われていた人物はほんの一瞬、驚いた表情をした。
それは本当に、一瞬のことだったので、ミリファも気付かなかった。
「ファルザ、あなたは私と出会ったときに『俺は7年前ぐらいからここにいる』っていってたわよね?」
「……はい。
ですが、そこに不審な点は何も無いと思いますが?」
「おかしいのよ。
あなた自身は馴染めていたんだけど、あなたのあのような性格であの馴染み方はおかしかったの。
あなたは人懐っこい性格だったでしょ?……演じていたのかもしれないけれど。
人懐っこい性格の人ってとても馴染みやすくて話もしやすいから、ある程度年数とかたてば、先輩を差し置いて大抵話の中心にいたりすると思うの。
けれどね、あなたは年数が浅い馴染み方をしていたわ。
それにあなたは人懐っこい人なのに自分から話にはあまり入ろうとはしなかった。
……むしろ、誰も居なかったら自分から誰かの所へ行こうとする素振りすらしなかったわ。
これが、私の思っていたあなたの不審点よ。てっきりスパイだと思っていたわ」
ミリファは少し焦るかのように口早に説明した。
「そうですか……。見破られていたとは思いもしませんでした」
ファルザと言われていた人物は心なしか、少しだけ悔しそうな表情をした。
「私も、それに気付けたのは最初だけ。
それ以降は時間が経つにつれて違和感がわからなくなっていたわ」
「……それでも見破られていたという事実に変わりはないのです。
完璧だと思っていたのに……。
流石ですね、ミリファ様」
「……どうして私に『様』をつけるの?」
前みたいに呼び捨てで呼んでくれないの? と意味も含ませている。
「それは……」
ファルザと呼ばれていた人物は、少し言いにくそうな表情をした。
すると、最初に話しかけてきたメイドが一歩前出てきて説明した。
「ミリファ様、あなた様は実は……
——王家に連なる家系のお方だったのです」
それを聞いた瞬間、ミリファは一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
それを察したのか察していないのか、メイドは言った。
「ミリファ様のお母様が王様の懇意にされていた方だったのです。
ですが、ミリファ様を身ごもってから姿を消されてしまわれました。
王位争い中でしたので、その際攫われてしまったと諦めていたのですが……」
「……ど、どうしてお母さんのことがわかったの?」
私は緊張のあまり、手の力が少し抜ける。
それでも、首からぶら下げた『アレクサンドライト』を無意識に触れた。
これは理解しようとしているときの私の癖だ。
「それはあなた様の持つ貴石『アレクサンドライト』にありました。
アレクサンドライトはとても貴重な貴石。
故に王族や一部の貴族の方以外が持つことは無いに等しいと言えるでしょう」
まさかそこまで見られていたなんて、とその洞察力に感心する。
そして、それに追い討ちをかけるかのようにメイドは言う。
「……そのアレクサンドライトにはセンブルク王家にしか分からない仕掛けが施されていたそうなのです。
これは代々わたくしの家系に古くから伝わる伝承なのですが……。
『対なる貴石、センブルクにあり。
対なる宝石、一つ、澄み渡る心を持ち、一つ、運命を知る力を持つ者達に与えられるべし。
いにしえの竜との契約にして対価なり。
いかなる事象を持ってもそれを違える事なかれ。
違えしとき、其の国は揺れるであろう。
契約を違う事なかれ。
我らが運命の姫は嘆くだろう。
嘆いた姫を止めるすべは我らに無し。
我らは期を待つ。再び運命の姫が現れるまで。
運命の姫現れしとき、それは世界の柱を伴うであろう。
だがしかし、貴石と運命の姫は……』
わたくしの家の伝承はここまでです。
伝承は二つに分けられたと言いますが、未だどこの家系なのかは分かっていないのです」
メイドは少し悲しそうに目を伏せる。
「い、いいわよ、気にしなくても」
そういいつつも、ミリファには其の先がわかっていたのだった。
なぜならば、もう一つはミリファの今の家系だったのだから……。