第21話 〜視えた事〜
唯今、アーセルイン付きの侍女達とお茶会中だ。
昼ではなく、夜のお茶会ではあるが。
そもそも、夜だとお茶会と言えるのか疑問に思うかもしれないが、侍女達は仕事の関係上、夜以外にお茶会を開けない。
「冬の花?」
その言葉は、私が今最も聞きたくなかった言葉。
「ええ、そうよ……。
センブルクのマリエラっていう花が一斉に開花したそうなの」
その時、私は口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになった。
なんとか紅茶を飲み込み、私はそれを言った人物達へ言う。
「マリエラ、が……?」
「でもおかしいわよねー」
「そうそう、あの花って冬の花なのにね」
「マリエラとは、……まぁまぁ。興味深い話をされているのね」
優しいソプラノの声がして、嫌な予感をした侍女達(私を含む)は、声の方を見た。
「ラジェ様!」
その声の主、ラジェ様の一番近くに居た侍女が声を張り上げる。
「わたくしも混ぜて下さいませんか?
……それとも、こんなおばさんとお話しするのはお嫌ですか?」
「い、いえ、ラジェ様とお話しする事は至極恐悦ですが、わたくし達みたく浅学な者が『世界の図書館』と名高い方とお話ししても得られる者は何も無いかと存じ上げます」
確かに、と言わんばかりに、他の侍女はその言葉に同意するかの様に激しく頷く。
私もそれに同意する。前回の事がある為、話しづらい。
ちなみにラジェ様はまだまだおばさんと言われるような歳ではない。
むしろ、外見年齢では私達と並ぶ。
「あら、そんな事無いですよ。
そうですね……じゃあ、貴女達が一人一問、問題を出してみて下さい。
そうすれば、話題が合うかどうか確かめられますから」
「え……」
大勢居るため、誰が声を漏らしたのかは私も分からなかった。
ラジェ様はフフッと笑って後ろの方に居るオレンジ色の髪の侍女を指差した。
「では、そこの貴女から」
「えっ、えっ!?」
その侍女は周りを見渡したが、皆は頑張れという視線しか送らない。
「えっと…………あ!
レイネリア姫様の失踪事件に関してご存知ですか?」
「はい、存じておりますよ。
部屋の中で突然失踪されたとか。
わたくし達も捜索にあたりましたから」
「は、はいそうです……」
「では、次にいきましょう」
そこから、他の侍女達もなんとか話題を取り出して、問題を言った。
ラジェ様はそれを淀みなく返していく。
って私、何も考えてない!
「最後は貴女ですね」
悪気の無いラジェ様の笑みが私に突き刺さる。
「……では、古い話ですが、セト王とアイリ王妃のご関係についてどうお考えですか?」
「セト王とアイリ王妃ですか……。
わたくしもあまり良く知りませんが、この国の東部に位置する薊の塔で何かあったようですね。
二人は夜な夜な会っていたとも言われていますし……。
あれはセト王歴最大の謎と言わしめる程ですから、わたくしにも分かりかねます」
「そう、ですか……」
空間把握系統魔術は血統系の魔術だった筈。
現に、セトの血筋だけにしか現れなかった。
私は当事者ではないけど、ずっと見ていたのだから……。
あれ、そういえばアイリの秘宝はどこへ?
空間把握系統魔術を使うならば、あれは必須となった。
今は亡き『調整師』が居なければ、空間把握系統魔術は上手く力を使えない様になっている。
あ、セトの子は男の子だったと記憶しているけど。
……まさかね。どう見てもラジェ様は女の方以外には見えないし。
う〜ん、どことなくセトに似ているのよね……。
私も色々な家族を見てきたけれど、本質がとても似ているのは直系以外にはほとんどあり得ないし……。
他人のそら似? ……にしては似すぎている。
私の勘違い? ……でも、私が魔力の波動を間違う筈が無い。
じゃあ、何故? 根本を同じくする者は王国と共に消え去った。
早くに退場してしまったわたし(リノワール)は推測でしか話が見えない。
そうであっても、ずっと残っていたわたくし(アイリ)でさえ、分からない。
わたくし(アイリ)? わたし(リノワール)は分かるけど……。
どうして知っているの? どうして?
——もうすぐ、等価交換の代償が支払われますね——
だれかの、こえがきこえた。
その声は肖像画の……そう、視た時の、アイリ王妃の声。
——わたくしの代償は?
……そうですか、ええ、構いません。
わたくしと同じ方ですね。ああ、あなた様とも同じでしたか。
では、なおさら。真実を知られた方がよろしいでしょうから。
……はい。後悔など、しておりません。
わたくしの道はわたくしで開けたのですから……。
そしてさようなら、わたくしの記憶を継ぐ者……——
誰と話しているの?
記憶を継ぐ? 私が? わたし(リノワール)ではない私が?
「フィオルセッテさん?」
不意に、だれからか声をかけられる。
「あ、え?」
振り向けばラジェ様がいた。
一瞬ラジェ様の姿がブレて見えた。
目をゴシゴシと擦って私はラジェ様をもう一度視る。
……ん? 視る? 見る? 観る? いや、最後のは確実に違うだろう。
確かに視た。
視えた幻想は彼女の守護獣だと思われる生物。
獅子の形をした生物はこちらを向く。でも直ぐに視線をそらした。
ほんの少しこちらを見ていただけの筈なのに、ずっとこちらを見ていたような感覚がする。
そして私はその生物を知っている。
でも、思い出せない。
——まっかなうみ……。
ますたーはどこぉ……?
わたしはだれ?
あなたもだれ?
『灰』はおしえてくれなかったの……。
『嘆き』もおしえてくれなかったの。
『眠り』もおしえてくれなかったの。
『焰』もおしえてくれなかったの。
『真実』もおしえてくれなかったの。
ねえ、だれなの……?
わたし、はやくますたーみえらのところに……——
あの子はそう言っていた。
本当は誰より笑顔が似合うのに、ずっと表情を曇らせてばかりのあの子。
今思えば、あの子はあの時に自分を忘れてしまった。
全ての感情が抜け落ちてしまった……。
「フィオルセッテさん? ……フィオルセッテさん!」
うつろな表情をする私を心配したのか、ラジェ様は私の名前を呼んだ。
でも私は応えられない。
そうだ、この声に応えては……。
「駄目なのです」
「……?」
ラジェ様と他の侍女仲間は不思議な顔をする。
「忘れられたのですか。
応えてはいけない。そう言ったのは貴方だったのに……」
「!!」
「ラジェ様……?」
私も、自分で何を言っているのかわからない。
そして、なぜラジェ様が驚いているのかも分からない。
まるで、私ではない誰かが動かしているかの様に口は私の意に反して動いた。
「ここでは駄目ですね。
『そして姫は眠りの空間へ』」
短くため息を吐くと、私はラジェ様を見た。
私はその人が、ラジェ様と思えない。
何かが、違う様に視えてしまったから……。
——さあ、ここからが貴方の正念場ですよ。
頑張って下さいねー—