第23話 〜眠りの真実〜
無風で殺風景な何も無い部屋。
ゆういつ有るのは扉のみ。
「……聞けと、おっしゃりたいのですか?」
誰が聞く事も無いけれど、私は言った。
——あら、何をですか?——
時々聞こえる声。それと同一人物であろう人はとぼけた。
「ラジェ様に。あの日の事も、セトの事も!」
そう、ラジェ様には聞きたい事がたくさん有る。
けれど、こうしてまで聞きたいことではない。
—ー……そうなのかも、しれません。
わたくしには分からないのです。
『未来』はあの子が持って、……いえ、何でも。
何をどうするかは貴方次第ですよ。
気付いた時にはもう遅いかもしれませんから……——
声は少し言い淀んだが、私は全く気にしなかった。
それに気付かない程、私は焦っていたから……。
「え、どういう……?」
疑問に答えて貰う前に、光は私に追いついた。
その光は、私が知る優しいお母さんの様に暖かかった。
「ここは……」
辺りを見回すと、さっきまでお茶会をしていたところと変わらない様に見える。
「グランジェルノさん?」
ふいに、聞き覚えのある声が響いた。
「ラ、ラジェ様!?」
視線の先にはやっぱり綺麗な金色の髪をしたラジェ様。
「この空間……空間把握系統魔術を使える私が破れないなんて……」
「あの、恐らく誰にも破れないと思われます。
……ある条件を満たさない限り」
「条件?」
「良い機会ですから、話し合ってみませんか?
私もラジェ様も、お互いをさけていた節がありますから」
「……ええ、そうですね」
「私から質問してよろしいでしょうか?」
「構いません」
「では。
……ラジェ様のご家族はどんな方だったのですか?」
「家族、ですか。あまり良い思い出は有りませんが……。
母は私をあまり気に掛けない方でした。父ではない他の男と遊びまくっているような方です。父はそれを知っていましたが、黙認していました。
父も私を気にかけてくれる事なんて殆ど有りませんでしたが、時々、特に新月の日は優しくて大好きな人でした。といってもあまり記憶なんて有りませんが。
父は暖かい人だったのを覚えています。
といっても、2人共もう死んでいますけれど。
さ、次に移りましょう?」
「……はい。
では、次の質問です。
…………」
「どうしたのですか?」
「これは聞いて良いものか正直分かりませんが……」
「ええ、どうしたのですか?」
「ラジェ様……アナタは、男の方ですか?」
「……え?」
「そして、セト王の息子ではないのですか?」
「……」
無言は肯定ととらせて頂きますよ。
私はその沈黙を笑顔で破る。
「やっぱり。お会いしたかったのです、アイリも気にかけてらっしゃいました」
あれ、どうして私はこんなこと言っているのだろう?
私が記憶を継いだのはリノワールだけの筈。
アイリ様の記憶は受け継いでな、い……?
混乱する中でも私は言葉を紡いだ。
「そうだと思った原因はただ一つ。
貴男は空間把握系統魔術を使えると言っていますから。
空間把握系統魔術は本来、血筋以外に継承されない魔術。
そして、この大陸で使える者も限られています。
セト王も空間把握系統魔術の方でした。
ご本人は気付かれるのが嫌みたいでその力が無いように振る舞っていましたけれど。
そしてラジェ様、一番最初の息子である貴男の事を酷く気に掛けておいででした」
「嘘です! お父様は私の事なんて気にも掛けてくれませんでした!!」
私の言った事がラジェ様にとって衝撃的な事だったのか、声を荒げていった。
それでも口調を乱さないのはさすがというべきか。
「仕方なかったのですよ……。優しくすれば弱みができてしまうとセトは考えたのでしょう。
わたくしの所為で、彼はこうなってしまったのです。
……ごめんなさい。何もできなかった無力なわたくしをせめて下さい。
だから、セトは攻めないであげてほしいのです」
何? リノワールとアイリの意識が混じってる。
リノワールの方が存在としては希薄。
おかしい。おかしい。リノワールは私の前世。
アイリはリノワールの主、それだけだと思っていた。
……でも、違ったんだね。
「貴女が、貴女がお父様の何を知っているのですか!?
