第26話 〜悲しみの第4位〜
『今日』は長い。
まるで、時間という概念を省かれた様に私は時間が分からない。
「お久しぶりでございます、ミリファ様。
わたくしはルイゼレッタ。『妖精の書』にして、『悲しみ』を治める第4位です……と、分かり辛いでしょうね。
とりあえずは『妖精の書』だと思ってくれればよろしいです」
似たような者ですからね、とルイゼレッタは言った。
「は、はい……」
「マリエラと同じく、わたくしも貴方を憎む存在。
ついでに消して行きたいところでしたが……。
やはり、彼の言う雪の幼子とは……」
ルイゼレッタは少し考える素振りを見せたが、それもすぐに辞めた。
考えるのも無駄だという事なのか?
「はい、どうしましたですの?」
「雪の幼子……? わたくし達、そんなに幼くないですわ!」
「まぁまぁ、ユティリア。
わたくし達は今、この姿と言う制約を受けているですの。
ですから、仕方ないですの」
ユティリアはルイゼレッタの言葉に、大層怒り、甲高い声をあたりに響かせた。
それを宥める様に、ルティリアは言ったが、あまり効果は見られない。
いつもと逆だね。
「『所有者』でもないあなた達の言葉には従いたくはないですが、ここは引いた方が良さそうですね」
ルイゼレッタは微笑んで言った。
……誰かの事を思い出しながら言ったのだと思う。
「先ほどの方と違って、物わかりの良い方で良かったですわ」
でも、そちらの方が厄介ですわ、とユティリアは付け足す様に言った。
本当に忌々しそうに。
ユティリアがそこまで嫌悪するとは、かなり嫌っているようだ。
「マリエラとは生まれた時代が違います。
わたくしの方が長いのですから」
今の言葉から考えて、……マリエラは書。ということは彼も書。
でも、『妖精の書』は『姫』と『帝』とよばれる存在により、作られたと言われている。
しかも、制作された時期は同じなのに……。
「全4巻の源の書と全12巻の偽りの書、ですのね……。
わたくし達は貴方達と対峙するつもりは毛頭毛頭無いですのよ?」
「わたくし達は、あくまでも……言っては悪いですけれども、観察対象としてしかみていないですわ」
「そうですか。
わたくしとしてはマスターに危害を加えない方なら、誰でも良いのですが。
例え、好意を持っていたとしても」
「意外ですの。
てっきり……」
「御察しの通りですよ、それは間違いではありません。
しかし……そうなるのならば、こちらに振り向かせれば良い話」
自信満々の笑みでルイゼレッタは告げた。
そこまで自分に自信があるの? と、少し突っ込みそうになったが、シリアスな雰囲気を壊すまいと、私はのど元まできた言葉をぐっと押さえた。
「随分謙虚になったものですわ。
昔はよく、『灰』と取り合っていましたですわよね?」
「はい。
ですが、そんな意味なき争いをした結果が……アレですから」
ずっと笑っている。
にもかかわらず、彼は悲しそうな顔をした。
「で、今回は本気という訳ですの?」
「……前回は、仮初めと気付いてしまいましたから」
「書であるが故の間違いですわ。
本当、彼が言った通りに書とは難儀な者ですわ」
難儀な者、か。書も、人間もあまり大差はないのかもしれない。
人型だし、頭脳もあるから。違うのは、その身に宿す魔力だけ?
「難儀とは……確かに、彼が言いそうな言葉です。
ですが、それを一度も後悔した事はありません。
非常に癪ですが、彼と同様に、ね」
「彼も貴方も上位5柱……それも、結構な強い部類に入る方々ですのに。
惜しいですの」
「まぁ、でも……気持ちは分からなくもないですわ」
次に発する言葉をユティリアが言おうか、言うまいかと迷っている間に、ルティリアは告げた。
次に発する言葉は、ルティリアにとって、まずいモノだったのかな。
「ユティリア、時間ですの」
「わかっていますですわ。
……後悔なき様に。それを切に願うと彼に伝えておいで下さいですわ。
これは、貴方に向けた言葉でもありますですわ」
その言葉を皮切りに、2人は見た事も無い様式の魔法陣を広げている。
……さっきから、見た事無い尽くしな気がして仕方が無い。
お気をつけて、とルイゼレッタは面白く無さそうに去っていった。
「……やっと帰れますですの!」
「はぁー、やっと終わりましたですわ」
2人は清々したという様に伸びをしている。
「……知らない魔法ばかり」
やっと発せた言葉はそれだけだった。
それが、一番の疑問であったからかもしれないけれど。
「それはそうですの。
魔法形態がちが、ふぐっ!」
うーうー、と言うルティリア。
ユティリアが何かを口走ろうとしたルティリアの口を思いっきり塞いでしまった。
「ルティリアー?」
ぱっと手を離したユティリアだったが、その顔はまるで般若。
「うう、ごめんなさいですの〜。
では、これにて」
ルティリアが律儀にスカートの端をつまんでお辞儀をすると、ユティリアも同時に同じ行動をした。
あ、双子の神秘かしら?
