第24話 〜『所有者(マスター)』〜
いままでどうして思い出せなかったのだろう?
こんな事、もっと早く思い出せた筈。
違う、知らないうちに何かに阻まれていた感覚がある。
それは些細な事だと思っていたから、私は気にも留めなかった。
……あれ、どういう事? 目の前の彼女は私のお母さんを殺したと言っていた。
「……もう勘づいてしまったですの」
不意に、ルティリアは言った。
何に、誰が、と問いたかったけれど、それははばかられる。
「前マスターミエラ……。私は私自身に憤りを感じていた。
だから、この子を怨むのはお門違いも甚だしかったと思う。
……でも、わたしにも譲れない事がある。
この子、マスターの不安要素! 消す!!」
マリエラは私の下へ素早く向かってくる。
私は咄嗟の事で、防御壁しか守るものが無かった。
私が覚悟して目をぶった瞬間、パシンと小気味いい音がする。
でも、私に想像していたような衝撃は無くて。見ると、ユティリアとルティリアが目の前で障壁を張り、私を守ってくれていた。
「あ、ありがと」
全てを言い終わらないうちにユティリアは言葉を紡いだ。
「だからお辞めなさい。
貴女の『所有者』は温厚な子。
仮にも姫様の同位体とあれば当然なのかもしれないですけれど。
まあ、それを差し引いても温厚な方ですわ。
歯向かわない限りは、ね」
「マスターミエラは、私の全て!
別にマスターエリスなんて、好きじゃな……」
先ほどより大きいパチンという音が盛大に響いた。
それは、ルティリアがマリエラの頬を思いっ切り叩いた音だった。
「貴女は『所有者』の事が好きだからこんな事をしたですの……」
「もうっ、本格的にお仕置きですわ!」
2人はまたも詠唱の体制へ入った。
さっきもすごかったけど、今の方が数倍魔力が練ってある……。
これが本当にあの2人!?
いくら『加護持ち』だといっても、これは巨大すぎる。
「「『奏でる夢のハーモニー。
古き夢は導く。
そして導け、夢の憂い姫達。
集うは雪姫、奏でるは風姫、天を見よ』」」
二人の詠唱は魔力の量に対して短く、あっけなく終わってしまった。
何の魔法かよくわからないし、何の効果も現れない。
大体、この二人の使う魔法は私の知らないものばかりだもの。
「この詠唱……、雪姫様と風姫様のコンビネーションアーツ!
そんな、まさか」
コンビネーションアーツって……習得が連携攻撃の中で一番難しいとされる魔法連携攻撃のこと?
「ああ、……姫2人が世界に居る事は殆どの確率であり得る事は無い」
「火の『焰』、その第二位。
汝は主が下へ速やかに帰還せよ」
「『夢』、その第五位。
汝も主が下へ帰還せよ」
2人そんなに大きい声で言っていないのに、その声はしんとした医務室に響き渡る。
4人の会話についていけない。……情報を整理してみよう。
雪姫、風姫とは何かの名称、又は呼称。
この場合だと双子に当てはまる。
次に、この二人、姫と呼ばれるものは世界単位で存在し、一つの世界に2人居る事は殆どの可能性であり得ない。
火の焰。火属性と仮定しておく。
何位と管理されているという事は、少なくとも2人以上は居る。
夢、無属性と仮定。
火属性と同じ感じと考えていいと思う。
次、火属性の彼は主の下へ“速やか”に帰還。
無属性のマリエラも主を持ち、帰還。
『妖精の書』自体は公式的に多くはない。
前マスターミエラ、つまりは前マスターはお母さん、現マスターはマリエラの言葉からして……私の愛しい妹。
妹の元へかえるのだろう。
そうだ、妹が『所有者』である。つまり、マスターが『洗礼者』では無ければならないとまことしやかに囁かれていた事は嘘。
誰かがカモフラージュの為に言ったとすると、その人物は『洗礼者』では無い可能性が高い。
わざわざ自分の身元を明かすような馬鹿は居ないでしょう。
ま、これは必要ないわ。
状況整理は終わったけれど、話が見えてこない。
でも、一つだけ。マリエラに帰還せよと言っても従わないと思う。
「……了解した」
「夢、任務を遂行致します」
『妖精の書』であろう二人は抑揚の無い声で告げる。
どうして!? マリエラは私をあんなに殺したがって……? あれ、マリエラから殺気が消えている。
寧ろ、マリエラからマリエラらしい雰囲気が抜けている。
「さぁ、行きなさいですわ」
「貴女達の主の下へ、ですのよ?」