父様の事を知らないくせに、会った事も無いくせに!!」
あ、ラジェ様は段々と口調が変わってきている。
確かに、私としては会った事が無い。
でも。
「……あります。
ありますよ、ラジェ様。
最も、私はリノワールとして、……」
私は息を大きく吸ってから言った。
違う、リノワールとしてだけじゃない。
実際に会った事は無かったけれど、セトを知るにはあれで十分だった。
「……アイリ=フェルー=フォン=ラマレルとしても」
「!! アイリ様だと言うのですか? 貴女が!?
それは貴女の虚言です!」
「ラジェ様、……」
数秒の沈黙の後、私の意識に違う意識が飛び込んできた。
そして、チリンという音と、遠くなる足音が聞こえる。
彼女は……。
「『名は契約。祖は誓約。個は礎。
夢に隠された二つの夢。
交わらなくて、繋がらなくて。
でも私達は求める。
リノワール=カラットと、アイリ=フェルー=フォン=ラマレルの名において』」
無限の世界は私ではない私の魔法を以て塗り替えられる。
「なっ、空間把握系統魔術……?」
恐る恐る、といった風にラジェ様は問う。
「私はリノワールと深き繋がりのある者です。
貴男も知っていらっしゃるでしょう? リノワール=カラットは一介の侍女でありながら稀代の魔法師であったと」
「……ええ、知っています」
「ならば、行使する物は一つ」
私が私でなくなるような感覚がしたが、寸でのところで意識は私の物へと戻された。
彼女は最後にふわりと微笑んで去っていった。
足音が、また遠くなった。
「……分かりました。百歩譲って貴女をリノワール様、アイリ様両名としておきましょう。
ですが何故、この場所を選んだのですか……?」
塗り替えられた世界の景色は薊の塔。
「薊の塔。その場所は、セト王が秘密裏にアイリ妃と会っていたとされる場所。
そのことから、アイリ妃は死んでいなかったのではないかと考えられています。
でも、あのアイリ妃は死んでいました」
「……」
「殺されたアイリ妃はリノワールで、薊の塔に居たアイリ妃は本物のアイリ妃です。
アイリ妃は不老不死の呪いと眠りの魔法がかけられていましたが、眠りの魔法は長きに渡る時の中で綻び、不老不死の呪いは自己精神の死によって終焉を迎えました」
「それがどうかしましたか?
その説ならば私も聞いた事がありますよ」
「……おかしいとおもいませんか?
稀代の魔法師と言えど、不老不死の魔法と眠りの魔法まで出来る力はなかったですし、力は殆ど残されていませんでした。
そもそも、不老不死の魔法なんて使える筈が無かったのです」
「ですが、魔法は成立したと言われています。
まさか、アイリ妃はそんな魔法に掛かっていなかったとでも言うのですか」
「はい、その通りです。
リノワールは眠りの魔法以外掛けていないのですよ。
それどころか、その魔法すらも10年程度でほころんでしまうような魔法だったのです。
眠りの魔法が50年も持ったのは、『災いの書 ハイラルディス』のお陰です。
彼女は彼の『所有者』でもありましたから。
『妖精の書』は主に忠実で、主の為ならば命を捨てる事も厭わない程の者もいます。
そして、この城に眠っていた『災いの書』は単なる呼称に過ぎません。
彼の本当の書名は……っ!」
プツリ、と何かのひもが切れた音がして、私は変なところで言い留まった。
嫌な予感がする。
不安が私の体を駆け抜けた。
「グランジェルノさん? どうかなされましたか?」
ラジェ様が不審がっている。
大丈夫、大丈夫、大丈夫……ふぅ、少しだけ落ち着いてきた。
「私、早くこの空間から出ないと……嫌な予感がしたのです」
「説明の途中です。それに、この空間からは誰も出れません。
貴女が言ったのですよ。
この空間はある条件を満たさない限り出られない、と」
確かにそうだ。見事に図星を突かれてしまった。
何か、本当に嫌な予感がする。まるで……危険な檻が解き放たれたかのような。
そうだ! あの封印は!?
「ま……さ、か」
声がかすれて上手く出ない。
分かりたくなかった、ずっと解かれないと思っていたから。
「本当にどうされましたか?」
彼に言葉を返すのももどかしい。
だって、気付いてしまったから。
だから離れたくなかったのに。
「お姉ちゃん……、思い出しちゃったんだね……」
本当、そんな日が来なければ良いと願っていたのに。