ちょっとした興奮状態へ私はなったが、それどころではなかった。
「雪の姫、アイスベルの幕は閉じさせてもらいますですわ」
「さようなら、もう会う事も無いですの〜!」
断言的な口調でルティリアは言った。
無限の可能性がある限り、魔術師や魔法師はそうそう絶対を宣言しない。
そんなことをすれば、可能性を知る者達に笑われてしまう。
可能性は、魔法や魔術に携わる者ならば、基本中の基本の事ではあるが。
だが、二人はそれが分からない程幼いとも、私には思えない。
「え、どうしてそんなことがわかるの!?
同じ世界に住んでるのだから、もしかしたら……、また、会えるかもしれないでしょう?」
本当に一縷の望みを持って、私は言った。
でも、彼女達はその行為すら嘲笑うかの様に言う。
「いいえ、わたくし達と貴女は絶対に会えないですの。
それは未来を知っていても、知っていなくても同じ事ですの」
「だって、わたくし達と貴女は、世界において違いますですわ。
ですから、わたくし達と必ず会えない」
二人はとても冷めた目でこちらを見つめる。
マリエラ達と対峙している時と、同じ、瞳……。
私は何故か、それが無性に怖かった。苦しいの。
そう思うと、私は二人を止めようとのばした手を引っ込め、俯いてしまった。
「そういう因果律ですの!
ですから、永遠のお別れですの。
わたくし、生徒であるルティリア=テッセ=レーゾンデートルにはもう会えないですの」
「……わたくしも。
わたくし、生徒であるユティリア=テッセ=レーゾンデートルにはもう、会えないですわ」
「ミリファの事を気に入りましたですの?」
ユティリアは静かに顔を横に振ると、どこか憎々しげに私を見た。
コワイ、コワイ……拒絶されたくない。
勇気を振り絞って視線を二人に合わせると、さっきよりも冷たい視線が、私を貫いた。
「……名残惜しいのは確かですわ。
その歪みっぷりでどこまで行けるのか……、見ていたかったですわ」
歪んでいる? 私のどこが? ……皆と同じ、魔法師だというのに。
嫌な記憶と嫌な人物がよみがえる。
あのときは、まだ少年だった彼。
「ミリファ、アナタは歪んでいますね。
好きなのに、大好きなのに、思いを伝えられなく、唯憎しみへと、感情を変えてしまったあの子と同じ様に。……あの子の場合は、喋る言葉を少なくし、感情を少なくする事で、自分を律したようですが。
そんな風にしているから、いつまでたってもこの国を抜け出せない。
だからエリスを悲しませた、怒らせた」
一瞬だけ見えた彼の本当の姿。
その彼は王族の色を纏っていて……。
っ、これは、誰?
「歪みは皆同じですの。
それは、皆が『姫』や、『帝』を目指す限りは変わらないですの」
ルティリアの冷ややかな声音により、私は現実へと引き戻された。
「ま、魔法師たる者、『姫』や『帝』を目指すのは必然じゃない、の……?」
『姫』と『帝』とは、魔法を治める者にとって、最大の称号。
名前の由来は、どこかの国の姫と王が魔法師として最高の地位を持っていた事から始まる。
ユティリアはちょっと納得のいかない顔で、それでも頷いてみせた。
「……まあ、貴女がそうおっしゃるのでしたらいいですわ。
これから先、明らかに誤った選択岐をお選びになりませんよう。
もう既に間違っている者は多々ありますですわ。
はっきり言って、貴女には失望しましたですわ。
いきましょうですわ、ルティリア」
失、望……? 私は何に期待されてたって言うの? 何をすれば良かったの?