「「御意」」
双子が合図の様に声をならすと、二人は消えていった。
「……ふぅ、保険はかけておくべきですわね」
「久々にこういう保険が役に立ちましたですの」
たくさんの疑問を抱える私を他所に、二人は満足げに言った。
「……なんだったのかしら」
「『妖精の書』の争いですわ。
あなたは相当あの書から恨みを買われたようですわね」
ユティリアは額に手をつき、ため息をだした。
小さいといっても可愛い子だから何しても絵になるなぁ……。
「本来何者にも無干渉なマリエラが自ら干渉するのは珍しいですの」
「あの子が怒った理由は二つありますですわ。
一つ、あの子が言っていたように、あの子の『所有者』がどのような形であれ、貴女を憎んでいたようですわ。
……ああ、これはあくまでも可能性ですわよ?」
「ふたつめ。貴女はミエラの娘、家系樹を辿ると祖はアメーラですの。
アメーラと言うのはですね、初代の『詠い手』にして、貴女と同じ固有技能を持っていた方ですの」
「あの固有技能の上限許可をとったのも彼女ですわ」
「上限許可?」
「噛み砕いて言うと、使用許可の申請の事ですわ」
それじゃ、使用許可で良いと思うのだけれど。
上限って何の上限? 多分能力に関する事だろうけれど……。
「でも、アメーラはその固有技能によって、命を落としましたですの」
憂いを秘めた表情で双子は告げた。そしてその口調は忌々しくて説明したくないかのようだった。
「……どうし、て? 『詠い手』と言われる程ならば、能力の制御を間違う事も無いのに」
幼い子だったならばまだしも、使用許可をとろうと思う位なら能力が制御できている頃だろうと思う。
それに『詠い手』はお母さんの称号であり、異名であったと小さい頃に聞いた気がする。
あまりにも幼過ぎて正しいのかはもう分からない。
「初代の『詠い手』は力が強過ぎたですわ。
ですから、自分自身を破滅させてしまった。
元々、そこまで持った事自体が不思議な事なのですけれど」
「あ! それはマリエラのお陰ですの」
「……そうですわね。
彼女の固有技能あってこその魔術でもありましたもの」
「マリエラの?」
「マリエラの、いいえ、書の共通固有技能の一つで……『西方の風よ、我を守りて真の姿を見せよ』」
発言は途中で消され、ユティリアは一言だけの詠唱をする。
瞬間、何か分からない光が私達を包み込んだ。
「あら、これはこれは。
お久しぶりですの、ルイゼレッタ。
『悲しみ』を治める第4位」
恐る恐る目を開けると、中性的な顔立ちのルイゼレッタと呼ばれるものが出てくる。
ルイゼレッタという人物は、蒼穹ののような青色を思わせる髪と瞳を持っていた。
『悲しみ』かぁ……。又違うのが出て来ちゃった。
「こちらこそ、お久しぶりですね。
ルティリア様、ユティリア様」
「『所有者』の居場所が分かっているのに傍に居ないとは。実に貴男らしくないですわ」
「そのお言葉は、そっくりそのままおそちらへ返しさせて頂きますよ。
お二方、……僕も、暇ではないのです」
「じゃあ、こんなところで道草を食っている場合ではないですのね?
貴男自身の『所有者』を置いて来る位大事な事ですのに……。引き止めて悪かったですの」
ルティリアは俯いて言の葉を紡いだ。
「ルイゼレッタのことですわ。
用というのは『灰』の消し方、ですわよね?」
「……本当に、何でもお見通しなのですね。
序列の事と言い、書の真実と言い……」
「わたくし達にはそれが基本知識としてこの世界に居る時点で把握し、覚えておりますの。
……ルティリアがどうかは知らないですわよ?」
「わわわっ、ひどいですの、ユティリアぁー。
わたくしだってこの世界の事はちゃんと頭に入っているですの」
「……今はそういうことにしておくですわ。
ああ、そうでしたわ、『灰』の消し方ですわね。
一応、灰は自然属性『緑』の第一位でしてよ?
貴男が敵うと思えないから、教える事は出来ないですわ」
「敵いますよ。
少なくとも、マスターの障害となるならば。
……アナタも、マスターの障害となる方ですよね?」
ずっと双子に注目していたルイゼレッタなる人物は、私の方をじっと見つめ、厳しい口調で問いかけた。
問いといっても、それは確定的で、問いとは思えない程だった。
でも、私は何も言えない。
蒼穹のごとき瞳に飲み込まれそうな程深い闇が見えてしまったから……。