私は……。
「はいですの」
ぐるぐるとした迷路のような思考にはまっていると、2人は目が笑っていない笑顔で告げる。
普通の私なら、苦笑いしてすませただろうけど、今の私には、それが悪魔の様にも見えた。
「「では、さようなら。
わたくし達と同じ、雪の姫……」」
「え、あ……」
思考が混乱して、ろくな言葉を返せないまま、彼女達は消えた。
本当に、それが最後だと知っていたならば、私はもっともっと色々伝えたかった。聞きたかった……。もうそれは、叶わないけれど。
高級感あふれるレッドカーペットを敷いた大きな場所にて。
時刻は誰も居ないような朝。
そこにはマントを羽織ったでっぷりしていて、偉そうな男と、硬派そうな騎士が居た。
騎士の方は長い黒髪が印象的で、でっぷりとした男は、真剣な面持ちで対面している。
「陛下、ミリファ様の位置が特定できましたが、どうされますか?」
「すぐに連れてこい!
ただし、手荒なマネはするではないぞ」
「……御意に」
騎士は不服そうだったが、そのでっぷりした男は、それに気分を害した様子も無く、それどころか気付いていないようだった。
「では、早速行って参ります」
「うむ、良き成果を期待しておる」
その声に全く期待した様子は無く、深読みすれば、その事はどうでも良いともとれるし、騎士には期待していないともとれる。
どちらの意味か分かっていた様に、騎士は男をちらりと盗み見る。
騎士は立ち上がると、洗練され、流麗なセンブルク式の礼をすると、長い黒髪をはためかせて、去っていった。
数個ある庭の、5番目と呼ばれる庭で、騎士は一人、空へ向かって呟く。
「どうしてあの姉ばかり。
逢いたい、エリス……」
瞬間、騎士の後ろに人影が出来た。
「エリス様にお会いするならば、ケルフェリズへ。
あなたに国を裏切る覚悟があるならば、僕は止めませんよ」
それは、先ほどまでミリファ達の近くに居た、ルイゼレッタだった。
騎士とルイゼレッタは、知り合いの様で、騎士もルイゼレッタが突然居た事に、何も驚かない、反応しない。
「……ルイゼレッタか」
「ミリファも驚くでしょうね。
まさか、貴男……宮廷最高騎士と名高い、騎士ジェッシャ公爵がエリス様に懇意されていただなんて」
騎士の長い肩書きを、わざわざ嫌味ったらしく言ったルイゼレッタは言葉を吐き捨てた。
断言しよう、ルイゼレッタはエリスの居るところ以外では容赦がない。
「ミリファ様への敬称は良いのか?」
「はい。どうせ、貴男と僕以外はここに居ませんから」
「そうか。
……エリスは、どうしている?」
「ケルフェリズで侍女をなされています。
あなたは、全てを明かさないおつもりですか?」
「ああ、必要以上は明かさない。
前は、生まれかわりなど、と思っていたがな。
お前も居て、エリスもいる。
全ては、神の導きというところか。
そうだ、神といえば……どうしてお前は、エリスに忠誠を誓っている?」
「……『嘆きと忠誠の書 ルイゼレッタ』は、エリス様をマスターとする事を定めました。
ならば、僕がそれに従うのも道理という物でしょう。
『悲しみ』とは深く、時に『憎しみ』にも勝ります。
全てを治める光の姫様は、それら全てを持ち、常に善であらなければならない。
故に闇も深く、故に仮面も多い。
その特性を一部引き継いだ同位体だからこそ、僕は惹かれてしまったのですよ」
「フッ、歪だな」
「なんとでもおっしゃってください。
ですが、この思いだけは譲りません。
マリエラにも、盗らせはしません」
「お前から聞いた……、マリエラというやつは、そんなことしないだろう。
お前がエリスを害しない限り」
「そうですね……」
この後、急いでいたルイゼレッタは早々に帰り、騎士も自分の任務を果たす為に、コッソリと城を出た。
彼はもう一度、正門を正式に潜るのだろうか……?
冬休み、そしてクリスマスイブ。
又もルイゼレッタが大活躍。
……次はエリスのターンです。